十一曲目『ゲリラライブ』

「空気の振動を、でんきとやらの信号に変換……そのでんきの強さを変えることで、拡大させてる訳だな……」

「そうです。さすが、職人……飲み込みが早いですね」


 俺たちがベリオさんの夢を手伝うことになって、次の日。

 工房で羊皮紙を前に腕組みしながらブツブツと呟くベリオさんと、テーブルを挟んで正面に座った真紅郎。

 羊皮紙には俺が頼んだ強化アイテムの設計図が描かれている。サラサラと大きな手で小さな羽ペンを走らせるベリオさんに、真紅郎は楽しそうに笑みを浮かべていた。

 この話には真紅郎しか対応出来ず、やよいとサクヤ、そしてキュウちゃんは街で魔族の情報収集に行き、ウォレスはと言うと……。


「ハッハッハ! ヘイ、帰ったぜ!」


 工房に入ってくるなり豪快な笑い声を上げるウォレス。その背中には薄汚れた布袋を担いでいた。

 その隣には同じように布袋を担いでいるボルクの姿。二人は布袋を重そうな音を立てて床に置く。


「ウォレスさんのおかげでかなり集まったよ! ありがと!」

「ハッハッハ! いいってことよ!」


 嬉しそうにお礼を言うボルクにウォレスは親指を立てて返す。布袋に入っていたのは、鉱石やボロボロになった剣や斧などの武器が入っていた。

 ボルクは布袋をポンッと叩きながら口元を緩ませる。


「オレだけだったら、こんなに集まんなかった。これだけの量があれば、当分は困らないだろうなぁ」

「おかえり、二人とも。凄い数だな」

「あ、タケル兄さん! ウォレスさんってば凄いんだぜ!? ツルハシ振り回してこんなに鉱石を集めてくれたんだ!」


 まるで自分のことのように自慢げに話すボルクに、ウォレスは照れ臭いのか笑いながら鼻の下を指で擦る。

 俺は布袋からはみ出している使い物にならなそうな剣を持った。


「でも、こんなのが役立つのか?」

「当然! ただでさえ親方は採掘場に入れないからな、こういういらない武器を溶かして素材にしないと!」


 そう言うと笑っていたボルクは途端に悲しげに顔を俯かせる。


「親方は他の職人に嫌われてるから、その関係者のオレも採掘場に入れない……だから、こうやってガラクタ集めたり、廃坑に潜って僅かに残された鉱石を集めないとさ」

「まったく、酷い話だな」


 弟子を自称しているボルクは、一応ベリオさんの関係者になる。だから、他の職人たちが使っている採掘場に入れないらしい。

 ボルクはベリオさんが使う素材を集めるために、廃坑に入ったりいらなくなった武器を集めたりしているようだ。

 すると、ボルクは悔しそうに拳を握りしめて歯を食いしばる。


「親方は世界で一番の職人だ。もっといい鉱石や素材があれば、誰にも負けない物を作れるはずなのに……あいつらは……ッ!」

「ボルク……」

「分かってるよ。もうあいつらのことは気にしない。何を言われても、我慢するさ。でも、それでもやっ

ぱり、あいつらのことは許せねぇ」


 ベリオさんに諭され、ボルクはもうベリオさんの悪口を言う奴に食ってかかることはやめたけど……ボルクの中には怒りの炎がくすぶっている。


「親方は有名な職人だったんだ。本当だったら、親方の下にはいっぱい弟子がいた。だけど、親方は夢を追い続けて他の鍛冶仕事を受けたがらなかった」


 ボルクはため息を吐くと首を横に振った。


「その内に、親方に仕事を頼む人がいなくなってさ。仕事がないと、弟子たちは生活出来ない。そりゃ、親方から離れるのは分かるよ。でもさ! だからって親方の夢をバカにするのは違うだろ!」

