三曲目『ドラゴンの誇り』

 あるひのこと。ドラゴンがくらしていたどうくつに、ひとりのにんげんがまよいこんできました。


 みたこともないにんげんに、ドラゴンはとまどいます。すると、にんげんはドラゴンにはなしかけました。


 やぁ。きみはひとりなのかな?


 ドラゴンがうなづくと、にんげんはわらいました。


 なら、わたしとおなじだ。わたしもひとりなんだ。


 にんげんのことばに、ドラゴンはおどろきました。


 ぼくと、おなじ?


 ドラゴンのことばは、にんげんにはわかりません。だけど、にんげんはまるでわかっているのか、うなづきました。


 そうだよ。わたしたちは、おなじさ。


 ドラゴンはうまれてはじめて、なかまをみつけました。



 食料運びも終わると、落ち着きを取り戻した村長さんが俺たちを家に招き、食事を振る舞ってくれることになった。しかも機竜艇にいるベリオさんやボルク、黒豹団たちにも炊き出しまでしてくれるらしい。

 ここまでやってくれて申し訳なく思うけど、ありがたいな。人数も多いし、これから災禍の竜までどれだけかかるか分からない。食料の節約になって嬉しい限りだ。

 出された食事を食べ終わった頃、おもむろに立ち上がった村長さんがテーブルの上にある織物を広げ始める。


「これは?」

「この織物は村の長となる者に受け継がれてきた大事な物です。少し、見て頂けますかな?」


 広げられた織物には、一人の男と真っ白いドラゴンが描かれていた。

 男とドラゴンが何か会話をしているような、どこか暖かな織物を見ていると、アスワドが鼻を鳴らしながら口を開く。


「ハンッ、これがなんだって言うんだ?」

「大昔のことですが、この村はあるモンスターと共に暮らしていたのです」

「……あるモンスター?」


 サクヤが首を傾げながら聞くと、村長さんはゆっくりと息を吐いてから語り出した。


「そのモンスターとは……ドラゴンです」

「え!? ドラゴンと一緒に!?」


 目を丸くしながら驚くやよいと同じように、全員が驚く。

 ドラゴンは他のモンスターに比べても獰猛で危険なモンスター。そのドラゴンと一緒に暮らしていたなんて、普通じゃありえない。

 すると、村長さんは広げられた機織りを撫でながら話を続ける。


「今では考えられないことですが、たしかに大昔はこの村の住人はドラゴンと共に暮らしていたのです。なんでも、獰猛なドラゴンを大人しくさせる方法があったようですが……今はもう失伝しておりましてな」


 村長さんの話では、この機織りに描かれている男が始まりだったらしい。

 なんでもこの男は今は失伝しているなんらかの方法を使い、ドラゴンと共に過ごしていたとか。それから他の住人たちも同じようにドラゴンを手懐け、荷物の運搬や農業を手伝って貰っていたようだ。

 話を聞いていた真紅郎は顎に手を当てながら、静かに頷く。


「この村とドラゴンは密接な関係だったんですね」

「昔の話ですがな」


 そう言って悲しげに笑う村長さん。そこで訝しげにしていたウォレスが話しに入ってきた。


「ヘイ、それで何が言いたいんだ?」


 たしかに、大昔の村のことをただ話したかっただけ、というようにも思えない。村長さんは俺たちに、何かを伝えようとしている気がした。

 村長さんは一度口を噤むと、静かに口を開く。


「あなた方はあの災禍の竜と戦おうとしている。凶悪で強大な、生きた災害と」

「……止めても無駄だぜ?」


 アスワドの言葉に首を横に振る村長さん。


「いえ、止めはしませぬ。私にはその権利がないですからな。しかし、戦うのであれば、話しておきたいことがあるのです」

「話しておきたいこと、というのは?」

「……私たちの祖先は、ドラゴンと共に生きていました。なので、ドラゴンの怖さは他の誰よりも知っております」


 手懐ける方法があったとは言え、相手は凶暴なモンスター。そのドラゴンと一緒に暮らしていれば、他の人たちよりも深くドラゴンについて詳しいだろう。

 村長さんは真剣な眼差しで、俺たちに伝えた。


「決して、ドラゴンの逆鱗には触れてはなりませぬ」

「逆鱗、ですか。それは数ある鱗の内、竜が触れられたくない逆さに生えた鱗のことを言ってるんですか?」


 真紅郎が聞くと、村長さんは「そうではありませぬ」と呟きながら首を横に振る。


「ドラゴンの逆鱗とは……誇り・・を貶すことです」

「誇り?」

「そうです。ドラゴンは他のモンスターに比べて知能が高く、誇り高き種族。ドラゴンにとっての誇りとは、つがいや仲間、家族など……絆を結んだ存在なのです」


 絆を結んだ存在。それこそがドラゴンにとっての誇りらしい。

 その誇りを貶すこと、危害を加えることがドラゴンにとっての逆鱗……激怒を買う行為のようだ。

 

