二十九曲目『魔導戦車ハデス』
「ヘイ、冗談だろ……?」
俺に支えられながら、ウォレスは引きつった顔で現れた戦車……魔導戦車ハデスを見つめる。ウォレスだけじゃなく、その圧倒的な存在感に誰もが唖然としていた。
そんな俺たちを見て、ゼイエルさんは満足げに口角を歪ませる。
「フハハハハハッ! このハデスがあれば、貧民街のゴミ共を駆逐することなど造作もない! 最初から貴様らに勝ち目などなかったのだ!」
ゼイエルさんはハデスの上で高々に笑う。もはやその笑いは狂気。狂ったように笑い続けたゼイエルさんは、自慢するようにハデスについて雄弁に語り始めた。
「このハデスはマーゼナル王国から買い取った最新魔導兵器! 膨大な魔力を使うが、それさえ解決すればまさに最強! これ一台でそこらの弱小国を殲滅することも出来る代物だ!」
「王国から、だって……?」
マーゼナル王国という言葉に反応すると、ゼイエルさんはニタリと下卑た笑みを浮かべて口を開く。
「そうだ、これはマーゼナル王国の研究者が作り出した魔導兵器。奴らの技術力は目を見張るものがある……もしも戦争をすれば、奴らはハデスを初めとしたあらゆる兵器を持って敵国を滅ぼすだろう。だが、タケル殿……貴殿のライブ魔法があれば話は別だった。王国の圧倒的な軍事力に対して、ライブ魔法の強大な力があれば我がアストラでも勝てるはずだった……だというのにッ!」
話している途中でゼイエルさんはギリッと歯を鳴らすと、怒りを堪えきれずにガンッとハデスを踏みつけた。
「貴様は私を騙し、裏切った! こちらが下手に出ていれば調子に乗りおって……ッ!」
「ハンッ! つまり、自分の思い通りに進まなかったからそんな玩具を使って仕返しか? んなの、ガキの癇癪じゃねぇか!」
王国との戦争の時に俺を兵器として使おうと画策していたのに、思い通りにならない状況に怒るゼイエルさんを鼻で笑うウォレス。
すると、ゼイエルさんは嘲るように小さく笑い出した。
「クハハッ! 玩具だと? ならば、貴様の言う玩具の力を見せつけてくれよう……」
ゼイエルさんは合図するようにハデスを蹴ると、重々しい音を立てながら砲身が動き出して俺たちに狙いを定める。
そして、発射口に光が集まっていき、それを見た瞬間にゾワリと背筋が凍った。
あれは、本気でヤバい……ッ!
「全員、逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!」
頭の中で鳴り響く警鐘に反射的に叫んだ。
ウォレスは弾かれたように走り出し、シンシアを抱きしめて射線から逃げる。俺の鬼気迫る叫びにタイラーや星屑の討手、私兵たちも慌てて逃げ出した。
俺たちが動き出したのと同時に、ゼイエルさんは右手を振り上げる。
「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
号令と共に、発射口から砲弾の代わりに高密度の魔力の塊が射出されたう。轟音を唸らせ、一直線に放たれた魔力の塊は射線上の全てを破壊して飛んでいき、遙か後ろにある貴族街と貧民街を遮る門に着弾した。
大気を震わせる爆音。直撃を受けた頑丈な門がベコリと大きく凹み、その威力を物語っている。
どうにか砲撃を避けたこの場にいる全員が、ハデスの力に絶望し愕然としていた。
耳が痛くなるほどの静寂に包まれる中、ゼイエルさんの狂った笑い声が響き渡る。
「クッハハハハハハハハハ! どうだ、ハデスの力は! これが玩具に見えるか!? この破壊力! 圧倒的な力! これぞ、我が力なのだぁぁぁ!」
ゼイエルさんはハデスの力をまるで自分の力のように自慢げに笑う。
たしかに、これは玩具じゃなくて兵器。たったの一台でも脅威になる、人を殺す道具だ。
「タケル、大丈夫!?」
ハデス相手にどうすることも出来ない俺が膝を着いて歯噛みしていると、やよいが駆け寄ってきて手を差し伸べてくる。
真紅郎とサクヤの二人もシンシアを抱きしめているウォレスに近づき、手を貸していた。
「やよい、無事だったか」
「どうにかね。それにしても、なんなのあれ? どうして異世界に戦車があるの?」
「俺が知るかよ……クソッ、あんなのどうしたらいいんだ」
やよいの手を借りて立ち上がりながら悪態を吐く。俺たちの世界でも人じゃ太刀打ち出来ない兵器相手に、どう戦えばいいんだ?
