十五曲目『三重スパイ』

「タケルは貴族……ゼイエルの客人だ。でも、タケルは貴族の考えには従うつもりはねぇ。というより、どちらかと言うと星屑の討手寄りだ」

「……それで?」

「だからよ、タケルには密偵スパイになって貰うのはどうだ?」


 ウォレスの提案にタイラーは顎に手を当てて考え込む。

 すると、ずっと黙ったままだったラクーンが微笑みながらタイラーの肩に手を置いた。

 

「ふむ、いいんじゃないですか? 私としても、貴族

側の動きを探る人は必要だと思っていましたし」

「だが、信用出来るのか?」

「信用するかどうかは、働きによって決めるというのはどうでしょう? ダメなら……殺せばいいだけです」


 ラクーンはゾクリと寒気を感じるような、何を考えているのか分からない視線で俺を見つめてくる。

 まるでなめ回されているような不快な視線だ。張り付けた笑顔も相まって、正直どこか信用出来ない。まるで貴族みたいだ。

 ラクーンの言葉で考えが纏まったタイラーは、鼻を鳴らしてから俺に背中を向けた。


「いいだろう。密偵としてお前を使ってやる。今夜の会議にお前も参加しろ」

「……分かった。そうだ、まだ名前を言ってなかったな。俺はタケルだ」

「……まだ仲間と認めた訳じゃない。お前の名前に興味もない。だが、名乗られた以上こちらも返すのが礼儀。俺はタイラー・マクギー。星屑の討手を束ねる頭領だ」

「では、私も。私はラクーン・ディーゼル。星屑の討手の参謀役にして、タイラーの側近を務めさせて頂いてます。あなたのご活躍……期待していますよ?」


 自己紹介してから、タイラーとラクーンは広場から去っていった。

 二人がいなくなると、子供たちは不安そうにシンシアを見上げる。


「シンシア姉ちゃん、また危ないことするの?」

「一緒に寝てくれないの?」


 シンシアは優しい笑みを浮かべながらしゃがみ込み、不安そうにしている子供たちを抱きしめた。


「大丈夫。会議が終わったらすぐに帰ってくるから、それまでいい子にして待っててね?」


 シンシアが子供たちを宥めている中、最初に出会った子供四人組の紅一点、ソレルがウォレスのズボンをギュッと握りしめる。


「……ウォレス、シーちゃんをお願いね?」

「任せとけ、ソレル。シンシアが無理しないように、オレがどうにかするからよ」


 心配そうにシンシアを見つめるソレルの頭を、ウォレスがポンッと撫でながら笑いかけていた。

 その後、シンシアとウォレスは子供たちの不安を取り除くために一緒に遊び、日が沈む。

 廃屋の一室で子供たちが寝ているのを確認してから、俺たちは星屑の討手の本拠地へと向かった。

 夜になると元から薄暗かった貧民街は更に暗く、たいまつの光がないと歩くことも難しい。

 時々、廃屋に隠れながら息を潜めている何者かの視線を感じながら、俺たちは警戒したまま貧民街を進んでいく。


「……ここです」


 シンシアは貧民街の中でも一際大きな廃屋の前で立ち止まる。

 すると、廃屋の前に立っていた濃紺のローブを着た男が武器を構え警戒していたけど、シンシアを見てホッとしたように武器を下ろした。


「シンシアさんでしたか。武器を向けてしまって申し訳ない」

「いえ、最近は貴族の動きが活発になってきましたから、警戒するのは仕方がないことです。入ってもよろしいですか?」

「えぇ。頭領がお待ちです、どうぞこちらに」


 男は廃屋の扉を開き、俺たちを招き入れる。その時、男は俺を見て訝しげな表情を浮かべていた。

 見慣れない俺に警戒してるんだろう。だけど、シンシアと一緒にいるのを見て仲間だと判断したのか、何も言わずに通してくれた。

 そのまま廃屋に入り、同じように濃紺のローブ姿の男二人が立っている布で閉じられた部屋に入る。


「来たか。遅いぞ」


 その部屋にはタイラーとラクーン、その他に幹部らしき三人の男が座っていた。

