エピローグ『空を駆ける夢の船』
機竜艇の修繕作業を始めて、十日。ベリオさんが宣言していた期限が訪れる。
俺たちRealize全員とアスワド、ボルクにドワーフ族の弟子たち十人、そしてベリオさんは機竜艇の心臓部の前に集まっていた。
機竜艇の装甲、内装、両翼、ジェットエンジン……全ての修繕作業は終わり、後はこの心臓部を残すだけ。
「これを取り付け……よし」
心臓部から機竜艇全体に繋がっているバルブを連結したベリオさんは、額に滲んだ汗を腕で拭う。
「これで心臓部に火を入れれば、動くはずだ」
「て、ことは……」
恐る恐る聞くと、ベリオさんはニヤリと笑って心臓部に手を置いた。
「あぁ。機竜艇の修繕作業、全て終了だ」
その言葉を皮切りに、俺たちは雄叫びのような歓声を上げる。
ドワーフ族たちは笑いながら握手し、抱き合い、全身で喜びを表していた。
だけどそこで、ベリオさんが咳払いをして喜んでいた俺たちを落ち着かせる。
「作業は終わったが、まだ動くかどうかは分からん。まずは火を入れてみないことには……」
「何言ってんだよ、親方!」
ベリオさんの言葉を遮ったボルクは、煤で汚れた鼻を指で擦りながら小さく笑みをこぼした。
「世界一の職人が直した機竜艇だぜ? 動かないはずないって!」
「……フンッ、小童が言いよる。当然だ、俺を誰だと思ってるんだ?」
本当に動くのか、作業は充分だったのか、少し不安に思っていたベリオさんは、ボルクの一言で目を丸くさせると鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そして、ゆっくりと深呼吸すると俺たちに向かって檄を飛ばした。
「これから機竜艇を動かす! そのまま出発だ! 野郎共、準備しろ!」
「ーーおぉぉぉぉぉッ!」
俺たちは声を張り上げ、急いで準備を始める。
荷物は全部機竜艇に運び終わってるし、後は出発するだけだ。
目指すは災禍の竜。方角は、ここから遠く離れた東。まだ行ったことがない方面だ。
そこで何が待ち受けるのか、俺たちがどうなるのか……そんなの分かるはずがない。
「ハッハッハ! テンション上がってきたぜぇぇぇぇぇぇ!」
ウォレスが豪快に笑いながら興奮を隠しきれずにウズウズしている。
「飛行機や飛行船とはまた違う、この異世界だからこそ存在する機竜艇。それに乗れるなんて、ボクも興奮してきたよ」
真紅郎は元の世界では経験出来ないことに胸を躍らせている。
「……楽しみ。早く飛びたい」
サクヤは無表情ながら口元を緩ませて今か今かと待ちわびている。
「きゅー! きゅきゅきゅー!」
キュウちゃんは鼻息荒くグルグルと床を走り回っている。
「タケル!」
そして、やよいは笑みを浮かべると俺に向かって手を伸ばした。
「ーー早く行こうよ! みんな待ってるよ!」
楽しげに、花が咲いたように笑うやよい。
今から災禍の竜に挑もうというのに、みんなそんなこと忘れているように機竜艇が飛ぶのを楽しみにしていた。
いや、だからこそだろう。俺たちに待ち受けている未来は、誰にだって分からない。不安に思うのは当然だ。
それでも、俺たちなら……Realizeなら、どこだって行ける。どんな敵にでも勝てる。そのためにやよいを含めた全員でこの十日間、作業が終わってから毎日稽古をしてきた。
俺たちは前よりも強くなった。心も体も。だから、大丈夫。どんな敵でも負けない。
だって俺たちは、最強のロックバンドRealizeだから!
