四曲目『ウォレスの故郷』

「全員で歩いてたら非効率だし、二手に分かれようか」


 宿屋から出てすぐに真紅郎が提案してきた。貴族街は見た感じ広そうだし、そうした方がよさそうだな。

 頷くと真紅郎はメンバーの振り分けを考え、話し出した。


「じゃあタケルはウォレスと、やよいとボクと真紅郎で分けよう」

「きゅー!」

「あぁ、ごめんね。あとキュウちゃんね」


 忘れられてたキュウちゃんが抗議の鳴き声を上げ、真紅郎が笑いながら謝る。

 俺はウォレスとか。様子のおかしいウォレスは心配だけど、やよいも心配なんだよなぁ。

 そう思っていると、真紅郎がコソッと俺に耳打ちしてくる。


「やよいのことはボクとサクヤに任せて。タケルはウォレスのフォローをしてよ」

「……分かった。頼んだぞ?」


 真紅郎なら大丈夫だろうし、サクヤもやよいのことを気遣ってくれるだろう。

 やよいはどこか上の空で、頭の上にいるキュウちゃんが呼びかけても反応を見せていなかった。本当にどうしたんだろう?

 いや、それよりもウォレスだ。ウォレスは貴族街を見渡しながら険しい表情を浮かべている。そんなに貴族街が気に入らないのか?

 とりあえず、俺はウォレスと一緒に貴族街を見て回ることにした。

 貴族街は今まで行った街とはどこか雰囲気が違う。中世ヨーロッパ風の街並みだけど、ところどころ貴族の見栄なのか派手な意匠が施されていたり、見るからに金持ちの家って感じだ。

 大通りを歩いている人を見ながら、俺は深いため息を吐く。


「……なんか、居辛いな」


 貴族街に住む人たちは、みんな明るく笑顔だ。だけどその笑顔はどこか作っているような、張り付けたようなもの。楽しく談笑しているように見えるけど、心から笑ってない。

 聞こえてくる会話の内容も自分たちが以下に金持ちなのか、どんな身分なのか……自慢話ばかりだ。

 身につけている宝石、豪華で値段が張りそうな仕立てのいい服……まるで見栄が服を着て歩いているように思えた。

 歩いてても楽しくない。貴族街は作られた明るい雰囲気が漂ったところだ。凄く、居心地が悪い。


「……チッ」


 ウォレスも嫌気が差しているのか舌打ちしながら住人を睨みつけていた。

 貴族街に対していい感情を持たないまま、俺たちは商店に立ち寄って買い物を済ませる。保存食や日用品が少なくなってきたからな。買い物出来るのはありがたい。

 だけど、高い。何もかもが高い。品質はいいかもしれないけど、値段が高すぎる。もはやボッタクリだろって思うぐらいに。

 でも、ここしか買い物出来ないから我慢しよう。

 買い物しながら俺は情報収集を行った。商人にそれとなくこの国について聞いた結果をまとめる。

 まず、この国はあるモンスターによって滅ぼされたということ。モンスターの名前はあまり口に出したくないのか、誰もが口を閉ざしていた。

 次に、貴族街に住む貴族は元々この国の住人ではない。そして、元々アストラに住んでいた人は、貧民街に追いやられたということ。

 それを聞いた時、ウォレスの雰囲気が変わった。静かに、地獄の奥底から押し寄せてくるような怒りが溢れ出ていた。

 

「……なぁ、ウォレス。ちょっと聞いていいか?」


 一通り買い物を終えて、俺はウォレスに声をかける。

 ウォレスはジロッと俺を見てから、ゆっくりと口を開いた。


「……なんだ?」

「ウォレス、本当にどうしたんだ? お前がそんなに怒ってる姿、初めて見るぞ?」


 ウォレスとはそれなりに長い付き合いだ。ウォレスが怒った姿は何回も見たことがある。

 だけど、こんなに本気で怒ってる姿を見たことはない。いつもは怒声を上げて激しく怒るけど、今回は静かにキレている。

 ウォレスは本気で怒った時は激しくじゃなく、静かにキレる奴なんて知らなかった。

 するとウォレスは苛立たしげにため息を吐く。


「……別にいいだろ。タケルには関係ねぇ」

「関係ある」


 はっきりと即答してやると、ウォレスは目を丸くさせていた。


「俺たちは苦楽をともにする仲間だろ? 観客が少なくてチケットが売れ残った時も、他のバンドに喧嘩を売られた時も、ライブハウスで演奏を断られた時も……協力して乗り越えてきたじゃないか」


 俺たちRealizeにだって、大変だった時期はある。

 まだ無名の時なんて、本当に辛かった。だけど、俺たちは全て乗り越えてきた。協力して、辛くても頑張ってライブをして……メジャーデビュー目前まで成り上がった。


「だから、関係ないなんてことはない。そんな哀しいこと、言うなよ」


 俺の言葉にウォレスは空を見上げ、そして深く息を吐く。


「そうだな。あぁ、そうだ。関係ないなんてことはねぇな。すまねぇソーリー、タケル。目が覚めたぜ」


 そう言って頭を下げたウォレスは裏路地に向かい、壁に背中を預けた。腕を組んだウォレスは意を決したように語り出す。


「……似てるんだよ」

「似てる?」

「あぁ。この国は、似ている。金を持ってる富裕層が金を持ってねぇ貧困層を搾取し、差別する。オレの故郷ホームタウンにな」


 ウォレスの故郷って言うと……アメリカか。

 ウォレスは苦虫を噛み潰したような顔で話を続けた。


「オレが住んでいたところは、いわゆるスラムだ。この国の貧民街までとは言わねぇが、それなりに劣悪で

……毎日絶対に一人は死ぬようなところだ」


 そんな話は聞いたことがない。ウォレスがアメリカ人ということは知っているけど、どんなところで住んでいたのかは話したがらなかったから、深くは聞かないようにしてたからな。


