十五曲目『ヴァベナロスト王国ライブ』

 ライブ当日。空は透き通るような青空が広がり、雲ひとつない。絶好のライブ日和だ。

 待ち切れないとばかりに広場は多くの観客たちで賑わい、満員になっている。露店では稼ぎ時だと商人たちが声を張り上げて客引きし、忙しそうにしていた。

 誰もが今から始まる未知の文化__音楽を楽しみにしている。始まる前から熱気に包まれている会場を見た俺は、笑みを隠せずにいた。


「ホウホウ、これはこれは。凄い盛り上がりだネ」


 ステージ裏で出番を待っていた俺たちのところに、ストラが広場を見渡しながら声をかけてくる。その後ろにはストラだけじゃなく、ローグさんとレイドの姿もあった。

 ローグさんは右手で顎を撫でながら、ニヤリと口角を上げる。


「皆、喜んでいるな。外の国に行くことを禁じられているせいで、相当抑圧されていたんだろう」

「マーゼナル王国に我らの居場所を知られる訳にはいきませんからね。理解はしていても、やはり心の奥底では鬱憤がたまっていたのでしょう……ありがとう。貴殿らのおかげで皆も楽しんでいる」


 レイドは俺たちに向かって頭を下げながら礼を言ってきた。

 この国はマーゼナル王国に狙われている。住人たちもそれを理解しているだろうけど、ストレスは少しずつ溜まってきていただろう。

 俺たちのライブで少しでもストレス解消になればいいな。

 すると、ストラがニヤニヤと笑いながら興味深そうに俺たちを見つめてくる。


「サテサテ。キミたちが今から披露する、おんがくという文化。未知の探究、知らないことを知ることは研究者としての性。どれほどのものか、期待しているヨ!」


 どこか他の人とズレてるけど、楽しみにしていることには変わりない。期待に応えられるよう、頑張らないとな。

 そうして話していると、レイラさんとミリアも俺たちに気付いて声をかけてきた。


「見事な舞台じゃない! 私の戴冠式でもこれぐらいして欲しかったわね。ミリアの時はこれ以上のものをお願いしないと!」

「お母様……何度も話していますが、私に女王の座は荷が重いです。私は魔法の研究の方が性に合ってるのですが」

「だったら王になれるような人と結婚しなさい! どこかの誰かさんなら、任せてもいいかも?」


 そう言ってレイラさんは俺をチラッと見てくる。その視線を感じ取ったのか、ミリアは顔を真っ赤にして俯いた。

 すると、俺を守るようにやよいが割って入ってくる。


「生憎ですが、タケルはあたしたちと一緒に元の世界に戻って、メジャーデビューするので! それは無理です!」

「あらあら? それは本人が決めることでしょう? なぁに、やよいちゃん……嫉妬?」

「しッ!? 違います!」


 ニヨニヨと笑うレイラさんに、やよいもミリアと同じように顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振った。

