二十六曲目『優しき魔法』
魔法陣が光った瞬間、本能のままにその場から転がるように離れる。すると、魔法陣から紅い稲妻を纏った黒い光線が放たれた。
光線は俺がさっきまでいたところに着弾し、地面を抉りながら一直線に伸びていく。しかも、それは一本だけじゃない。
無数に展開された魔法陣から休む暇なく何本も光線が放たれ、轟音を響かせる。
その光景は、俺たちが使うライブ魔法……<壁の中の世界>と同じだった。
無差別に放たれる光線は今まで災禍の竜が放っていたものよりも細く、威力も落ちている。だけど、当たれば即死級なのは変わりない。
一度でも直撃すれば……俺は光線に飲み込まれ、肉片の一つも残らないだろう。
当たらないように必死に避けると、光線は大地を穿ち、空に放たれたものは黒雲を貫き、柱のように伸びていく。
災禍の竜は雄叫びを上げ、翼を大きく広げながら全てを使い果たす勢いで魔法陣に魔力を送り込んでいる。魔力を充填した無数の魔法陣はバチバチと黒い電光を光らせ、収束した魔力を惜しげもなく放っていく。
これは、災禍の竜の最後の攻撃。追い込まれた強者が全力で俺たちを倒しにきている。
「なら、これさえどうにかすれば……ッ!?」
この攻撃の嵐を凌げれば、俺たちの勝ち。蹂躙されれば災禍の竜の勝ち。とてもシンプルだけど、単純がゆえに厳しいものだ。
他のモンスターとは比にならないほどの魔力を持っている災禍の竜だからこそ出来る、最強最悪のパワープレイ。
それを凌ぎ切るのは至難の業だ。
「近づけない……」
災禍の竜の魔力切れを狙うのは得策じゃない。でもあの光線の嵐をすり抜けて災禍の竜本体に攻撃しようにも、近づくことが出来なかった。
今はとにかく、無数の光線を避け続けることしか出来ない。いつか訪れる隙を狙い、逃げ続ける__ッ!
今までの戦闘による疲労、ア・カペラを使った時の反動で体がビキビキと悲鳴を上げる。乳酸が溜まった足は力が入らず、フワフワと浮かんでる感覚だ。
それでも、必死に走る。肩で息をして、脇腹が痛むのを堪え、とにかく足を動かして災禍の竜の周囲を周るように駆け抜ける。
災禍の竜は魔法陣を動かし、走り回る俺を狙って光線を放ち続けていた。無数に襲いかかる光線たちを縫うように走り抜け、ジグザグに駆け回る。
「__あ」
__その最中。溜まりに溜まった疲労がとうとう足を縺れさせた。
思わず気の抜けた声が出て、そのまま地面に倒れ伏す。
受け身も取れずに転び、砂が口の中に入ってジャリっとした感触がした。
「__カロロロ」
動きを止めた俺を、災禍の竜が見逃すはずがない。
災禍の竜は口角を歪ませながら喉を鳴らして笑うと、無数の魔法陣を倒れている俺に向けてきた。
まずい。すぐに起き上がろうとしたけど、足が言うことを聞いてくれない。
「ちく、しょう! う、ごけぇぇ……ッ!」
足に鞭を打ちながらどうにか立ち上がるも、もう遅かった。
俺に向けられている魔法陣が赤黒い電光を放ち、収束された魔力が轟音を響かせながら放たれる。
向かってくる無数の光線に、俺は歯を鳴らしながら悪態を吐いた。
そして、俺は避けることが出来ずに目の前が閃光に包まれる__。
「__タケル!」
その直前、やよいの叫び声が聞こえた。
すると、俺の目の前の地面が凍っていくと、そこから巨大な氷の壁が迫り上がってくる。
氷の壁に阻まれた光線は、氷を砕きながら霧散していった。
「今、のは……」
この戦場で氷属性魔法を使えるのは、たった一人しかいない。
振りむくとそこには……魔装を構えたやよいたちの姿があった。
「__タケル! あの光線はあたしたちがどうにかするから! だから、タケルは災禍の竜を倒して!」
魔装……赤いボディのエレキギターを構えながら、やよいが叫ぶ。