「決してドラゴンの誇りを貶すようなことはしてはならないと、逆鱗に触れる行いはしてはならないと、大昔から語り継がれておりました」

「んで、それが災禍の竜と戦うのと、どう関係してるってんだ?」


 話に飽きてきたのか欠伸混じりに言うアスワドに、村長さんはチラッと壁に飾られていた織物……災禍の竜が描かれている機織りを見つめる。


「災禍の竜もまたドラゴン。恐らく災禍の竜は誇りを……絆を結んだ何者かのために怒り狂っているかと思うのです」

「災禍の竜が暴れ回ったのは、誰かが逆鱗に触れたからってこと?」


 やよいの答えに村長さんは小さく頷いて返した。

 世界を滅ぼすほど、誇りを貶されるようなことをされた?

 それにしたってやりすぎな気もするけど……それだけドラゴンは誇り高いモンスターってことか。


「長い間封印されていた災禍の竜に、絆を結んだ相手がいるとは思えませぬが……決して、逆鱗に触れる行いだけは避けた方がよいですぞ。戦うのであれば、絶対に」


 たしかに、ただでさえ強力な災禍の竜の逆鱗に触れて激怒したら、手が付けられなくなりそうだ。村長さんの忠告は忘れないようにしよう。

 話し終わった村長さんはテーブルに広げられた織物を片づけようとする。

 そこに描かれていた一人の男と、白いドラゴン。男はどうやってドラゴンと仲良くなれたのか。

 なんとなく、気になっていた。


 それから二日が経ち、機竜艇の修理が終わったとベリオさんから話があった。

 俺たちは村長さんに挨拶してから、機竜艇に乗り込む。俺たちを見送る村長さんは心配そうにしていたけど、俺たちを止めることはしなかった。


「ベリオさん、全員乗ったよ」


 全員乗り込んだのを確認してからベリオさんに声をかけると、ベリオさんは力強く頷きながら伝声管に向かって声を張り上げる。


「出航するぞ! 全員準備しろ!」


 ベリオさんの言葉に全員が動き出し、機竜艇の両翼が今にも飛び立ちそうに広がっていく。

 ボルクは計器を確認し、ベリオさんに向かって頷いた。それを確認したベリオさんは舵輪を握り、レバーを引く。


「機竜艇、発進!」


 心臓部から魔力がパイプを通って機竜艇全体に伝わっていき、竜のうなり声のような音が響く。後方のジェットエンジンから魔力を噴出しながら、徐々に機竜艇が浮かび上がった。

 そのまま空へと飛び上がった機竜艇は、風に乗ってどんどん地上から離れていく。

 そして、両翼で風の軌道を掴んだ機竜艇は空を駆けていった。


「……動力問題なし。前よりも魔力の伝達が速くなったな」


 ベリオさんの言葉通り、機竜艇は前よりも速い速度で飛べるようになっている。

 なんでも動力源からの魔力の通り道を最適化させ、大昔に飛んでいたときよりも魔力消費を抑えながら効率よく伝達出来るようにしたらしい。

 それに一役買ったのは、真紅郎だったようだ。


「……自動車のことを話したのが、運の尽きだったね」


 そう言いながら真紅郎は疲れ切った顔でうなだれていた。

 なんでも真紅郎はふと自動車について口走ったせいで、ベリオさんとボルクに詳しく説明させられたようだ。

 さすがの真紅郎も自動車のことを深く知っている訳じゃないから、説明にだいぶ苦労したみたいだな。

 まぁとりあえず、機竜艇の速度も上がったし災禍の竜まで予定よりも早く追いつけそうだ。


「これからまた嵐が来る。全員、油断するなよ」


 ベリオさんの話では、今から向かう先はこの間よりも凄い嵐になっているらしい。

 視線の先を見れば、遠くの方の雲がまるで行く手を阻んでいるかのようにどす黒い厚い雲が渦を巻いている。


 ふと、俺はその先に間違いなく災禍の竜がいると確信に似た何かを感じていた。


 災禍の竜は嵐の先で、俺たちを待っている気がする。舌なめずりしながら牙を剥き出しにしている災禍の竜の姿を幻視して、思わず身震いした。


「……負けねぇ」


 恐怖を押し殺し、気合いを入れ直す。

 俺の心に呼応するように機竜艇の心臓部がうねりを上げ、荒れ狂っている嵐に向かっていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る