 なんか、俺が預かり知らないところで色々と話が進んでいる気がするなぁ。話を聞き流しながらボンヤリとしていると、やよいとミリアが俺に詰め寄ってくる。


「どうなの、タケル!?」

「え? 悪い、聞いてなかった。何が?」

「その、タケル様は……元の世界に戻ってしまうのですか?」

「それは、まぁ……」

「まぁ!? 何、そのはっきりしない言い方!? ちゃんと答えてよ!?」

「え、えぇぇ……?」


 どうして俺はこんなに責め立てられてるんだ? 訳が分からない……。

 どんどんヒートアップしているやよいと、俺の袖をギュッと掴んで離さないミリア。二人の圧力に押し負けそうになっていると、真紅郎とレイドが助け舟を出してくれた。


「やよい、ちょっと落ち着いて。今からライブをするんだから」

「ミリアも少し落ち着いたらどうだ? どうするのかはタケルが決めること。あまり無理強いをしてはならない」


 二人に窘められたやよいとミリアは、グッと堪えて落ち着きを取り戻す。

 助かった、とため息を吐いていると、ローグさんが俺の方に手を置いてきた。


「タケル、一つ話しておく」


 ローグさんは真剣な表情を浮かべながら間を置き、言い放つ。


「__この国では重婚が認められているぞ」

「いや、なんの話!?」


 真剣な表情で言うから何かと思えば、突然何を言っているのか。

 俺のツッコミにローグさんはカラカラと笑いながら肩をバンバンと叩いてくる。


「ガッハハハ! この色男め! 羨ましいぞ! ワシの若い頃なんて……戦いばかりで女っ気がなくてなぁ」


 しみじみと、それでいて少し悲しげに話すローグさん。そのまま長話になりそうになるのを、サクヤが止める。


「……そろそろ、時間」


 気付けばライブの時間が迫ってきていた。

 一度話を中断し、俺たちRealizeは円陣を組む。


「気を取り直して……今からライブだ。満員の観客たちは、俺たちの音楽を楽しみにしている」

「ハッハッハ! そいつはテンションが上がるな!」

「久々の本格的なライブだし、頑張らないとね」

「……楽しみ」

「きゅきゅー!」


 ウォレスは待ち遠しいのかウズウズとして、真紅郎は頬を緩ませ、サクヤは口角を上げ、キュウちゃんは尻尾を振りながら、言葉を繋いでいく。

 そして、最後にやよいが俺たち全員に向かって、口を開いた。


「__みんな、準備はいい?」


 俺たちは示し合わせたように頷き、右手を伸ばす。

 全員の手が合わさってから、俺はゆっくりと息を吸って……叫んだ。


「__Realize! 俺たち最高ウィーアーロック!

「__イエアァァァァァァァッ!」


 雄叫びを上げた俺たちが飛び出すようにステージに上がると、俺たちの登場に観客たちは拍手と歓声で迎えてくれた。

 まだ始まってないのに、会場のボルテージは最高潮に達している。

 ビリビリと伝わってくる熱気に口角を上げた俺は、腰に指している剣を抜いてステージの床に突き立てた。

 柄の先に取り付けてあるマイクを口元に持っていくと、他のみんなも魔装を展開して準備を始める。

 やよいは斧型の赤いエレキギターを、真紅郎は銃型の木目調のベースを構える。

 ウォレスはドラムスティックを握ると目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を、サクヤは魔導書を開いてそこから紫色の魔力で出来たキーボードを展開した。

