エピローグ『旅立ちと幼き族長の決意』
竜神祭から一週間が経ち、旅立ちの日が来た。
レンカとの戦いで負った傷も治ったし、準備も万全。ただ一つ、気がかりがあった。
それは、サクヤはこのままこの集落で暮らした方が幸せなんじゃないか、ということだ。
サクヤは三十年間、王国で非人道的な研究の実験体として扱われていた。それからようやく自分の故郷にたどり着き、そこには家族も仲間もいる。
奪われていた幸せを取り戻すのなら、この集落にいた方がいいのかもしれない。
俺としては、サクヤと一緒に旅をしたい。Realizeの仲間としてサクヤは必要不可欠だし、何より一緒にいて楽しいから。
だけど、それは俺のわがままでしかない。一緒に旅を続けるか、このまま集落で暮らすのか……決めるのは、サクヤ本人だ。
「サクヤ、来るかな……?」
俺たちは集落の入り口で、サクヤが来るのを待っている。やよいは不安げな表情を浮かべながら、心配そうにデルトの家の方を見つめていた。
やよいとしても、サクヤと一緒に旅をしたいんだろう。いや、ここにいる全員がそれを望んでいる。
だからこそ、俺たちはギリギリまでサクヤを待っていた。
「サクヤの幸せを考えたら、ここにいる方がいいだろうね」
「サクヤなら来る!
「きゅー……」
寂しげに言う真紅郎と、サクヤが来ることを信じてこの場から動こうとしないウォレス。その足下にいるキュウちゃんはしょんぼりとした顔で、か細く鳴いている。
サクヤが来るのを待っていると、家の方からデルトとサクヤがこっちに向かってきた。
「……お待たせ」
頬を緩ませながら声をかけてきたサクヤに、俺は静かに問いかける。
「サクヤ。お前は、どうするんだ? 俺たちと一緒に旅を続けるのか……それとも、ここに残るのか?」
サクヤは目を閉じてゆっくりと深呼吸すると、後ろにいるデルトの方に顔を向けた。
「……お父さん」
どこか不安そうにデルトを見つめるサクヤ。サクヤも迷っているんだろう。
そんなサクヤに対してデルトは突然、豪快な笑い声を上げた。
「オリン! 俺のことは気にするな! 好きにするといい!」
「……でも」
「なぁに、心配するな……生きているのか死んでいるのかも分からず、三十年も待ったんだ。あと数年ぐらい、なんてことない」
デルトはサクヤの頭に手を乗せると、わしゃわしゃと髪を撫でる。
「自分が行きたい道を進め。お前は俺の……俺たちの自慢の息子だ。例え離れ離れになっても、親子の絆は壊れたりしない!」
「……うん。分かった」
サクヤは俯きながら腕で目を擦ると、デルトに背を向けて俺たちを見つめた。
「……ぼくは、タケルたちと旅をしたい。だから、ぼくも連れてって」
「あぁ、もちろんだ!」
旅を続けることを決めたサクヤに、俺たちは笑顔で駆け寄った。俺たちにもみくちゃにされながら、サクヤは嬉しそうに頬をほころばせる。
「よし! んじゃ、行くか!」
サクヤを歓迎し終えた俺たちは、見送ろうと集まった住人たちに向かって頭を下げた。
「今までお世話になりました!」
「色々とご迷惑をおかけして、すいませんでした!」
「ハッハッハ! またライブしに来るから、楽しみにしとけよぉ!」
「ありがとうございました!」
「きゅー!」
お別れを告げた俺たちに、住人たちは背中を
押すように声援を送ってくる。誰もが俺たちがいなくなることを惜しみ、音楽を教えてくれたことを感謝し、旅の安全を祈ってくれていた。
暖かな見送りを受けながら俺たちが歩き出そうとした時……。
「ーーま、待って、サクヤ!」
住人たちをかき分けながら現れたキリは、肩で息をしながらサクヤの前に立つ。
「……キリ、どうしたの?」
「それは、その……えっと……」
どこか恥ずかしそうにしていたキリは気を取り直すように一度深呼吸してから、真っ直ぐにサクヤと目を合わせる。
「さ、サクヤに渡したい物があるの」