 シンシアを責めるようにギロッと睨みつけるタイラーに、ウォレスが間に入って肩を竦める。


「仕方ねぇだろ、ガキ共が中々寝てくれなかったんだよ。誰かさんが広場に来て不安にさせたもんでな」

「フンッ……そこに座れ」


 お前のせいで遅くなったんだ、と暗に言われたタイラーは気にした様子もなく鼻を鳴らして俺たちを座らせる。

 これで全員揃ったようで、ラクーンがメガネを押し上げながら口火を切った。


「では、我ら星屑の討手の作戦会議を始めさせて頂きま……」

「ちょっと待ちな」


 ラクーンが会議を始めようとする前に幹部の一人、スキンヘッドの男が待ったをかける。

 そして、男はジッと俺を睨みながら口を開いた。


「そこの男は誰だ? 見ない顔だが」

「その方は新しく我らの仲間となった、タケルさんです。貴族の動きを探る密偵をして貰う予定です。それを含めて、会議を始めたいのですが?」

「信用出来るのか?」

「それは、今後の働き次第ですね」


 ラクーンの説明でとりあえず納得したのか、男は腕を組んで黙り込んだ。ラクーンはコホン、と咳払いしてから話を始める。


「さて、今後の方針ですが……最近、貴族の動きが活発になっています。貧民街でも衛兵が我々を探して躍起になっていますね」

「あいつら、なんの関係もねぇ奴らにまで危害を加えてきていやがる」

「頭領! 早くどうにかしないと、住人たちが殺されちまう!」

「そうだぜ! すぐにでも貴族の奴らをぶっ飛ばすべきだ!」


 ラクーンの現状報告に火がついた幹部たちはタイラーに嘆願する。

 タイラーは腕を組んで考え込んでいると、ラクーンは幹部たちを手で制止させて黙らせた。


「焦ってはいけません。確実に我らの悲願を達成するには、まずは情報を集めないと。そこで、タケルさんには貴族の情報を探る密偵をして貰います」


 俺の話になり、全員が俺に目を向けてくる。視線の圧の思わずたじろぎそうになるのを必死に堪え、真っ直ぐに目を合わせた。

 幹部たちと俺が視線を交わす中、タイラーが重い口を開く。


「タケル。お前は貴族の奴らの情報を集め、俺たちに報告しろ。あいつらは貧民街を潰すために何かしらの方法を用意しているようだ。前回の襲撃で探ろうと思ったんだが、見つからなかったからな」


 貴族を殺すための襲撃かと思ったけどそれは本来の目的のカモフラージュで、ゼイエルさんが貧民街を潰すための作戦を探るのが目的だったのか。

 俺の仕事はゼイエルさんの作戦を探り、情報を伝えること。それが出来なければ使えないと判断され、俺は殺されるだろう。

 静かに頷くとタイラーは立ち上がり、俺に濃紺のローブを手渡してきた。


「このローブは我ら星屑の討手の仲間の証。この本拠地に入る時はこれを着てこい。貴族の奴らにはバレないように隠しておけよ?」

「……分かった」


 渡されたローブを魔装に収納すると、ラクーンが目を丸くして俺に詰め寄ってくる。


「ほほう! それは魔装ですね? ウォレスさんと同じで、あなたも魔装使いでしたか!」


 ラクーンは興奮したように俺の指にはめてある指輪をなめ回すように見つめてくる。

 引きつりながら「そ、そうです」と愛想笑いして答えると、ラクーンは顎に手を当てながら何度も頷いていた。


「これはこれは……なるほど、戦力としても使えそうですね。密偵として使うのももったいない……」

「ラクーン、落ち着け」


 ブツブツと独り言を呟きながら考え込んでいるラクーンに、タイラーは呆れたようにため息を吐きながら窘める。

 タイラーはやれやれと頭を振ってから、この部屋に集まった全員を見つめてた。


「今後は貴族の動きを探り、情報を集めてから襲撃の機会を見定める。それまではいつも通り、貴族街で食料と武器の調達。あと、貧民街に衛兵が巡回しているから警戒を怠るな。住人に手を出すようなら……殺せ。そして死体を貴族街の広場に並べ、これ以上貧民街を荒らすならこうなると見せしめにしろ」