 キュウちゃんは邪魔にならないように俺たちの後ろでピョンピョンと跳ねる。

 全員の準備は整った。俺はマイクに向かって、観客たちに呼びかける。


「__ハロー! ヴァベナロスト王国に暮らす皆さん! 俺たち、Realizeです!」


 マイクを通した俺の声が、ビリビリと空気を震わせて広場中に響き渡った。

 最初は驚いていた観客たちも、すぐに歓声で答えてくれる。

 レスポンスの速さに嬉しくなった俺は、マイクを掴みながら話を続けた。


「今から披露するのは音楽! 皆さんには未知の文化です! でも、間違いなく気に入る! 誰もが盛り上がれる! 絶対に後悔はさせない!」


 音楽文化のないこの異世界でも、どの国でも受け入れられている。なら、この国の人たちにも絶対に届くはずだ。

 音楽の楽しさ、ライブの盛り上がり、俺たちの熱意が。

 熱く滾る想いを胸に、俺は曲名を告げる。


「聴いて下さい__<花鳥風月>」


 熱気に包まれていた会場が、俺たちの雰囲気を感じて静まり返った。

 これから始まることに期待しながら、今か今かと待ち侘びている。

 なら、その期待に応えて__始めようか。


 楽しい音楽の時間だ。


 サクヤに目配せすると、サクヤは頷いてから静かに鍵盤に指を置く。

 そして、サクヤはゆっくりとキーボードを奏で始めた。

 静かな立ち上がりで始まった演奏。ゆったりとした横ノリのリズムに合わせ、語りかけるようにマイクに向かって歌声を乗せる。


「花よ 鳥よ 雄弁に咲き乱れ 大空を舞う」


 ビブラードを効かせ、ロングトーンで歌い上げるのと同時に静寂を打ち破るようにやよいがギターをかき鳴らした。

 爆発したように始まった演奏。力強いギターサウンドに真紅郎のスリーフィンガーによる速弾き、ウォレスの走り抜けるようなドラム、サクヤの跳ねる回るようなピアノサウンドが混ざり合い、グルーヴが生まれる。

 静かな立ち上がりから一転して激しい演奏に観客たちが目を丸くしているのを尻目に、俺は歌声を響かせた。


「今はまだ 咲かない 大輪 今はまだ 孵らない 未来」


 サビから入るこの曲、花鳥風月。初っ端からエンジン全開で、歌い上げる。


「風よ 月よ 颯爽と駆け抜けて 夜空を照らす 今はまだ 飛べない翼 今はまだ 晴れない 暗雲」


 サビが終わると疾走感のある演奏が落ち着きを取り戻し、またゆったりとしたテンポに戻った。

 足でリズムを取りながら、囁くように静かにAメロに入っていく。


「あなたは 知らない この世界は 美しいと だからと嘆いて 壊さないで 尊いものを」


 力強さを残しながら感情を込めて歌う俺に、観客たちは呼応するように盛り上がり始めていた。

 聴いたこともない大音量の演奏、初めて感じる心に響く歌。未体験の感覚に観客たちは徐々に適応し、楽しんでいた。   

 いいぞ、もっとだ。もっとのめり込んでいけ!


「春風や 冬の雪 それは限りなく 壮大で 降り頻る 満開の 花は一面を 照らすのさ」


 Bメロを歌うと、演奏がサビに向かって盛り上がっていく。

 観客たちはこれから来るサビの衝撃を感じ取り、手を振り上げてリズムを取っていた。

 その光景に思わず笑みを浮かべながら、俺はサビを叩きつけるようにマイクに向かって歌い上げる。


「花よ 鳥よ 雄弁に咲き乱れ 大空を舞う 今はまだ 咲かない大輪 今はまだ 孵らない未来 風よ 月よ 颯爽と駆け抜け 夜空を照らす 今はまだ 飛べない 翼 今はまだ 晴れない 暗雲」


 俺たちの演奏に、音楽に、観客たちが雄叫びのような歓声を上げていた。

 ステージの最前列で見ているレイラさんはニヤリと楽しげに笑い、ストラは興味深そうに俺たちを凝視し、ローグさんは感心したように何度も頷き、レイドは当然だと言わんばかりに腕組みしながら目を閉じて演奏を聴いている。