「ーーあぁ! 今行く!」
不安や恐怖を押し殺し、笑みを浮かべてみんなを追いかけた。
操舵室に入ると、黒豹団たちがツマミを回したり伝声管で指示を出したりと忙しそうに動き回っている。
今回、黒豹団たちは機竜艇の船員として一緒に乗ることになっていた。当然、アスワドも一緒だ。
アスワドも災禍の竜と戦ってくれるらしい。理由は、やよいがいるから……って言ってたけど、アスワドとしてもやられっぱなしは嫌なんだろうな。
ベリオさんの弟子、ドワーフ族十人は乗らずに見送ることになっている。今回、機竜艇が飛び立つことで国や他の職人たちが騒がしくなるだろうから、その後始末を買って出てくれた。
今までベリオさんに世話になった分、恩返しのつもりらしい。本当、いい弟子を持ったなベリオさんは。
「ボルク! 起動させろ!」
「あいよ、親方! 心臓部、起動開始!」
ベリオさんの声にボルクは威勢のいい返事をするとパチ、パチと操作盤のスイッチを入れていき、ツマミを回していく。
すると、心臓部の方からゴウンゴウンという音が響いていき、機竜艇全体が震えだした。
まるで巨大な生き物が目を覚まそうとしているかのように心臓部が唸りながら動き出すと、操舵室の至る所にある計器の針が動く。
それら全てを確認したボルクは、ベリオさんに向かって叫んだ。
「親方! 全体に魔力が伝わってるし、出力も全部問題なし! いつでも行けるよ!」
「よし! 野郎共、聞け!」
機竜艇の出力計の操作を任されたボルクの言葉に、ベリオさんは伝声管を使って機竜艇に乗っている全員に声を張り上げる。
機竜艇に乗り込んだのはボルクさんを含めた二十六名と一匹。その全員が船長であるボルクさんの言葉を待つ。
舵輪の前に立ったボルクさんは、腕組みしながら全員に向かって指示を出した。
「これより機竜艇は災禍の竜討伐に向け、出航する! 試験飛行なしの一発勝負だ! 何が起きるか分からんが、機竜艇を信じろ! これは! 大昔に空を自由に駆け回っていた夢の船だ!」
ビリビリとベリオさんの言葉が機竜艇全体に……いや、地下工房にいる弟子たちにまで届いていく。
そして、ベリオさんはニッと口角を上げた。
「昔に出来て、今出来ないはずがない! 俺と、俺の先祖のバカな夢に乗っかった愛すべきバカ共! 一緒に、空を駆けるぞ!」
全員の雄叫びが地下工房だけじゃなく、世界中に届かんばかりに響き渡る。
気合いは充分。覚悟も出来てる。あとは……自由な空に向かって飛び立つのみ!
ベリオさんは頭のバンダナをキツく結ぶと、舵輪を握りしめる。
「炉を燃やせ!」
「あいよ!」
ボルクがスイッチを押すと心臓部がけたたましい音を立てて動き、中の炎竜石が燃え上がる。炎竜石が生み出したエネルギーは機竜艇全体に血液のように駆け巡り、機竜艇は産声のようなエンジン音を轟かせた。
「両翼畳め!」
「ハッハッハ! 任せろぉぉぉ!」
「よっしゃぁぁぁぁ!」
ウォレスと黒豹団たちが叫びながら重いハンドルを回すと、まるで生きてるかのように機竜艇の翼が畳まれていく。
このまま外に向かって飛び立つ訳だけど……ちょ、ちょっと待った!?
「べ、ベリオさん!? こっからどうやって出るんだ!?」
ここは地下工房……つまり、地面の中だ。外に繋がる出入り口なんてない。
それなのにどうやって出航するつもりなのか。慌てて聞くと、ベリオさんはまるでいたずらっ子のようにニヤリと笑う。
「当然、力ずくでだ!」
「は、はぁ!? この厚そうな岩盤を突っ切るつもりなのか!? さすがに機竜艇が壊れるだろ!?」
目の前にあるのはゴツゴツとした厚そうな岩盤。これを突き破るのはさすがに機竜艇でも無理だろう。
だけど、俺の心配を余所にベリオさんは鼻を鳴らした。
「フンッ、当たり前だ! 大事な機竜艇をこんなところで壊してたまるか!」
「じゃ、じゃあどうやって……」
「タケル。お前はまだこの機竜艇の凄さを分かってないな」
そう言ってベリオさんは伝声管に向かって声を叩きつける。
「砲撃用意! この岩盤をぶっ壊して外に出るぞ!」
「親方! とうとうやるんだね!」
ベリオさんの言葉を待ってましたとばかりに反応するボルク。目を輝かせたボルクにベリオさ
んは力強く頷いた。
「あぁ! 機竜艇復活の祝砲だ! 派手にやるぞ!」
「分かった! 魔力充填開始!」
ボルクは興奮した面もちで計器を操作していく。何をするつもりなのか、と不安に思っているとベリオさんは正面の岩盤を指さした。
