十九曲目『忌み子』

 外はすっかり暗くなり、風が強いのかガタガタと窓が揺れている。

 リビングで集まっていた俺たちは、モーランをどうやって懲らしめようか話し合いをしていた。

 その中でサクヤは話し合いに参加せず、首にかけている首飾りを手にしながら宝石の中心で揺らめいている炎をぼんやりと見つめている。サクヤの表情は優しげで安心しているようだった。

 すると、玄関の方で扉が開く音が聞こえてくる。


「うぅぅ、寒い寒い! 今晩はかなり冷え込みそうだ」


 家に帰ってきたデルトが寒そうに体を震わせながらリビングに入ってきた。


「おかえり、デルト。こんな遅くまで何してたんだ?」


 そう聞くと、デルトは困った表情でうなり声を上げながら答える。


「実はな、最近集落の周りがおかしいんだよ」

「おかしい?」

「あぁ。竜神様の御神体から漏れ出している魔力に惹かれて、モンスターが来るのは知ってるだろ? それが、ここ数日は姿を現していないんだ」


 集落にモンスターが襲ってこないように、祠の警備をしているのは知っている。でも、モンスターが来ないならそれでいいんじゃないのか?

 首を傾げるとデルトは腕組みしながらため息を吐く。


「もちろん、いいことなんだがな。こんなこと、今までなかったんだ。集落の周りどころか、このケラス霊峰自体にモンスターの姿がない……まるで何かから隠れるようにな」

「何かって、もしかしてもっと強いモンスターが来てる……とか?」


 デルトの話を聞いていて不安になったのか、やよいが恐る恐る聞くとデルトは豪快に笑い飛ばした。


「ガッハハハ! それはないだろう! 狩りをしている若い奴からそんな話しは聞いていないしな。このケラス霊峰に住むモンスターは、他に比べても強い奴らばかり。それ以上のが出たとなれば、絶対に痕跡が見つかるはずだ!」