 そして、ミリアは__まるで子供のように無邪気に笑いながら、リズムに合わせて肩を揺らしていた。


 そのまま俺たちは演奏を続け、最後にサクヤが鳴らした一音が水面に落とされた雫のように広場に広がっていき、一曲目が終わった。

 そして、会場が歓声と拍手の渦に包まれる。

 やっぱり、音楽はこの国の人たちにも受け入れられた。最高の気分になりながら、俺は呼吸を整えてからマイクに向かって話しかける。


「ありがとうございます! 続きまして、二曲目! 一曲目とは毛色を変えて、静かな曲です! しっとりとお聴き下さい!」


 次の曲はみんなと話し合い、旅の途中で作り上げた新曲を披露することにした。それは、Realizeの曲で二つ目になるバラード系・・・・

 前にやよいが作った<アングレカム>から俺たちはロック系以外の曲にも興味を持ち、それからサクヤが作った<パラダイム・シフト>のR&Bの曲も作った。

 俺たちはロックバンドだけど、だからと言ってロックだけを演奏しなければいけない決まりはない。

 音楽は自由だ。だから、もっと色んな曲を、色んな音楽を多くの人に届けたい。そう考えるようになった。

 そして、今から演奏するのはロックバラード。その名を__。


「__<僕は君の風になる>」


 曲名を告げ、目を閉じながら静かに息を吸い込む。ゆっくりと息を吐いてから、俺はみんなに目配せした。

 演奏が始まる。イントロはやよいのギターから。だけど、その音色はエレキギターの激しい音ではなく、アコースティックギターの切なさを感じさせる静かな音。

 そこにサクヤがピアノサウンドでリズム伴奏を加え、二人の演奏が響く中__俺は歌い始めた。


「君が迷いそうな時 僕は君の風になる 大空を吹き渡り 背中押す風になる 君が挫けそうな時 僕は君の風になる 草原をなびかせて 心地よい風になる」


 俺がAメロを歌うと、ウォレスと真紅郎がゆったりとしたリズムで演奏を始める。

 穏やかな風が頬を撫で、心地よい風が草原を揺らす……この国のように、俺たちは音楽を奏でた。


「泣き叫びたい気持ちは抑えなくていい 君の心が 晴れるなら ゆっくりでいい 歩いて行くんだ」


 Bメロを歌い終えると、やよいはギターの弦を力強く弾き鳴らす。サビに向かって盛り上げながら響かせるギターの音色に合わせ、俺はマイクに向かってサビを歌った。


「羽のリングは 僕の翼 君をどこまでも 連れていく リングの石の 生まれた国 また 君と 笑いたい」


 声を震わせ、感情を込めて歌った俺の歌声が、会場に波紋のように広がっていく。音の波紋に会場にいる全員が、俺たちから目を離そうとしなかった。

 露店にいる商人たちは手を止め、歩いていた住人が足を止め、呼吸を忘れたように観客たちが息を止める。

 音楽はただ激しく盛り上がるだけじゃない。静かにゆったりと、染み込むような音楽だってある。

 俺たちは音楽の楽しさをこの異世界の人たちにも届けたい。世界を救えなくても、誰かの命を救えなくても……隣に寄り添えるような、音楽を。

 そのまま二番を終え、Cメロに入る。演奏が転調し、ラストのサビに向かっていく。

 俺は腹に力を入れ、力強く歌った。

 

「重すぎる現実も 楽しい物語も 君をめぐる 大切なもの 誰もが悩んで また立ち上がる」


 右手を伸ばし、語りかけるように歌い上げる。 

 

「行こう 未来は すぐそこだ」


 Cメロが終わると、一気にラストのサビに向かって演奏が最高潮に達した。

 高まっていく演奏を聴きながら、俺はラストのサビをマイクを通して響かせる。


「羽のリングは 僕の翼 君をどこまでも 連れていく リングの石の生まれた国 また 君と 笑いたい 僕は君と 笑いたい」


 最後のフレーズを胸の奥からこみ上げるように、ビブラートを効かせながらロングトーンで歌い上げた。

 響いていった俺の声が静かに消え、演奏が終わる。荒くなった呼吸を整えていると、最前列にいるミリアに目が止まった。


 ミリアの閉じられた目から、一筋の雫が頬を流れていく。


 ゆっくりと静かに流れる涙を拭わないまま、ミリアは胸元で手を組みながら祈るように俺を見ていた。

 そして、静けさを吹き飛ばすように歓声が上がる。ロックだけじゃなく、バラードも観客たちは気に入ってくれたようだ。

 心の奥底から湧き上がってくる歓喜の感情のまま、俺はマイクに向かって声を張り上げる。


「ありがとうございました! ライブはまだまだ行きます! 次は__<壁の中の世界>だ!」


 このまま俺たちは演奏を続け、ライブを盛り上げていく。

 こうして、俺たちはヴァベナロスト王国でのライブを成功することが出来たのだった。



 

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