二十四曲目『音が消えた世界』

 俺、ウォレス、サクヤが先行して走り出す。その後ろではやよいが斧型ギターを構え、真紅郎は銃口をフェイルに向けていた。

 我先にとウォレスが紫色の魔力刃を振ると、フェイルはスッと後ろに下がることで避ける。


「遅い」

「グェッ!?」


 そして、フェイルは魔力刃を振り下ろしたウォレスの顎を、前蹴りでかち上げた。

 仰け反りながら宙を舞うウォレスを抜き去って、次はサクヤが拳を突き出す。


「__シッ!」


 短く息を吐いて放たれた拳をフェイルは右手で受け止め、そのままへし折らんばかりに強く握りしめた。


「弱い」

「ガッ……!?」


 痛みに顔をしかめるサクヤを、フェイルは力任せに地面に叩きつける。

 そのまま地面に倒れているサクヤに向かってフェイルが剣を突き立てようとするのを、俺は剣を横薙ぎに振るうことで防いだ。

 甲高い金属音が響くとフェイルは俺の剣を跳ね上げ、懐に入ってくる。


「死ね」


 俺の首を狙って突きを放とうとしていたフェイルは、動きを止めるとすぐに後ろに向かって跳び上がった。

 そして、フェイルがいた地面に音の衝撃が襲いかかる。


「避けられた……ッ!」


 その衝撃はやよいが地面に向かって斧を振り下ろして放った<ディストーション>だった。だけど、攻撃を察したフェイルはやよいの方を見ることなく軽々と避ける。

 スタッとフェイルが地面に着地すると上空から紫色の魔力弾が五つ、弧を描きながら飛来した。

 真紅郎が放った魔力弾をチラッと見上げたフェイルは剣を上に向かって振り払うと、重い風切り音と共に全ての魔力弾が一撃で斬り払われる。

 それを見た真紅郎は表情を険しくさせた。


「今のを、一撃で……」

「速度は低い、威力も軽い。やる気があるのか?」


 俺たちの攻撃を全て対処したフェイルは、小さくため息を吐く。


「この程度の雑魚共がガーディ様に楯突くとは……恥を知れ」


 ほとほと呆れ果てたと言いたげに呟いたフェイルは剣を思い切り振り上げると、全体重を乗せて地面に剣を叩きつけた。

 爆音が轟くと、地面を隆起させながら衝撃が広がっていく。その衝撃で俺たちは吹き飛ばされた。


「ぐ、あ……ッ!」


 吹き荒ぶ砂煙と爆風に俺たちは地面を転がる。すると、今の一撃に花壇に咲いていた花も巻き込まれ、ヒラヒラと花びらが舞っていた。

 ヒビが入り、隆起した地面。破壊された花壇。綺麗だった植物園はボロボロに変わり果てている。


「お、まえ……ミリアが大切に育てていた花を、よくも……ッ!」


 この植物園はミリアが大切にしている場所。

 ミリアが大好きだと言っていた、この国の要の貴重な花__アレルイヤの花も巻き込まれ、力なく散っている。

 ギリッと歯を鳴らして怒りを露わにしていると、フェイルはヒラヒラと舞っている一枚の花びらを掴み取った。


「この後に及んで花の心配だと? そんなことを気にしている余裕があるのか?」


 フェイルは掴み取った花びらを力強く握りしめ、手を広げると粉々になった花びらが風に乗って飛ばされていく。

 そして、フェイルは剣を振り下ろすとまだ形を残していた花壇を破壊した。

 

「__こんな花がなんだと言うんだ?」


 理解出来ないと言いたげに、まるで見せしめにするようにまた剣を振り上げようとするフェイル。


 頭の中でブチッ、と何かが切れた音がした。


「__やめろぉぉぉぉッ!」


 怒りのままにフェイルに向かって飛び出す。

 魔法も使わずに剣を振り被る俺に、フェイルは馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「感情も制御出来ないとは」