「それならいいんだけど……」

「安心しろ! どんなモンスターが現れようと、俺が鍛え上げた戦士たちはそうそう負けはしない! もちろん、俺もな!」


 胸をドンッと叩いて笑うデルト。デルトの実力はかなりのものだし、そのデルトに鍛えられたダークエルフ族の戦士たちも相当だ。

 そんな話しをしていると、デルトが首飾りを見つめているサクヤの方に目を向ける。


「む? オリンよ、さっきから黙ってどうし……ッ!?」


 そして、デルトはサクヤが首にかけている首飾りに気づくと、酷く驚いたように動きを止めた。

 まるで信じられない物を見るように目を見開いていたデルトは、サクヤに詰め寄っていく。


「その首飾り……間違いない! ど、どうしてオリンがそれを!?」

「……知ってるの?」


 どうやら首飾りのことを知っているらしい。サクヤが首飾りを手渡すと、デルトは目に涙を浮かべて頷いた。


「知ってるに決まっているだろう。これは……ラピスの首飾りだ」

「ラピスさんの?」


 俺が偶然見つけた首飾りが、まさかラピスさんのだったなんてな。

 デルトは涙を拭うと懐かしそうに首飾りを見つめ、蒼い宝石を優しく撫でる。


「間違いなく、宝石から感じる魔力はラピスのものだ」

「不思議な石だよね。それ、どういう石なの?」


 やよいが聞くと、デルトは首飾りをサクヤに返して口を開いた。


「この宝石は別に珍しいものではない。だが、ダークエルフ族にとってはお守りなんだ」

「……お守り?」


 首を傾げるサクヤに、デルトは優しく微笑むとサクヤの頭を撫でる。


「そうだ。これはな、ダークエルフ族の女性が母となった時に魔力と祈りを込めて、生まれてくる我が子に贈る物だ」


 母から贈られる、子供への贈り物。

 つまり、ラピスさんがサクヤに贈るはずだったお守りだったのか。

 それを知ったやよいは、サクヤをギュッと抱きしめる。さっきサクヤが首飾りを見て涙を流したのは、失われていた記憶の断片が蘇ったからなのかもしれない。

 顔も分からない、声も知らない、何一つとして思い出に残っていない、母親の優しさを感じて。

 自分のことのように涙するやよいは、キツくサクヤを抱きしめ続ける。


「……やよい、苦しい」


 苦しそうにするサクヤを無視して、やよいはより強く抱きしめる。すると、顎に手を当てて考え事をしていた真紅郎が呟いた。


「これではっきりしたね」

「あん? 何がはっきりしたんだ?」


 意味が分からないと聞き返したウォレスに、真紅郎はサクヤを見据えながら口を開く。


「サクヤの記憶は失われたんじゃない、仕舞い込まれてるだけだってこと」

「てことは、サクヤの記憶は……」


 実験によって脳の海馬ってところが傷ついたんじゃなく、精神的なストレスで記憶が奥深くに仕舞い込まれただけ。

 俺が言おうとしたことを、真紅郎は力強く頷きながら答える。


「うん。サクヤの記憶は、蘇る」

「何!? それは本当なのか!?」


 話しを聞いていたデルトは嬉しそうに笑いながら真紅郎の肩を掴んだ。痛そうに顔をしかめながら、真紅郎は話しを続ける。


「ま、まだ確実じゃないです。でも、何かの切っ掛けで思い出せるはずですよ」

「希望があるなら、それでいい! よかったな、オリン!」


 そのままデルトは、やよいからサクヤを奪い取ると脇に手を入れて高い高いしながら回り出した。

 やられているサクヤは凄く嫌そうにしてるけど、こんなに喜んでるデルトを拒否するのは可哀想だからなのか無言で受け入れている。

 満足したのかデルトがサクヤを降ろすと、ウォレスが笑いながらサクヤの背中を叩いた。


「ハッハッハ! よかったじゃねぇか、サクヤ!」

「……思い出したら、何か変わる?」


 サクヤは自分の記憶が戻ることに、少し不安げにしている。記憶が戻ったらどうなるのか、俺たちには分からない。

 でも……一つだけ、変わらない事実がある。


「例え記憶が戻っても俺たちの仲間だってことには変わりないぞ、サクヤ」

「……本当? もしかしたら、ぼくがぼくじゃなくなってるかも」

「サクヤはサクヤだ。Realizeのキーボード担当の、俺たちと同じで音楽に魅了された、音痴のサクヤだ」

「……音痴じゃない。でも、ありがと」


 俺の言葉にジロッと睨みながら、サクヤは嬉しそうに頬を綻ばせた。

 俺とサクヤの会話を微笑ましく見ていたデルトは、ふとサクヤに問いかける。


「そう言えば、その首飾りはどこで見つけたんだ?」

「……タケルが、見つけた」

「そうそう、見つけたのは俺だ。森の木の枝に引っかかってたんだよ。ほら、木が開けてるところ」


 首飾りを見つけた場所を話すと、デルトは悲しげな表情で俯いた。


「そうか、あそこか……ラピスが死んだところに落ちていたんだな」


 ラピスさんが死んだところ、それがあの木が開けている場所だったのか。

 ちょっと待て、それじゃあどうしてモーランはラピスさんが死んだところに行ったんだ?


「まさか、そこで?」


 頭の中でパズルのピースがパチリとはまったように、ある考えに至った。

 モーランは王国の奴に会いにその場所に行った。それって、そこで王国の奴と何かあったからじゃないのか?

 過去にラピスさんが死んだところに王国の奴がいて、モーランは王国にサクヤを売った。つまり、ラピスさんの死とサクヤが引き渡した場所は同じところ。


 モーランはラピスさんの死にも関わっている。確証はないけど、ほぼ間違いないんじゃないか?


 そう思って真紅郎の方に目を向けると、真紅郎は真剣な表情で頷き返してくる。どうやら俺と同じ考えに至ったみたいだ。

 

「……なぁ、デルト。聞き辛いことだし、あまり思い出したくないだろうけどさ……ちょっと、聞いていいか?」

「む? どうした?」

「……ラピスさんが死んだ当時のこと、詳しく教えて欲しいんだ」


 少し言い淀みながら、それでもはっきりと問いかける。

 すると、デルトは目を丸くさせると俯きながら静かに語ってくれた。


「……今から三十年前のことだ。オリンが三十歳……人間で言うと、三歳ぐらいの頃にダークエルフ族ではある儀式が行われる。それは、竜神様から加護を受ける儀式だ」


 この集落では、三十歳を迎えた子供に竜神様から加護を受けるための儀式として、御神体に魔力を通すらしい。

 御神体……竜魔像に魔力を通せば、その人の属性によって色が変わる炎を吐き出す。それが、加護を受けた証なんだろう。

 デルトはそこまで話すと、唇を噛みしめながら絞り出すように話しを続けた。


「その時、オリンは……忌み子・・・とされたんだ」


 サクヤが、忌み子に? どうしてだ?

