二十六曲目『人形』

 雨音に混じり、剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。

 泥水を跳ね上げ、バケツをひっくり返したような大雨を斬り、魔臓器と体が悲鳴を上げながら、闇雲に剣を振り続けた。

 だけど、フェイルは俺の攻撃の全てを防ぎ、いなし、弾き飛ばしてくる。

 フェイルは消音魔法を使おうとしなかった。いや、使う必要もないと判断したんだろう。

 その考えが、判断が、口に出す言葉が__気に食わない。


「__アァァァァアァァァッ!」


 獣のように奇声を上げながら、フェイルに突っ込んでいく。俺の頭の中は怒りと困惑、そして恐怖で埋め尽くされていた。


「どうした、偽物」

「__クソがァァァァアァァァァッ!」


 フェイルの挑発に、俺は声を張り上げながら剣を振り上げる。

 俺の攻撃を防ぐだけで反撃しないフェイルだけど、言葉で俺の心に攻撃してきていた。

 そして、その言葉全てが、俺の心に突き刺さる。


「その剣術、誰かの模倣だろう?」


 カンッ、と軽い音を立てながら俺の剣が跳ね上げられた。


「お前はその剣術を、自分の物に出来ていない」


 やめろ。

 ギリッと歯を食いしばりながら剣を振り下ろす。


「剣術だけでなく、お前の思想……誰かを守らないといけないという考え。それも、誰かの物真似だろう?」


 振り下ろした剣を、フェイルは受け止めつつ、火花を散らしながら受け流す。


「そこに自分の意思はなく、中身がない。だから、お前の言葉は薄っぺらく、何も感じられない」


 やめろ、やめろ。

 振り上げた剣を足で受け止めたフェイルは、そのまま地面に剣を踏みつける。ガクンッと俺の体も地面に倒れ、泥水と砂利が口の中に入ってきた。


「お前の思想、剣術、生き方……その全てが、誰かの真似事に過ぎない」

「__ガッ!?」


 倒れている俺の体をすくい上げるように、フェイルは前蹴りで顎を蹴り上げる。視界が一回転し、背中から地面に叩きつけられた。

 背中からの衝撃と顎を蹴られ口の中が切れ、血の味が広がっていく。

 三半規管をやられ、クワンクワンとする視界で、空を見上げた。打ち付けるように降り注ぐ雨のせいか、それとも別の何かのせいか……空を覆う黒い曇り空が、ぼやけて見える。

 そして、フェイルは俺を見下しながら、言い放った。


「お前はまるで__言葉を話す人形・・。自分の意思ではなく、別の誰かの糸によって動く、操り人形だ」


 フェイルの言葉を否定しようとしても、声が出ずに口をパクパクと開け閉めすることしか出来ない。

 限界以上の魔力を使った俺の体から、ア・カペラの効果が切れた。

 空気が抜けるような音と共に体に纏っていた紫色の魔力が霧散し、魔臓器と体にビキビキと痛みが走り抜ける。

 指一本も動けない。体が震え、起き上がることも出来ない。


 それ以上に心が、戦えなくなっている。


 手から剣が離れ、大の字で倒れたまま黙り込んだ俺に、フェイルはゆっくりと近づいてきた。


「世界を救い、誰かを助けようとする勇者。それは、お前の顔に張り付いていた仮面だ。そして、仮面が取れれば……残っているのは、意思のない人形だけ」


 やめてくれ。これ以上、やめてくれ……。

 俺の頬に、雨じゃない雫が流れ落ちる。だけど、フェイルは無情にも、言葉を重ねた。


「お前は死ぬことを恐れないのではなく、自分の命などどうでもいいと考えている。自分に価値がないから、誰かのために使うこと・・・・・・・・・・で価値を見出している。それは、ただの偽善__偽物の想いだ」