「弟子も悪口言ってるのか?」

「全員じゃないけど……ほとんど奴は言ってるよ」


 弟子の気持ちも分からなくはない。生活がかかっている以上、仕事がないと困るに決まってる。

 夢だけじゃ食っていけないのは、俺はよく分かってる。俺だってRealizeが軌道に乗るまで大変だったからな。

 でも、だからってベリオさんの夢をバカにするのは違う。どんな理由があっても、人の夢を嗤うことは許せない。

 ボルクは気合いを入れるように鼻息を荒くさせると、目を輝かせて拳を天井に向けて突き上げた。


「オレは! 親方みたいな凄い職人になりたい! 機竜艇を直せる職人なんて、世界中に親方だけなんだ! オレもそんな職人になりたいんだ!」

「ボルクならなれるよ、間違いなくな」

「ハッハッハ! オレもそう思うぜ!」

「……ありがとタケル兄さん、ウォレスさん」


 尊敬するベリオさんを目指して頑張ろうとしているボルク。

 夢が必ず叶うなんてことはない。だけど、そのために頑張ってる人なら……いつの日か、夢は叶う。俺はそう信じてる。

 ボルクならいつか凄い職人になれるはずだ。夢を諦めず、努力しているボルクだったらな。

 

「俺たちもな、夢があるんだよ」

「タケル兄さんたちの夢? それってどんな?」


 ボルクの夢を聞いて刺激された俺は、ボルクに俺の夢を語る。

 メジャーデビューすること。俺たちの音楽を、もっと多くの人に届けること。大好きな音楽で生きていくことを話すと、ボルクは首を傾げた。


「そう言えば昨日も聞いたけど、そのおんがくってなんなの?」

「あぁ、そっか。詳しくは教えてなかったな」

「ハッハッハ! 音楽ミュージックってのは、最高に熱くなれる文化だ!」

 

 ウォレスの説明にボルクはまた首を傾げる。それだけじゃ分からないだろ……。

 ボルクに音楽のことを教えると、話を聞いていたボルクの目がどんどん輝いていった。


「何それ! 面白そう! オレ、おんがく聞いてみたい!」

「そうだな……んじゃ、やってみるか」


 音楽に興味を持ったボルク。この国に来てからまだライブをしてないし、ここでもやるか!

 俺は立ち上がると工房に向かい、ベリオさんと話し合いをしている真紅郎に声をかける。


「おい、真紅郎! ライブやろうぜ!」

「え? どうしたの、いきなり」

「ボルクが聞きたいって言うからさ!」


 話を聞いた真紅郎は顎に手を当てて考え込むと、頬を緩ませた。


「そうだね。ボクもライブしたいって思ってたし、やろうか」

「よし、決まり! ベリオさん、ちょっとマイクを返して貰っていい?」

「構わん。まいくの構造はある程度分かったからな、あとはどういう物を作るのか考えるだけだ」


 一日である程度理解したのか、さすが世界一の職人。

 俺はベリオさんにマイクを返して貰い、思わず笑みをこぼす。


「ウォレス! みんなを集めてくれ! ゲリラライブするぞ!」

「ハッハッハ! ゲリラライブか! 面白くなってきたぜ!」


 ウォレスは不敵に笑いながら走り出し、情報収集をしているやよいたちのところへと向かった。

 突然慌ただしく動き出した俺たちに呆気に取られているボルクに、ニヤリと口角を上げて声をかける。


「ボルク、いいもの見せてやるよ……俺たちの夢をな!」


 それから少しして、やよいたちを連れてウォレスが戻ってきた。

 すぐに話をしてから、俺たちはゲリラライブを決行する。

 場所は……商業区の一角にある広場にしよう。そこなら聴いてくれる人が多そうだしな。

 場所を決めた俺たちは、広場に向かう。広さも

充分だ。


「一応言っておくけど、今回は許可を貰ってないゲリラライブ。止められたらすぐにライブは中止だからね」


 ライブの準備をしながら真紅郎が警告すると、ウォレスがカラカラと笑った。


「ハッハッハ! 分かってるって、真紅郎! でもよ、ゲリラライブなんて……めちゃくちゃロックだな!」

「それには同意! なんか、久しぶり!」


 ウォレスの言葉にやよいが笑いながら同意する。たしかに俺たちRealizeがまだ有名になる前、何回かゲリラライブをしたことがあった。

 それで警察に怒られたこともあるけど……楽しかったことには違いない。若気の至りって奴だな。

 ゲリラライブをやった時、最初は戸惑っていた観客も演奏をするにつれて盛り上がっていた。あの瞬間は、普通のライブとはまた違ったおもしろさがある。

 それを、俺たちは音楽文化がない異世界でやる。こんなに楽しそうなことがあるか?