 思いもしなかったことに驚いていると、デルトは悔しそうに拳をキツく握りしめる。


「儀式の時、オリンが魔力を通すと御神体から黒い・・炎が吐き出された。どす黒く、おぞましさを感じさせる魔力だった……」

「黒い炎、ですか? 黒色の属性魔法なんて、聞いたことないですが……」


 真紅郎の言う通り、黒色の属性なんて知らない。

 火なら赤、水なら青、黄なら雷、緑なら風、土なら茶。そして、音なら紫。それ以外の色があるのか?

 すると、デルトは力なく首を横に振る。


「俺もそんな属性、見たことがない。だが、その黒い炎は明らかによくないもの・・・・・・だ。俺も自分の目でオリンの体を調べたが、オリンには黒い魔力が流れていた」

「それが、忌み子とされた理由なの?」


 やよいの言葉にデルトは頷いて返す。


「あぁ。黒い炎を見た集落の者は、オリンを処分するべきだという声が上がった。集落に災いを引き起こす可能性があるから、とな」

「そんな……酷い……ッ!」


 人間で言う三歳ぐらいの子供に背負わせるには、重すぎる現実だ。

 ようやく物心がつくぐらいの幼子を、集落を守るために処分しようなんて……。


「本当に、酷い話しだ。だから、俺はオリンを殺させないために奔走した。頼むから殺さないでくれと頭を下げた……だが、ラピスはオリンを守るために、オリンを連れて集落から姿を消していたんだ」


 ラピスさんは可愛い我が子を殺させないと、集落から逃げ出した。ラピスさんは察してしまったんだ。デルトがどう頑張ろうと、サクヤが殺されることを。

 デルトは顔を手で覆いながら、ギリッと歯を食いしばる。


「気づいた時にはもういなくなっていた。だから、俺は集落を捨てる覚悟でラピスを追いかけた。集落よりも、俺は家族を守りたい。ラピスとオリン、三人でどこか静かな場所で暮らそう。そう思って追いかけたが……」


 ラピスさんは死んでいた。俺が首飾りを見つけたところで。

 そして、サクヤの姿もなかった。


「忌み子とされていたオリンがいなくなったことで、集落は満足したらしい。だが、俺は大事な家族を失ってしまった……それから今まで惰性で生きていたが

、オリンは生きていた! それが、俺にとってどれほど嬉しかったことか……ッ!」


 感極まったデルトが涙を流して叫ぶ。失ったと思っていた家族が、大事な我が子が生きて自分の前に現れた。

 サクヤは、デルトの救いだ。もう失いたくないだろう。

 話しを聞いていた真紅郎は、悲しそうな表情を浮かべながら問いかける。


「……つまり、デルトさんはラピスさんが亡くなった状況は知らないんですね?」

「……あぁ。見つけた時にはもう死んでいた。どうやらモンスターに襲われたみたいだ」

「モンスターに? どうして分かるんですか?」


 殺された現場を見ていないのに、どうしてモンスターに襲われたことを知っているのか。

 デルトはゆっくりと息を吐きながら、答える。


「その時のことを、モーラン・・・・が見ていたらしいんだ。助けようとしたが間に合わなかった、すまない……と謝っていたよ」


 モーランが、見ていた?

 ゾワリ、と体中に怒りの感情が走っていく。

 あいつは、ラピスさんを殺してサクヤを王国の奴に売ったんだ。それなのに、あいつはデルトに嘘を吐いている。

 すまなかったと口にしながら、心の中では笑っていたんじゃないのか。上手く事が運んだ、と……ッ!


「……タケル」


 怒りのままにモーランがしたであろうことをデルトに話そうとして、真紅郎に止められる。

 どうして止める、と真紅郎を睨みつけると真紅郎は

俺の肩をギュッと掴んできた。


「まだ、ダメだ。まだ、確証は得られてない」

「確証? もうあるだろ……あいつは……ッ!」

「タケル」


 俺の言葉を遮って、真紅郎が呼ぶ。肩を掴んでいる真紅郎の手は怒りを堪えるように震えていた。


「ここは抑えて。お願い」

「……分かった」


 俺以上に怒ってるけど、必死に堪えている真紅郎の説得に応じることにする。

 深く深く深呼吸をして、その場で話すことはやめた。


 だけど、あいつは……モーランは、絶対に許さない。そう心に決める。


 デルトの話しを聞いた後、俺たちはこっそりと話し合いを始めた。

 モーランの懲らしめる日は……竜神祭当日。

 三日後のその日に、決行することにした。 

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