 フェイルは倒れている俺の襟首を掴むと、軽々と持ち上げる。

 首が締まり、息が出来ない。抵抗しようにも、体も心も動けなかった。

 このまま俺は、殺される。刻一刻と近づいてくる自分の死に、体が震えた。


「……人並みに恐怖を感じる、か。だが、もしもお前以外の誰かが殺されそうになっていれば、お前は自分の命を天秤にかけることなく、そいつを助ける。そうしないとお前は、自分を認めることができないから」


 そう言ってフェイルは俺の腹部に膝をめり込ませる。メキメキとめり込んだ膝に、口から血と胃液が吐き出された。

 そこから二度、三度、四度と膝が打ち込まれる。まるで意識を失わせないように、まだ俺の心を痛めつけ足りないとばかりに。

 そして、フェイルは俺をゴミのように適当に放り投げ、俺は力なく地面を転がった。


「お前たちの……おんがく、と言ったか? それもまた、誰かの模倣なんだろう?」


 フェイルはとうとう、俺の大事な音楽のことまで否定してくる。

 音楽は俺にとっての全て__存在意義そのものだ。音楽があったから、今の俺がいる。音楽がない生活なんて、考えたくもない。


 だけど、俺は心のどこかで肯定していた。認めたくないけど、事実・・だった。


 音楽との出会いは、まさに運命。

 偶然、夜の駅前で出会った__ギターを弾く一人の女性。

 その音色、その歌声は……俺の、憧れになった。

 俺もそうなりたいと、そうなれたらと、思えるようになった。


 それが、俺の音楽の原点。今の俺を構成する、全ての始まり。


 だけど、その憧れはその人のようになりたいという__物真似。

 自分じゃない自分になりたいという、偽りの姿。


「__お前自身は何も生み出せない、何も守れない、ただの弱者。人に憧れる人形・・・・・・・だ」


 フェイルの言葉は、とうとう俺の心を破壊した。

 やよいや真紅郎、ウォレス、サクヤ__この異世界で出会った人たちが知るタケルという人間の仮面が、粉々に壊された。

 フェイルの言う通り、俺は糸が切れた人形のように、地面に倒れたまま動かない。

 怒りも恐怖も、何も感じられなくなっていた。


「お前のような偽物に、人を救う資格などない。虫けらのように地面を這い回り、踏みにじられているのがお似合いだ」


 何も言い返せない。その気力すら残っていない。


「__終わりだ、偽善の人形。ガーディ様の歩む覇道の礎となれ」


 フェイルが倒れている俺に剣を向け、冷たく言い放つ。

 だけど、俺にはもうどうでもよかった。

 ここで死ぬ。それすら、どうでもいいと思っていた。

 フェイルはゆっくりと剣を振り上げる。そして、そのまま断頭台のギロチンのように、俺の首に向かって剣を振り下ろす__。


「__タケル様!」


 直前で、ミリアの悲痛な叫びが聞こえてきた。

 ピタリ、とフェイルは剣を止めて声がした方に目を向ける。


「……お前は、ミリア・マーゼナルか?」

「み、り……あ……?」


 最後の力を振り絞り、ミリアの方に顔を向けた。

 すると、ミリアは胸にキュウちゃんを抱きしめたまま、カタカタを体を震わせている。

 閉じられた瞼でフェイルを見つめていたミリアの表情は、恐怖に染まっていた。


「あなたは、誰ですか……その身に宿る、黒い魔力は……お父様の……ッ!?」

「なるほど。ガーディ様の言う通り、お前は魔力を感じ取ることが出来るようだ」


 フェイルは俺のことなど眼中にないようにミリアの方へと歩いていく。


「やはり、危険だ。お前は、ガーディ様が知られたくないこと・・・・・・・・・を感じ取ってしまう。早急に、処理する」


 剣をミリアに向けたフェイルは、ゆっくりとした足取りでミリアを殺そうとしていた。


「や、めろ……ッ!」


 俺が死ぬのはどうでもいい。でも、ミリアが殺されるのだけは防ぎたい。

 必死に手を伸ばしていると、フェイルはチラッと俺の方に目を向けた。


「__黙れ人形。お前に誰かを守る資格などない。黙ってそこで這いずっていろ」