「あまり迷惑はかけないように……思い切り楽しもうぜ?」


 俺の呼びかけにみんなが力強く頷く。

 広場の中心で定位置に着いた俺たちを、何事かと道行く住人たちが見やってくる。

 俺たちの前にはボルクと、無理矢理連れてきたベリオさん。そして、いつの間にかいるアスワドの姿。

 観客は三人。ここからどれだけ集まるのか……。


「あー、あー……」


 剣を地面に突き立て、柄の先に取り付けたマイクを口元に持ってきてマイクチェック。問題ないな。

 後ろを振り返り、みんなに目配せすると頷いて返される。ゆっくりと息を吸った俺は、マイクに向かって声をぶつけた。


「ーーハロー! ムールブルクの皆様! 俺たち、Realizeです!」


 ビリビリとマイクを通した俺の声が街中に響き渡る。いきなりのことに住人たちは驚き、目を丸くさせていた。


「突然申し訳ありません! 今から俺たちのゲリラライブ……未知の文化を皆様にお届けします! 最初は戸惑うだろうけど、絶対に後悔させない!」


 俺の心の叫びに呼応するように、ドラムセットを模した紫色の魔法陣をウォレスが叩いていく。

 鼓動のように響くドラムのビートにテンションが上がっていく。


 さぁ、始めようか。楽しい音楽を!


 ピタリとウォレスが叩くのをやめ、空気が張りつめるように静かになる。

 俺はマイクを握りしめ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「聴いて下さい……<壁の中の世界>」


 曲名を告げた瞬間、やよいのギターが静寂を打ち破るようにかき鳴らされる。ディストーションを強くかけたやよいのギターに合わせて、サクヤが魔導書から展開された紫色の魔力で出来たキーボードを奏で始めた。

 そこにウォレスのドラムがビートを刻み、真紅郎の低く這うようなベースラインが混ざる。

 初っぱなからガンガンと激しいリズムに肩を揺らしながら、俺は肺にため込んだ空気を全て吐き出すように歌い出すーー!


「君に届いているだろうか あの日の地の温もりは 君に聞こえているだろうか あの日君に伝えたかった言葉は」


 Aメロの歌詞を歌い上げると、突然始まったライブに興味を持った野次馬が目を向けてきている。

 掴みは上々。あとはもっと集めるだけ。


「遠く離れた見知らぬ土地で 君は同じ空を見て何を思う?」


 Bメロに入り、演奏がどんどん盛り上がっていく。激しく走り抜けるように、熱く燃え上がるように。

 徐々に俺たちの前に人が集まってきた。最初は戸惑っていた観客たちも、リズムに乗って肩を揺らし始めている。

 もっとだ。もっと、盛り上がれ!


「金魚鉢を買った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに」


 Cメロを歌い上げると、一瞬演奏が止まる。俺はマイクを右手に握ったまま左手を伸ばし、銃のように構える。

 そして、静けさをぶち破るように弾き鳴らされたギターに合わせて銃を撃つ動作をしながら、サビに入った。


「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は繋がる 君にどうか」


 最後はシャウトしながらフォールダウンして歌い上げる。

 観客の方に目を向ければ誰もが音楽を聴き、手を挙げて盛り上がっていた。

 ボルクは雄叫びを上げ、ベリオさんは頬を緩ませながら鼻を鳴らす。アスワドはやよいに向かって愛を叫んでいた。

 どうやらこの国でも俺たちの音楽は届いたようだ。嬉しさに口角を上げ、そのまま二番に入ろうとした瞬間ーー。


「貴様ら! 今すぐ大人しくしろ!」


 観客たちの後ろから響いた鋭い怒声に、演奏を止めることになった。

 

 

 

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