「いいか、タケル。何も機竜艇はこのまま災禍の竜と戦った訳ではない当然、災禍の竜を倒す武器がある」
「武器?」
「クックック……目を見開いて特と見ろ! 船首傾斜角四十五度!」
ベリオさんの指示に機竜艇が徐々に斜めになっていく。何が起きるのかと船首の方を見ると……竜の顔を象った船首の口が音を立てて開いていった。
そして、そこから伸びるのは巨大な砲身。ま、まさか……。
「もしかして、ベリオさん……あれを、ぶっ放す気?」
「そのもしかしてよ! 機竜艇最大の武器にして、最高傑作! こんな岩盤など羊皮紙を破るよりも容易い、災禍の竜の土手っ腹に風穴空ける最強の砲撃!」
船首の巨大な砲身に魔力が充填されていく。目映い光を放つ砲身が狙うのは、行く手を阻む厚い岩盤。
ベリオさんは舵輪の横に備え付けられたレバーのような物を掴むと、そこにあるスイッチに指をかける。
「ーー名を<
最大にまで充填し終えた砲身が発射の時を待っていた。
計器を確認したボルクは、ベリオさんに向かって声を張り上げる。
「親方! 魔力充填完了! いつでもいいよ!」
「おう! 全船員、対衝撃備え! 地下工房の野郎共は離れていろ! 巻き込まれて死んでも知らねぇぞ!」
慌てて全員がどこか掴まれる所にしがみつき、地下工房にいるドワーフ族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
それらを確認し終えたベリオさんは、声高らかに叫んだ。
「ーー破竜砲、発射ぁぁぁぁぁぁッ!」
スイッチを押した瞬間、砲身から竜の咆哮の如く轟音が響く。
砲身から発射されたのは、炎竜石の莫大なエネルギーを凝縮した極太の魔力の奔流。
放たれた魔力砲は厚い岩盤に直撃すると、その計り知れない威力の前に為すすべもなく巨大な風穴を空ける。
そして、その先には青い空が覗いていた。
「さぁ往くぞ! 果てなき自由な大空へ! 機竜艇、発進!」
ベリオさんがレバーを引くと、それに連動するように後方のジェットエンジンが動き出す。ゆっくりと前進していく機竜艇は、破竜砲で空けた穴を通ろうしたけど、穴の大きさが足りずに船体に岩がぶつかってきた。
それでも機竜艇はお構いなしに削岩機のように岩を削りながら突き進む。物凄い振動が機竜艇全体に伝わる中、ベリオさんは豪快な笑い声を上げた。
「ガッハハハハハ! 機竜艇の装甲はこんなもんじゃ壊れない! 魔鉱石と鋼鉄を混ぜ合わせた柔軟で頑丈な装甲は、災禍の竜の攻撃すら防ぐ! 岩如きが機竜艇の行く手を阻めると思うな!」
そう叫ぶとベリオさんは出力を最大にして速度を上げる。
出口が近くなり、太陽の光が見えてきた。
そして、とうとう機竜艇が外に出る。
数百年もずっと地下で眠り続け、目覚めの時を待っていた機竜艇は……ようやく、現代の空に飛び立った。
「両翼展開! 面舵!」
巨大な翼が音を立てながら羽ばたくように動き出し、ベリオさんが舵輪を回して舵を切ると空中に投げ出された機竜艇は空を滑るように風に乗っていく。
まさに、空を駆ける船。海を渡るように風に乗り、竜のように空を自由に飛び回っていた。
「計器良好。心臓部に異常なし。軌道も安定してるし、風速も問題なし……親方! ちゃんと飛んでるよ!」
計器を確認したボルクが嬉しそうに振り返ると……唖然とする。
「おや、かた……?」
ベリオさんは舵輪を握りながら、涙を流していた。
耐えまなく流れる涙を拭うことなく、真っ直ぐに窓から見える空を見つめる。
「見たか……機竜艇は、本当に飛べたぞ……空はこんなにも広いとはな」
「親方……ッ!」
ボルクも釣られるように涙を流す。
長年の夢を叶えたベリオさんは、涙を流しながらまるで子供のように無邪気で輝いた笑顔を浮かべた。
「ご先祖よ、あんたもこの光景を見ていたんだろう? 最高ではないか……なぁ、ゼメ・ドルディール」
自分の先祖、この機竜艇を作り上げた職人の名前を呟くベリオさん。
目の前に広がる青い空は、何百年も変わることなくそこにあった。
感動に打ちひしがれていたベリオさんは、気を取り直すように涙を腕で拭う。
「さぁ、往くぞ! 目的は災禍の竜! 向かうは東だ!」
谷の上で喜びながら大手を振るドワーフ族たちに見送られながら、俺たちはムールブルクを旅立った。
向かう先は東、災禍の竜を追って。
決意を新たに風に乗って飛ぶ機竜艇と共に、俺たちの旅がまた始まるのだった。
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