「タケル様……ッ!」


 恐怖で動けないのか、ミリアが震えた声で俺を呼ぶ。

 助けたい。だけど、体が動かない。

 殺すなら俺を殺してくれ。俺なんかが生きてても、無意味だ。

 そして、フェイルは俺の制止を無視してミリアに向かって剣を振ろうとした__その時。


「__きゅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」


 ミリアの腕から飛び出したキュウちゃんが、フェイルの体に体当たりした。

 小柄なキュウちゃんの体当たりでフェイルが動きを止めるはずもない。ゴミを見るような目で睨むフェイルの前に着地したキュウちゃんは、ミリアを守るようにその場で毛を逆立てながら威嚇した。


「どけ、雑魚」

「きゅうぅぅぅ……ッ!」


 退くつもりはないキュウちゃんに、フェイルは無慈悲にも剣を振り下ろす。だけどキュウちゃんは軽やかに動いて避けると、また体当たりを仕掛けた。


「無駄だ」

「きゅッ!?」


 フェイルは体当たりしてきたキュウちゃんの首を掴むと、そのまま持ち上げる。

 バタバタと抵抗するキュウちゃんの首を少しずつ力を強めながら締めるフェイル。


「お前を殺してから、ミリア・マーゼナルを処理する」

「き、きゅ、うぅ……ッ!」


 苦しそうにうめき声を上げるキュウちゃんに、フェイルは一気に首を捻り潰そうとした。

 だけど、ふとフェイルは動きを止める。


「なんだ、それは……?」


 フェイルが視線を向けている先は、キュウちゃんの額にある楕円型の蒼色の宝石。

 宝石はぼんやりと光を放ち始め、徐々に強くなっていった。


「きゅ……きゅきゅきゅ、きゅうぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」


 そして、キュウちゃんが叫ぶと光が一気に強くなる。

 フェイルは目を腕で抑えながら眩い光を放つキュウちゃんから手を離した。


「なんだ、その光は……ッ!」

「__きゅうぅぅぅぅぅぅぅッ!」


 スタッと着地したキュウちゃんは、真っ白な光を放ちながら空に向かって鳴き声を上げた。

 キュウちゃんを中心に、優しく暖かな白い光の波紋が広がっていく。波紋は植物園を、城を、街を__ヴァベナロスト王国全体に広がった。

 光の波紋は空を覆っていた暗雲を吹き飛ばし、透き通るような青空が顔を出す。

 すると、フェイルの体が何かに弾かれたように仰け反った。


「ぐッ!? 効果を打ち消していた結界が、復活した……!?」


 バチバチと音を立てながらフェイルの体に紫電が迸る。まるで外敵を国の外へと弾き飛ばそうとするように。

 剣を地面に突き立て必死に抵抗するフェイルに、キュウちゃんは鳴き声を上げる。


「きゅ! きゅきゅ!」

「この、虫けら風情がぁ……<消音ミュート!>」


 フェイルは消音魔法を使ったけど、打ち消すことが出来なかった。

 目を見開いたフェイルは、ギロリと射抜くようにキュウちゃんを睨みつける。


「虫けら……お前が結界を復活させようと、もはやこの国の場所は把握した……次は、マーゼナル王国の総力を上げ、この国を滅ぼす……その時まで、首を洗って待っていろ」


 そのまま外へと弾き飛ばされる直前、フェイルは倒れている俺の方を振り向いた。


「偽善の人形……次は、殺す。お前も、お前の仲間も、全て!」


 最後のそう言い残すと、フェイルはバチンッと大きな音と共に、国の外へと弾き飛ばされる。

 脅威が去り、一気に体から力が抜けた。

 すると、倒れている俺に近づいたキュウちゃんが、心配するようにペロペロと頬を舐めてくる。


「______」


 ありがとう、俺は大丈夫だ。

 そう言おうとしたけど、まるで消音魔法を受けたように声が出ない・・・・・


 そして、俺はそのまま気を失った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る