 タイラーは憎しみと怒りがこもった目をしながら、テキパキと指示を出していく。

 例えどんな手段を使っても必ず目的を果たそうとす

る、堅い意志と覚悟を感じさせるその目が……マーゼナル王国でお世話になった俺の師匠、ロイドさんと重なった。


「これで会議は終わりだ。全員、解散」


 会議が終わり、全員が部屋から出ようと動き出す。

 そこで、タイラーはずっと黙ったままだったシンシアに声をかけて呼び止めた。


「シンシア、お前は残れ。話がある」

「……分かりました」

「ヘイ、タイラー。オレもその話に参加させて貰うぜ?」

「お前には関係のないことだ。帰れ」


 シンシアが心配なウォレスが同席しようとすると、タイラーはギロッとウォレスを睨みながら断る。

 だけど、ウォレスも退くつもりがないのかタイラーと睨み合い、一色触発の雰囲気に空気が張りつめていく。

 そこで、シンシアがウォレスの袖を握り、ゆっくりと首を横に振った。


「私は大丈夫ですから、先に帰っててくれませか? 子供たちが心配なんです……」

「オレはソレルにお前のことを任されてるんだよ。だから……」

「ウォレスさん」


 シンシアはウォレスの言葉を遮り、優しく微笑みながらウォレスを見上げる。


「お願いです。子供たちと一緒にいてあげて下さい」


 ウォレスの袖を握っているシンシアの手は、プルプルと震えていた。それでも、シンシアは優しい笑みを崩さないまま気丈に振る舞っている。

 ウォレスは深いため息を吐きながら頭をガシガシと掻いた。


「オッケー、分かったよシンシア。ガキ共はオレに任せておけ」

「はい。ありがとうございます、ウォレスさん」

「……ヘイ、タイラー。シンシアにあんまり無理させんじゃねぇぞ?」

「……いいから早く出て行け」


 すぐにでも出て行かせたいのか急かすタイラーに、ウォレスは苛立たしげに舌打ちして部屋から出ていった。

 俺もウォレスに続いて部屋を出ようとした時、シンシアがウォレスの背中を遠い目をしながら見つめているのに気づく。

 ぼんやりとしているその瞳は真っ直ぐにウォレスを見つめ、どことなく頬が赤らんでいる気がした。

 これは、もしかして……と、ある考えが頭を過ぎりながら本拠地から出ると、ウォレスが空を見上げながら立ち尽くしていた。


「ウォレス?」

「……Damn it」


 ボソッと悪態を吐いたウォレスは深いため息を吐き、うなだれる。

 どうにかシンシアを助けたいのに、どうにも出来ない自分が悔しいんだろう。

 何も言わずにウォレスの背中を叩くと、ウォレスは何かを振り払うように首を振っていつもの明るい笑みを浮かべた。


「とりあえず、タケルは戻ってくれ。密偵スパイとして頑張れよ?」

「分かってるよ。真紅郎たちにも事情を説明して、情報を集める」

「あぁ、頼んだ」


 そのまま俺はウォレスと別れ、隠し通路を通って宿に戻る。

 宿に戻ると真紅郎たちは部屋で俺を待っていた。


「タケル、どうだった?」


 声をかけてきた真紅郎に俺は今日の出来事を話す。すると、真紅郎は顎に手を当てながら真剣な表情で頷いた。


「スパイね。うん、ボクも賛成だ。ウォレスにしては考えたね」

「ウォレスってもしかして、意外と頭いい?」

「……偽物?」


 ウォレスの機転に真紅郎は嬉しそうに笑い、やよいは意外そうにして、サクヤは偽物と疑う。サクヤ、それはさすがに失礼だって。


「じゃあ、ボクが貴族側の情報を集めるね。ついでに作戦を遅らせるように動いてみるよ」

「あたしは……どうしよう?」

「……やよいは、ぼくと貴族街を回る?」

「うん、そうだね。やよいとサクヤは貴族街で聞き込みをお願いするよ」


 真紅郎は貴族の情報を探りつつ貧民街を潰す作戦を遅らせ、やよいとサクヤは貴族街での聞き込み。

 そして俺は、真紅郎が集めた情報を星屑の討手に伝え……同時に星屑の討手の動きも探る、三重スパイみたいなポジション。

 この国で血が流れないように、出来るだけ穏便な方法で解決させる。これが俺たちの方針だ。

 大変だけど、頑張ろう。人と人が殺し合うのは、やっぱり見たくないからな。

 今後の動きを決めた俺たちは、そのまま解散して今日は休むことにした。


「あれ、タケル。キュウちゃんは?」

「……あッ!?」


 キュウちゃんの姿がないことに、やよいは首を傾げながら問いかける。

 そこで、俺はキュウちゃんの存在を思い出した。

 キュウちゃんは今、貧民街の廃屋……眠っている子供たちに囲まれているはずだ。

 どこか遠くで助けを求める鳴き声が聞こえた気がした。

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