「__テアァァァッ!」


 全体重を乗せて振り下ろした剣を、フェイルは軽々と受け止める。


「花如きで我を忘れる。弱者の考えることは分からないな」

「この花壇は! お前みたいな奴が壊していい物じゃない! ここは、この国の宝だ!」

「……宝?」


 がむしゃらに剣を振り続けるもフェイルは息一つ乱すことなく、全ての攻撃を防いだ。

 フェイルはこの植物園を、咲いている花を宝と言った俺に対して、やれやれと首を横に振る。


「花が、宝? おかしなことを言う。この花にそれほどの価値があるとは思えないな」

「宝石や金なんかよりも、ここの花は価値があるんだよ!」

「__戯言だ」


 俺の言葉を否定したフェイルは振り下ろした俺の剣を跳ね上げ、俺の首に手をかけてきた。

 ギリギリと音がするほど首を絞められ、息が出来ない。


「は、な……せ……ッ!」

「もう、いい。お前の戯言は聞きたくもない」


 さらに力が強くなり、意識が遠のいていく。

 ぼやける視界の中で、フェイルが剣を突き立てようとしているのが見えた。


「弱者は弱者らしく、花のように踏み躙られながら__死ね」


 抵抗しようとしても動くことが出来ず、フェイルの剣が俺の体に突き刺さろうとした__その瞬間。

 スッと伸びた手が、フェイルの腕を掴んだ。


「__それ以上はやらせん」

「……魔族か」


 その手の正体は、レイドだった。

 腕を掴まれたフェイルはレイドの手を振り解き、距離を取る。解放された俺はゲホゲホと咳き込みながら地面に膝を着いた。


「大丈夫か、タケル」

「れ、レイド、どうして、ここに……街は……?」

「街なら大丈夫だ。民の避難は終わっている。それに、空を見てみろ」


 そう言われて見上げてみると、空を飛び回っていたライオドラゴンに砲弾が直撃していた。

 そして、空には大きな物体__機竜艇の姿。

 