でも、どうにかしないとゼイエルさんはあのハデスを使って貧民街を火の海にするだろう。それだけは絶対に止めないといけない。
「う、ウォレスさん……」
ウォレスに助けられたシンシアは青ざめた顔でウォレスの服を掴む。
絶望し、今にも泣きそうな顔をしているシンシアにウォレスはハデスを……その上に立っているゼイエルさんを睨みつけたまま安心させるようにシンシアの頭に手を乗せた。
「安心しろ。オレたちがどうにかしてやるよ」
「で、でも……」
「ヘイ、タイラー! シンシアを頼む!」
ハデス相手にどうにかするとはっきり答えたウォレスに、シンシアは不安げに声を震わせる。
ウォレスはシンシアの頭を撫でてからタイラーを呼ぶと、今まで呆然と立ち尽くしていたタイラーが慌ててウォレスに駆け寄った。
シンシアをタイラーに引き渡してから、ウォレスはゆっくりと歩き出す。
「お、おい、ウォレス! あれを本気でどうにかするつもりか!? そんなこと出来ると思ってるのか!?」
「そうですよ! 無理です! 逃げましょう、ウォレスさん!」
ハデスに向かって歩くウォレスの背中に向かって、タイラーとシンシアは完全に戦意喪失していた。引き留める二人に、ウォレスはチラッと振り返ると……不敵に笑う。
「
自分の胸を拳で叩きながら自信満々に答えるウォレスに、タイラーとシンシアは目を見開いていた。
そして、ウォレスは堂々とハデスの正面に前に立つと、魔力刃を展開したスティックを向ける。
「ヘイ! そんな玩具でオレたちに勝てると思ってんのか? 本気でそう思ってんなら、そいつは間違いだぜ!」
「なんだとぉ……ッ!」
ハデスの力を見ても怯まないウォレスに、ゼイエルさんは憎々しげに表情を険しくさせた。
戦車を前にいつも通りのウォレスに思わず笑みをこぼしながら、俺はウォレスの隣に歩き出す。
「そのハデスって奴はたしかにヤベぇ代物かもしれねぇ! でもよ、テメェはそうでもねぇんだよ! 玩具自慢して満足してるようなガキ以下の雑魚野郎!」
「私が、雑魚だと……貴様、死にたいらしいな……ッ!」
「ハンッ! 図星か?」
ウォレスの挑発にゼイエルさんは顔を真っ赤にして怒り狂う。
鼻を鳴らして嘲笑するウォレスの隣に真紅郎、やよい、サクヤが並び立った。
ウォレスは魔力刃を消すとドラムスティックをクルクルと回して、口角を上げてニヤリと笑う。
「ライブ魔法を見たがってたよな? だったら、存分に見せてやるよ。てめぇが玩具使って戦うつもりなら……オレたちは音楽使って、ぶっ飛ばしてやるぜ!」
俺たちはそれぞれ魔装を……楽器を構えた。
ウォレスの前にドラムセットを模した紫色の魔法陣が展開していき、ウォレスはスティックを振り上げる。
「
「えぇい! 浅ましい野獣如きが! 奴らに鉄槌を下せ、ハデスよ!」
振り上げたスティックがクラッシュシンバルを叩き、広場中に甲高いシンバルの音がビリビリと響き渡る。
その音を合図に、戦いが始まった。
ゼイエルさんは号令を出すと、ハデスが砲身を俺たちに向けてくる。俺たちはライブ魔法を使おうとしたけど、発射口に魔力が集まっているのを見てすぐにその場から離れた。
その瞬間、また魔力の塊が発射される。高密度の魔力がうねりを上げて放たれ、俺たちがさっきまでいたところに着弾した。
爆音と共に衝撃と砂煙が襲ってくる。最初の砲撃よりも威力は下がっているけど、それでも一撃喰らえばお陀仏だろう。
「あれだけの威力の砲撃、連続で撃てないはずだよ!」
「クハハハハッ! ハデスを甘く見るでないぞぉぉぉ! 発射ぁぁぁぁ!」
ハデスの攻撃を分析した真紅郎の叫びをゼイエルさんは否定するように即座に号令を出す。
すると、ハデスの発射口から吸い込むような音が聞こえたかと思うと、撃って間もないのに砲撃が放たれた。
地面に飛び込むように避け、通り過ぎていった魔力の塊は俺たちの後ろにいた私兵たちが集まっているところに着弾する。
爆音と共に私兵たちは吹っ飛ばされ、宙を舞っていた。
「や、やべぇよ! こんなの聞いてねぇ!」
「逃げるぞお前ら! 命がいくらあっても足りねぇ!」
「クソ! 楽な仕事だと思ってたのによぉ!?」