「ボクたちが援護するよ! タケルはボクたちを信じて、走って!」
木目調のベースを構えた真紅郎が、真っ直ぐに俺を見据えながら笑みを浮かべる。
「ハッハッハ! 見せてやろうぜ! オレたちRealizeの……
ドラムセットを模した紫色の魔法陣の前で、ウォレスが不敵に笑いながらドラムスティックを構える。
「……全力で、ぶっ飛ばしちゃえ」
魔導書を開き、そこから伸びる紫色の魔力で出来たキーボードの前に立つサクヤが、拳を向ける。
「俺が出来るのは、ここまで、だ……」
地面に片膝を着き、今にも倒れそうになっているアスワドが俺をギロッと睨みつける。
そして、右手を地面に置くとやよいの足元がパキパキと凍っていき、目の前に一本の細い氷の柱を作り出した。
「おい、赤髪……負けたら、ぶっ殺すからな……」
それを最後に、アスワドは力なく倒れる。体力も魔力も限界だったアスワドは、そのまま気を失った。
やよいは気絶したアスワドに目を向け、微笑みながら「ありがと、アスワド」と呟くと、キッと災禍の竜を睨みつける。
「これ以上、やらせないんだから! 覚悟しなさい!」
そして、やよいは右手に持っていた物……吹き飛ばされた時に剣の柄から取れて何処かに飛んでいっていた俺のマイクをアスワドが最後に作り出した細い氷の柱に取り付けた。
アスワドが作ったのは、氷で出来たマイクスタンド。その前に立ったやよいは静かに目を閉じ、祈りを捧げるように胸の前で手を組む。
「__お願い、シラン。あたしに、あたしたちに力を貸して……」
ゆっくりと深呼吸をしてから、やよいは目を見開いてマイクを掴み、声を張り上げた。
「__ハロー! 暴れ回ってるそこの黒いの! いつまでも好き勝手出来ると思ったら大間違いなんだから! あたしの歌で、あたしたちの音楽で、あんたを止めてやる!」
ビリビリとマイクを通したやよいの声が戦場に響いていく。
災禍の竜はどこか驚いたように目を見開くと、チラッと後ろを振り返った。
その視線の先には……岩のタワーがあった。
それから災禍の竜は改めてやよいたちの方を見やり、忌々しげに牙を鳴らす。
「__グルルルルッ!」
災禍の竜が喉を鳴らすと、無数に展開されていた魔法陣がやよいたちの方に狙いを定めた。
バチバチと魔力を充填して光る魔法陣に対し、やよいは臆することなくニヤッと笑みを浮かべる。
「あんたが伝説のモンスターだろうと、生きた災害なんて呼ばれていようと! あたしたちは負けない! 音楽は負けない! 行くよ、みんな!」
やよいの呼びかけにウォレスが、真紅郎が、サクヤが頷いて返した。
全員の準備が整ったのを確認してから、やよいは語りかけるようにマイクに向かって口を開く。
「__<Angraecum>」
戦いによって荒れ果てた大地に、囁くように曲名が告げられる。
キーボードに指を置いたサクヤが静かに奏でる美しいピアノの旋律から、演奏が幕を開けた。
流れるように響くピアノのイントロが終わるのと同時に、やよいの切なさを感じさせる優しい歌声が、マイクを通して響き渡る。
「陽だまりのような 温もりを 残してキミは 飛び立つの? 果てしなく遠い 世界に向かって キミは一人きり 羽を残して」
やよいの歌声がまるで包み込むように空気を震わせ、俺に……災禍の竜に伝わっていく。その歌声を聞いた災禍の竜は攻撃することなく、何故かただ呆然と突っ立っていた。
その姿はどこか聴き入っているような……何かを
「__グ、ル……アァァァァァァアァァアァッ!」
だけど、災禍の竜は何かを振り切るように頭を振ってから、絞り出すように雄叫びを上げて魔力を魔法陣に送り込む。
そして、無数に展開していた魔法陣から紅い稲妻を纏った黒い光線がいくつも放たれた。