「……渡したい物って?」
「えっと、これ!」
キリが渡したのは空のように蒼い、前腕部を覆う防具……籠手だった。
その籠手を見た瞬間、サクヤは目を見開いて驚く。
「……これ、もしかして」
「うん。前にニルちゃんから剥がれた外殻を使って、デルトおじさんに作って貰ったの」
ニルちゃんの外殻を使って作られた籠手は、サクヤが持っているのを見ると見た目より軽いみたいだ。
サクヤは籠手を受け取って装着すると、何度か腕を振り回してから満足げに頷いた。
「……キリ、お父さん、ありがと……これで、ニルちゃんといつでも一緒にいられる」
死んでしまったニルちゃんが残した形見を、サクヤは優しく撫でる。これなら徒手空拳で戦うサクヤを守ってくれそうだ。
嬉しそうにしているサクヤに、キリはもじもじとしながら口を開く。
「えっとね、それと……もう一つ、あるんだけど」
「……何?」
首を傾げるサクヤに、キリはおずおずと手を差し出す。その手には蒼い宝石の首飾りが握られていた。
「この宝石に、私の祈りを込めたんだ。またサクヤが無事にこの集落に戻ってこれるように、って……その、受け取って、くれる?」
不安そうにしながら首飾りをサクヤに向けるキリ。蒼い宝石はラピスさんの首飾りにあったのと同じ
物だ。
サクヤは優しく微笑むと、首飾りを受け取る。
「……貰ってく」
「ほ、本当!?」
「……キリがぼくのために作ってくれたんでしょ? なら、貰わない訳ない」
サクヤの言葉が嬉しかったのか、不安そうな表情を花が咲いたような笑顔に変えて、キリはサクヤに抱きついた。
「よかったぁ……受け取ってくれなかったらどうしようかと思ってたんだ! 喜んでくれたなら、嬉しい!」
嬉しそうに抱きしめてくるキリに、サクヤは照れ臭そうに頬を掻く。
「そうだ! 付けてあげる! ほら、貸して!」
離れたキリは首飾りをサクヤの首にかけようと近づいた。サクヤがかけやすいように頭を下げると、キリはニヤッと笑みを浮かべる。
「ん!」
「……む!?」
そして、キリは突然サクヤの肩を掴んで引き寄せると……サクヤの唇にキスをした。
その瞬間、住人たちは一気に盛り上がり、やよいも頬に手を置きながら黄色い声を上げる。
「ぷはっ! ふふっ、ごちそうさま!」
「…………へ?」
サクヤの唇から離れると、キリは指で自分の唇を触りながら艶然と笑う。年不相応な色気を纏わせて笑うキリに、驚きで思考停止したサクヤが間の抜けた声を上げた。
キリは楽しげにクルクル回りながらサクヤから離れると、両手を広げて口を開く。
「私! サクヤがまた戻ってこれるようにこの集落を守るよ! まだまだ未熟だけど、みんなと一緒に頑
張る!」
それは、幼い族長としての決意。
まだ一人では何も出来なくても、集落に暮らす住人たちと一緒にこの集落を……サクヤが帰れる場所を守るという、キリの覚悟。
キリは涙を浮かべながら、太陽のように明るい笑顔を浮かべた。
「だから……いってらっしゃい!」
キリの見送りの言葉に、我に返ったサクヤは空に向かって拳を突き上げる。
「ーー行ってくる!」
子供のように無邪気に笑いながら、サクヤは声高々に叫んだ。
キリやデルト、集落の住人たちが手を振って見送る中、俺たちは旅に出る。
向かう先はここから東……魔族がいるであろう方向。
目的地はケラス霊峰を越えた先にある、<ムールブルク>という国。
この先、どんなことが待ち受けているのか分からない。どんな危険が訪れるのかも分からない。
それでも、例え険しい道だとしても……俺たち全員で、笑顔で進んでいこう。
ふと、集落に向かって手を振るサクヤの胸元で蒼い宝石がキラリと光る。
その光はまるで、俺たちの旅路を照らしているように思えた。
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