エピローグ『姿を消した一人と一匹』
「おそらく、そのフェイルという男が使う消音魔法……それは、音属性の亜種のような魔法だネ。魔法を使う時に必ず発せられる
「……だから結界に干渉出来たし、私の無詠唱の魔法も無効化出来た訳か」
フェイルの襲撃から二日が経った今日。
戦いで怪我を負い、目を覚ましたレイドとストラが会話しているのを、六聖石とミリア、やよいたちとベリオさん__そして、俺は耳を傾けていた。
すると、ローグさんが苦々しい表情を浮かべながら失っている左腕をギュッと掴む。
「魔法を封じることが出来る、レイド以上の剣術の使い手……もし、腕を失っていなかったら、ワシが対応するのだがな」
「……申し訳ありません、私が未熟なばかりに」
「もしもの話はする必要はない。今は、これからどうするのかを考えるべきだ」
眉を潜めながら言うヴァイクに、全員が考え込んだ。
「……マーゼナル王国にこちらの居場所が割れた以上、近いうちにまた襲撃が来るわね」
「住人は地下の避難所で戦いに巻き込まれないようにしているわ。でも、そう長くはいられないわよ」
悔しげにしているレイラさんの肩に手を置きながら、レンカが言う。すると、ストラが後頭部を掻きながら口を開いた。
「地下じゃなく、別の場所に避難するべきだと思うヨ。城下町が戦場になれば、地下にも影響が少なからずあるからネ」
「なら、俺が機竜艇で住民を運ぼう。何度か往復すれば、全員運べるだろう」
「……そうしましょう。お願いしますね、ベリオさん」
機竜艇で住民を避難させることを決めたレイラさんに、ベリオさんは鼻を鳴らしながら立ち上がって動き出す。
住民のことはベリオさんに任せ、次はフェイルについての話に入った。
「で、フェイルに関してだけど……どうしたものかしら」
「……魔法を無効化される以上、純粋な剣術で戦うしかないだろう」
ため息を吐くレンカにヴァイクが答えると、チラッと全員を見渡す。
魔法を使わず戦えるそうなのはレイドとローグさん。だけど、フェイルはレイド以上に強い。ローグさんは隻腕の上に歳のこともあって、長時間の戦闘は厳しいだろう。
ここにいないアスワドも、フェイルには勝てない。なら、やよいたちはどうだ?
やよいや真紅郎は確実に勝てない。ウォレスとサクヤなら戦えそうだけど、そもそもウォレスは魔力刃の展開が阻害されるし、サクヤの実力もフェイルには及んでいない。
そうなると__と、全員の視線が俺に向く。
「……タケル、どうだ?」
レイドの問いかけに、俺はただ黙って俯いた。
消音魔法を使うフェイルに俺はパワーアンプを使うことで魔法を使うことが出来た。ストラ曰く、急な魔力波の増大により咄嗟に相違する魔力波の調整が出来なかったからだろう、と言っていた。
でも、フェイルとの戦いで魔臓器にかなり負荷をかけてしまい、今の俺は魔法を使うことが出来ない。剣術も圧倒的にフェイルが上だ。
それ以上に__俺の心は完全に折れ、戦うことなんて出来そうになかった。
「タケル……」
心配そうに見つめるやよいから、ソッと目を逸らす。
声が出なくなってから、俺はやよいたちが知ってるタケルになれなくなっていた。
今の俺は、フェイルによって仮面を剥がされた__人に憧れ、物真似する人形。
誰かを守ろうとする想いも、戦おうとする気概も……音楽に対する情熱も、今の俺は失っている。
俺は静かに立ち上がり、談話室から出ようと歩き出した。
「どこに行くの、タケル?」
背中を向けた俺に、やよいが声をかけてくる。だけど俺は、何も答えずに扉のノブに手をかけた。
「ちょっと、タケル!」
「__やよい、待って下さい」
俺を呼び止めようとするやよいが、ミリアが押し止める。
「今は、ダメです」
「でも!」
「お願いします、やよい。今のタケル様に必要なのは……一人になる時間です」
ミリアの言葉でグッと押し黙ったやよいに、俺は振り返らずに扉を開いて談話室から出た。
「______」
ごめんな、やよい。
声にならない声で呟いて、俺は逃げるように外へと向かう。
外に出ると空はどんよりと曇っていた。まるで俺の心を映し出しているような__灰色に。
声が出なくなった俺は、どうにか何度も声を出そうとしたけど、無意味だった。ストラも精神的な治療は専門外だと話し、ミリアは献身的に色々と俺の身の回りの世話をしてくれている。
やよいや真紅郎、ウォレス、サクヤも俺を心配して何回も見舞いに来てくれたけど、声が出ない俺を見て暗い表情を浮かべていた。
それが、俺には苦痛だった。
やよいは今にも泣きそうだし、真紅郎は無理して話をしていたし、ウォレスはいつも通りを装っていたけどふと気付くと悔しそうにしているし、サクヤは何を話していいのか分からずに黙り込んでいる。
そんな仲間たちを見ているのが、俺には辛かった。
もう、何もかも投げ捨てて逃げたかった。
だけど、この異世界に俺が逃げられる場所なんてない。
いや__元の世界に戻っても俺の居場所なんて、もう存在していないだろう。
今の俺は、音楽への情熱も失っている。
俺の全てだと思っていた音楽すらも偽りだと、偽物だとフェイルに言われ……俺は否定することが出来なかった。
「____ッ」
だから、俺は声を失ったんだ。
信じていた音楽を裏切った俺への、天罰だ。
やよいたちとは、音楽があったから出会えた。でも、その音楽という繋がりがなければ、Realizeに俺の居場所なんてない。
俺は、弱い。
誰かを助けたいと、誰かを守りたいと想って戦ってきた俺は、弱い自分を見られたくないと作り上げていた、偽りの人格だ。
必死に作り上げていた外皮が剥がれれば、本当の自分__弱く、臆病で、自分の命なんてどうでもいいと思っている人形だけしか残らない。
そんな俺に、生きる価値があるのか?
「______」
フラフラと行く宛もなく、歩き続ける。
どこに向かっているのか、どこに行こうとしているのか……分からないまま。
とにかく、みんなから離れたかった。逃げたかった。これ以上今の俺を見て欲しくないから。
気付くと、俺は森にいた。
城から出て、街も出た先にある、結界の範囲ギリギリの森の中。
これ以上先に進むと、結界の外に出る。そこはモンスターだらけの危険地帯。
「______ッ」
今の俺に戦う力なんてない。無力な俺が外に出れば、すぐに殺されるだろう。
それでいいんじゃないか?
人の真似事しか出来ない弱い人形は、ここで死ぬべきなんじゃないか?
価値のない俺に、生きる資格なんて……。
「きゅー!」
ふと、後ろからキュウちゃんの声が聞こえた。どうやら俺を追ってきたらしい。
振り返るとキュウちゃんは俺に体当たりしてきた。
「__?」
キュウちゃん?
と、声にならない声で呼ぶと、キュウちゃんはフンッと鼻を鳴らして俺の前を歩き出す。
少し歩いたところで、キュウちゃんは俺の方を振り向いた。
「きゅ! きゅきゅ! きゅー!」
ついて来い。
そう言ってる気がした。
この先は結界の外だ。キュウちゃんはどこに俺を連れて行こうとしているのだろう?
「_____」
まぁ、どうでもいいか。
今の俺に何かを決める気力なんてない。
そのまま俺はキュウちゃんを追って、結界の外に出た。
__この日から、ヴァベナロスト王国からタケルとキュウちゃんが行方不明になった。
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