「自由を求める 翼できっと キミは旅に出る ボクを 置き去って」
向かってくる無数の光線に対して、やよいは逃げることなくBメロを歌い上げる。その終わりにウォレスがゆったりとしたリズムでドラムを叩き、真紅郎が沈み込むようなベースラインを弾き、やよいは歌いながらアコギの切ない音色を奏でて演奏を彩っていく。
すると、やよいたちの魔力が合わさり、足元に巨大な紫色の魔法陣が展開していった。
魔法陣が淡く、優しさを感じさせる暖かな光を放つと、ふわりふわりとシャボン玉のような光が漂い始める。
そして、襲いかかる光線たちを阻むように、やよいたちの目の前に魔力で出来た巨大な花が現れた。
五枚の花弁を持つ、星のように広がる淡い光を放つ花……
巨大なアングレカムの花は全ての光線を受け止め、包み込むようにして防いだ。光線が着弾して爆発すると、花弁がヒラヒラと舞い散る。
舞い散った一枚一枚の花弁は、それぞれがまた五枚の花弁を持つアングレカムの花に変わり、やよいたちを守るように広がっていた。
これがライブ魔法<Angraecum>の効果。
巨大な魔力で出来たアングレカムの花が咲き、強力な魔力障壁を作り出す
散った花弁がまた花の盾になり、あらゆる攻撃を防ぎ、守る……優しい魔法だ。
前に立ち寄った国で出会った、一人の少女。この異世界に来て初めて出来た、やよいの友達で__病気により命を落とした儚くも美しい、シランという子のためにやよいが
その曲が今、花を咲かせて災禍の竜の攻撃から俺たちを守ってくれていた。
「__負けて、られないよな」
やよいたちがライブ魔法を使い、災禍の竜の攻撃から守ってくれる。
なら、俺はみんなを信じて……災禍の竜を、倒す。
「__行くぞ、災禍の竜。俺たちは、絶対に負けない」
剣の柄を強く握りしめ、駆け出した。
災禍の竜は俺に気づき、やよいたちから俺に狙いを変えて光線を放ってくる。
無数に向かってくる光線に、俺は止まることなく走り続けた。
「出逢ったことは 忘れないよ 願いは遥か キミの元へと」
サビに入ったやよいの歌声が耳に届く。
歌声に乗せて伝わってくる、やよいの想い。
__頑張れ、タケル!
「__おう!」
やよいの想いに応えるため、俺は速度を上げる。
すると、俺を守るように花弁が舞い、星のようなアングレカムの花が咲き誇った。
光線は花で阻まれ、俺には届かない。魔力で出来た花弁が舞う中、俺は一直線に災禍の竜へと駆け寄る。
「__グルゥアァァァッ!」
災禍の竜がやよいの歌声とウォレスたちの演奏をかき消すように、咆哮した。
ビリビリと大気を震わせ、轟音を響かせながら光線を放ち続ける。
だけど、その全てを花の盾が防ぎ、咆哮をものともせずにやよいたちの演奏が波紋のように世界中に届かんばかりに奏でられていった。
「出逢えたことは 忘れないよ 歌に祈りを キミまで届け」
曲に込められた祈り、願い、想い。
それらが俺の背中を押す。足を動かさせる。
走れ__もっと、速く__ッ!
「__オォォォォォォォッ!」
喉が張り裂けんばかりに叫び、剣を構えて全速力で走る。
花の盾と光線がぶつかり、閃光と砂煙で前が見えなくなっても、研ぎ澄ました感覚が災禍の竜の居場所を感じ取っていた。
あと少し。もう少し。
「__と、ど、けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
そして、とうとう俺は災禍の竜に近づくことが出来た。
その距離は約五メートル。
魔法を詠唱しようと口を開いた時。
__ふと、かすかに琵琶の音色が聞こえた気がした。
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