「生きるために盗みを働いたり、酔っぱらいが喧嘩してたり、餓死するガキもいる。生活環境は最悪、治安は悪ぃ、夢も希望もねぇゴミ捨て場ガベージタンプ。それが、オレの故郷ホームタウン


 昔を思い出しながらウォレスは鼻で笑い、やれやれと肩をすくめた。


「ここを見てると昔を思い出してな。だから、貴族が貧民を差別するこの国が……気にくわねぇんだ」


 自分の生きていた場所を思い出し、重ねた。だから男の子にわざと財布を盗ませたのか。

 だけどそれは……と、考えていたことを口に出さないようにしていると、察したウォレスが自嘲するように笑った。


「あれは一時的な助けにしかならねぇ。偽善なのは分

かってる。でもよ、それでもオレは……」


 そこでウォレスは口を噤んだ。

 たしかに、お金を手に入れた男の子は助かっただろう。でも、それは一時的……その場限りのもの。

 でも、ウォレスはそれが分かってても、ついやってしまったのか。

 どう声をかけていいのか迷っていると、裏路地から誰かの怒鳴り声が響いてきた。

 気になった俺たちは裏路地を進んでいくと、そこには一人の男と……貧民街でウォレスの財布を盗んだ男の子の姿。

 男は顔を真っ赤にさせて怒り、男の子を突き飛ばした。


「てめぇ、貧民街の奴だな! どうやって貴族街に入りやがった!? この、汚らしいガキが!」


 唾をまき散らして怒鳴り声を上げる男。地面に倒れた男の子は痛そうに腕を手で抑え、涙で濡れた目で男を睨みつけている。男の子の近くには、一つのパンが落ちていた。

 どうやら男の子はパンを盗み、男にバレてしまったらしい。

 男は男の子の視線が気にくわなかったのか、ギリッと歯ぎしりする。


「躾が必要みたいだなぁ? ゴミ山から入り込んできたネズミめ……どうやって貴族街に入ったのか、たっぷり聞かせて貰うぜ?」


 男は拳を握りしめながらゆっくりと男の子に近づいていく。男の子は逃げようにも逃げられず、せめてもの抵抗で男を睨みつけていた。

 そのまま男は男の子の胸ぐらを掴んで持ち上げると、いきおいよく拳を振り上げる。

 男の子に拳が襲いかかる……前に、途中で男の腕が止まった。


「……Hey。Just a moment」


 ウォレスが後ろから男の腕を掴み、殴るのを止める。

 いきなり現れたウォレスに驚いた男は男の子から手を離し、自分の腕を掴むウォレスを睨みつけた。


「なんだ、あんた? 邪魔するんじゃ……」

「How Much?」


 ウォレスは地面に落ちているパンを指さして値段を聞く。最初は戸惑っていた男がパンの値段を話すと、ウォレスは魔装の収納機能で財布を取り出して言われた値段より多めのお金を男に手渡す。

 渡されたお金を見た男は、舌打ちしてポケットにお金を入れた。


「……あんた、このガキの仲間か?」

「いや、違う」

「まぁ、俺は金さえ払って貰えれば文句はねぇ。でもよ、一つだけ言っておく。この貴族街で貧民街の奴を庇うなんて真似はもうしない方がいいぞ? 仲間だと思われれば……この街にいられなくなるからな」


 それだけ言うと男は裏路地から去っていった。

 ウォレスは男の背中を見つめ、頭をガシガシと掻きながら鼻を鳴らす。


「……別に、好き好んでいる訳じゃねぇよ」


 俺は吐き捨てるように言うウォレスに近づき、魔装から取り出した財布を指さした。


「財布、盗まれたんじゃないのか?」

「普段使いの財布には一部だけで、魔装の方に全財産が入ってる財布を仕舞ってるんだよ」

「あぁ、なるほどね」


 ウォレスのことだから全財産を適当にポケットに入れてるかと思ったけど、意外と考えてることに少し驚いた。スラム育ちだからこそなのかもしれないな。

 それよりも男の子の方が心配だ。男の子に近づいてみると、やせ細った腕は青黒く腫れていて痛々しい。

 俺は男の子のそばにしゃがみ、腫れた腕に軽く手を添えた。


「<カランド>」


 そして、音属性魔法<カランド>を使った。痛みを和らげる効果の魔法が男の子の腕を包むと、さっきまで痛そうに顔をしかめていた男の子は動かしても痛みを感じない腕に、目を丸くして驚いていた。


「よし、これで少しはいいだろ。でも、ちゃんと治療しないとダメだぞ?」

「……り、がと」


 男の子は蚊が鳴くような声でお礼を言うと、地面に転がっていたパンを掴んで俺たちから逃げていった。


「あ! ちょっと待てって!」


 また一人になったら貴族街の住人に見つかるかもしれない。男の子を無事に貧民街に戻すなら俺たちで送り届けた方がいいだろう。

 そう思った俺はウォレスと一緒に男の子を追った。

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