今の攻撃で死人は出てないみたいだけど、流れ弾を受けた私兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。私兵は金で雇われた奴らだ。それなのにこんな目に遭ったら、誰だって巻き込まれたくないから逃げるだろう。
私兵たちが逃げ惑う中、星屑の討手たちも慌ててこの場から離れだす。そこにはタイラーに手を引かれながらウォレスに向かって手を伸ばしているシンシアの姿もあった。
広場にはハデスとその上に立っているゼイエルさん、そして俺たちだけが残される。貴族たちはいつの間にか逃げていた。
「
「でも、威力は下がってるね。魔力をチャージするのに時間はかかるみたいだけど……短い時間でもあの砲撃は脅威だ」
「どうするの!? これじゃライブ魔法を使う暇なんだけど!?」
面倒そうに悪態を吐くウォレス。真紅郎が冷静に分析していると、やよいが切羽詰まったように叫んだ。
ライブ魔法は動き回りながらやるのは難しい。最初の一撃ほど強くはないけど、あの砲撃を避けながらライブ魔法は使えないだろう。
だけど、砲撃を掻い潜ってハデスを直接叩こうにも頑丈そうな装甲を突破出来るのは俺のレイ・スラッ
シュぐらいだ。
やれないこともないけど、かなりリスキーだな……どうするか。
「クハハハハハッ! どうした、ライブ魔法を見せてくれるのではなかったのか!?」
手も足も出ない俺たちを見て調子づいたようにあざ笑うゼイエルさんは、ハデスをつま先でコツコツと蹴る。
「このハデスの魔力は無尽蔵だ! 貴様らが死ぬまで何度でも砲撃してくれるわ!」
「どっからそんな魔力を……」
「クククッ……知りたいか? いいだろう、教えてやろう!」
ハデスの巨体を動かすだけでもかなりの魔力を使うはず。それなのに魔力が尽きることなく砲撃をし続けられることに疑問に思っていると、ゼイエルさんは自慢するように雄弁に語り始めた。
「こいつには核としてこのアストラに眠っていた秘宝を使っているのだ……」
「秘宝……それって……ッ!」
「そう、死者を蘇らせるという伝説の秘宝だ!」
やよいが秘宝と聞いて目を見開いていると、ゼイ
エルさんは声高々に答える。
アストラに眠るという死者を蘇らせる伝説の秘宝。眉唾物だと思っていたのに、本当にあるなんて……しかも、それを核にしている?
「秘宝は死者の魂……空気中に漂う魔力の残滓を集める力がある。この国には災禍の竜によって多くの死者が出たことで、死者から漏れ出した魔力の残滓がそこら中に漂っている! 秘宝を核にしたことにより、無尽蔵に等しい魔力を得ることに成功したのだ!」
秘宝の特性を使った、無尽蔵に動く魔導兵器。それがこのハデスの正体なのか。
話を聞いたやよいは、青ざめた顔で体を震わせる。
「それって、死んだ人を燃料にしてるってこと……?」
「そういうことだ。まぁ、死者共も私の役に立つになるのなら
この国を愛し、幸せに暮らしていた人たちを……災禍の竜によって為すすべもなく殺され、さまよっている死者の魂を、残されたアストラの民が暮らす貧民街を滅ぼすために使おうとしているのか?
自分の利益のために……ッ!
「ーーふざ、けるなぁぁぁぁッ!」
ゼイエルさんが……ゼイエルがやろうとしていることは自分の勝手で国を滅ぼし、罪のない人たちを殺すーー災禍の竜と同じだ。
そんなの、許せるはずがない。死者への冒涜に他ならない。
「あんたはこの国の上に立つ資格なんてない! 絶対に、あんたを止める!」
「資格ならあるとも! 力だ! 圧倒的な力! 誰をも寄せ付けない力こそ、上に立つ資格! 滅びかけのアストラに無様にも縋り、漂うしかない残りカスを有効活用したこのハデスを、止められるものなら止めてみろぉぉぉぉぉぉ!」
ハデスは地面を砕きながら履帯を動かし、砲身を俺たちに向けてきた。発射口に空中に漂う目に見えない魔力……死者の魂を取り込み、集めていく。
魔力を充填し、発射しようとした瞬間。
「ーー待って下さい!」
ハデスの前に躍り出て両手を広げたシンシアによって、動きを止めた。
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