「ベリオ殿とボルクが機竜艇で空にいるライオドラゴンを、他の六聖石とアスワドは街にいるライオドラゴンを対処している。だから、心配するな」


 レイドは俺を安心させるように頬を緩ませると、フェイルの方を睨みつけた。


「私が奴と戦う。タケルは少し休んでいろ」

「待って、くれ……俺も……ッ!」


 一人で戦うにはフェイルは強すぎる。例えレイドでも厳しいだろう。

 俺は腰元に装備していたパワーアンプに手をかけようとすると、レイドは首を横に振った。


「パワーアンプは使うな。貴殿の魔臓器はまだ治っていないのだ。ここで無理をする必要はない」

「だけど……」

「大丈夫だ__そう簡単に負けるつもりはない」


 レイドはゆっくりとフェイルに近づいていく。手に持った剣を握りしめ、堅い声で口を開いた。


「僭越ながら、私が相手になろう。不服か?」

「……いや。そこの屑よりもやりがいがありそうだ、魔族」

「魔族ではない」


 レイドは剣を構え、姿勢を低くする。


「__私はヴァベナロスト王国、六聖石が一人……レイドだ」

「死ぬ奴の名前を覚えるつもりはない……が、手向けとして名乗っておこう。オレは、フェイルだ」


 名乗り終えた二人は向かい合い、空気が張り詰めていく。

 そして、レイドは地面を踏み砕きながら飛び出した。


「__いざ参る!」

「来い」


 レイドとフェイルは剣を斬り結ぶ。

 目で終えないほどの攻防の中、吹き飛ばされていたやよいたちが俺に駆け寄ってきた。


「タケル! 怪我はない!?」

「大丈夫、だ……」


 声をかけてくるやよいに返事をしてから、立ち上がる。視線の先では剣戟の音が響き渡っていた。

 レイドはフェイルに互角に渡り合っている。そう__あのレイドですら、フェイル相手に互角・・だった。

 今の俺が戦いに混ざっても、邪魔になるだけだろう。悔しさに拳を握りしめていると、真紅郎が口を開く。


「タケル、ライブ魔法を使おう」


 真紅郎の提案に、目を丸くして驚いた。

 たしかにライブ魔法なら、あのフェイルにもダメージを与えることが出来るかもしれない。だけど……。


「ダメだ。ここでライブ魔法を使えば、植物園に被害が出る」

「ヘイ、タケル! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」


 ウォレスの言うことはもっともだ。だけど、譲る訳にはいかない。

 この花壇に咲いている花は、ミリアの宝物だ。それに、貴重なアレルイヤの花がなくなったら、もうポーションが作れなくなる。

 ライブ魔法を使う決心がつかないでいると、サクヤがレイドとフェイルの戦いを見つめながら言い放つ。


「……急がないと、レイドが危険」


 互角に戦っていたレイドだけど、徐々に押され始めていた。善戦しているけど、レイドの体に少しずつ傷が増えてきている。

 それに対して、フェイルにはまだ傷一つついていない。あいつの剣術は、レイドよりも上のようだった。


「くっ……これほどの実力者がいるとは……ッ!」

「どうした? お前もこの程度か?」

「抜かせ!」


 フェイルの挑発にレイドの動きが速くなる。それでも、フェイルは魔法を使うことなく剣術だけで圧倒していた。

 このままだとレイドもやられてしまう。でも、ライブ魔法を使うのは……。

 迷いながら、俺は腰元のパワーアンプに手を伸ばした。ア・カペラを使えば、邪魔になることなくレイドの援護が出来るかもしれない。

 使うタイミングとしては、正直微妙だけど……今使うしかない。

 そう判断した俺はパワーアンプのつまみに指をかけると、やよいに手を掴まれた。


「__ダメだよ、タケル。絶対に、ダメ」

「だけど……」

「まだ魔臓器が治ってないのに今ア・カペラを使ったら、今度こそ治らないかもしれないんだよ!?」


 必死な形相で止めてくるやよいに俺は手を止める。

 やよいは目に涙を浮かべながら、絶対に使わせないとばかりにギュッと俺の手を握っていた。

 すると、真剣な表情を浮かべた真紅郎が、俺の肩に手を乗せる。


「タケル、やっぱりライブ魔法を使うしかないよ。植物園に被害がないように、全力で調整しよう」

「そうだぜ、タケル! オレたちなら出来る! 信じろビリーブ!」

「……やろう、タケル」


 全員の視線を向けられた俺は、覚悟を決めた。


「__分かった。やるぞ」


 俺の言葉に全員が頷き、定位置に着いた。

 ゆっくりと深呼吸してから、剣を地面に突き立てて柄に取り付けてあるマイクを口元に持っていく。

 狙うはフェイルただ一人。周りに被害が及ばないよう、気をつけながら魔力を調整する。

 

 大丈夫、出来る。俺たちなら、絶対に__!


「レイド! ライブ魔法を使って援護する! だから、時間を稼いでくれ!」


 マイクを通した俺の声を聞いたレイドは、俺たちの方をチラッと見るとニヤリと笑みを浮かべた。


「承知した! 私のことは気にせず、全力でぶつけろ!」

「……ライブ魔法。ガーディ様が言っていた合体魔法か」


 フェイルはレイドの攻撃をいなしながら、ライブ魔法の準備を始めた俺たちの方を見つめている。

 例えお前が強くても、俺たちのライブ魔法に勝てるはずがない__!


「見せてやるよ、フェイル……俺たちの力を!」


 マイクを握りしめ、フェイルに向かって人差し指を向け、声を張り上げた。


「__<壁の中の世界>!」

 

 曲名を告げると、やよいがギターをかき鳴らす。歪んだ音が響くと、そこにウォレスのドラム、真紅郎のベース、サクヤのキーボードの音が混ざり合った。

 アップテンポの音色に合わせて歌い出そうと息を吸い込んだ時、フェイルが動き出す。

 フェイルはレイドを押し退けて距離を取らせると、俺たちの方を鋭く睨みつけてきた。


「……耳障りだ」


 そして、フェイルは俺たちに向かって手を伸ばし__。


「__消音ミュート


 パチン、と指を鳴らす。


 その瞬間、世界から音が失われた。


 

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