二曲目『再生の亡国アストラ』
街道を歩いていくとようやく目的地の国、アストラの玄関口である立派な大きな門が見えてきた。
いや、正確には
立派だったであろう門は倒壊し、かろうじで形を保っているけど門としての役割は果たせていない。
空は国の状況を現しているかのように太陽の光がいっさい射さない暗雲で覆われ、ひび割れボロボロの大通りには悲惨なまでに壊された家が並んでいる。
街全体がこっちの心まで暗くなるほどの鬱屈とした空気が立ちこめた国として機能していない国ーー<再生の亡国アストラ>。
門の前に立った俺たちは思わず足を止める。ここで一夜を過ごすのか……正直、こんな状況じゃなかったら立ち寄りたくない雰囲気の国だ。
でも、仕方がない。覚悟を決めて警戒しながら門を通ると、そこで一人の鎧を身に纏った男が表情を硬くさせながら近づいてくる。
「申し訳ありません、確認したいのですが……あなた方はタケル様ご一行でございますか?」
「え? はい、そうですけど……」
いきなり話しかけられたかと思ったら、何故かその男は俺たちのことを知っているようだった。
突然のことで驚きながら頷くと、男は堅かった表情から一転して破顔して頭を下げてくる。
「ようこそ、お待ちしておりました! こちらにどうぞ!」
よく分からないけど歓迎された俺たちは男にある場所に案内されると、そこには同じように鎧姿の数人の男たち。
そして、男たちに護衛された暗い街の雰囲気にはそぐわないほど豪華な衣装に身を包んだ太った男がいた。
太った男は俺たちを見るなりニヤニヤとした笑みを浮かべながら手もみして近づいてくる。
「やぁやぁやぁ! あなた方がタケル様ご一行ですな! お待ちしておりましたぞ!」
「えっと、あなたは?」
「これはこれは、紹介が遅れましたな! 私はこの国アストラの貴族が一人、ゴーシュでございます! どうぞ、お見知り置きを!」
ゴーシュはにやつきながら熱烈に俺たちのことを歓迎していた。
こんな歓迎を受けると思っていなかったから呆気に取られていると、真紅郎が一歩前に出て微笑みながら口を開く。
「ゴーシュさん、ですね。ボクは真紅郎と申します。熱烈な歓迎、深く感謝致します」
「おぉ! 真紅郎様ですね! いえいえ、タケル様ご一行を歓迎するのは当然のことですぞ!」
「それでですね、ゴーシュさんはボクたちのことをご存じのようですが、何故でしょう? ボクたちがこの国に立ち寄ることも分かっていたようですが?」
「あぁ! なるほど! それはたしかに疑問に思われるでしょうな! もちろん、ご説明したいですが……ここでするよりもゆっくりとお話出来るところに行きませぬか? ここだと、
そう言ってゴーシュさんは汚物を見るような視線を貧民街にいる人たちに向ける。
それを見た真紅郎は肩をピクッと動かして反応するも、張り付けたような微笑みは崩さずに頷いた。
「それもそうですね。でしたら、ご案内して頂いてもよろしいですか?」
「もちろんですぞ! ささ、こちらでございます……お前たち、護衛は任せるぞ」
鎧姿の男たちは「かしこまりました!」と声を揃えると、俺たちとゴーシュさんを取り囲む。
厳戒態勢のまま俺たちは貧民街を進んでいった。
それにしても真紅郎、完全に警戒してるな。張り付けたような笑みと丁寧な口調をしている今の真紅郎は相手を信用していない、敵として見ている時の真紅郎だ。
そのことを知っている俺たちはゴーシュさんの相手を真紅郎に任せ、黙って警戒する。こういう時は下手に口出ししない方がいいからな。
「いやはや、それにしてもタケル様たちはお若いですな! 私の若い頃を思い出しますぞ!」
「ゴーシュさんはまだまだ若いでしょう?」
「オッホホ! これはこれは、真紅郎様は口が上手い! お世辞だとしても嬉しいですなぁ!」
「いえいえ、お世辞ではなく本心ですよ」
ゴーシュさんと真紅郎は楽しげに談笑している。いや、楽しげなのはゴーシュさんだけだ。
俺は二人の話を聞き流しながらチラッと周囲を見やる。大通りには貧民街に暮らす人たちが俺たちを遠巻きに見つめていた。
壊された家から様子を伺っているボロボロの服を着た浮浪者の男、痩せた赤ちゃんを抱いた暗い表情の女性、獲物を狙う動物のようにギラギラとした視線を向ける子供たち。
その誰もが俺たちを恨めしげに見つめていた。
「……タケル」
不安げな表情を浮かべたやよいが俺の袖をクイッと掴んできた。安心させるように頭に手を乗せてから、俺とサクヤでやよいを守るように挟んで歩く。
ふと静かなウォレスの方に目を向けてみると、ウォレスはどこか苦々しそうに顔をしかめて子供の方を見つめていた。
「ウォレス、どうした?」
「……いや、ちょっとな」
声をかけてみるとウォレスは何かを振り払うように小さく首を横に振ると、着ているコートのポケットを軽く叩いてジャラッと金属がぶつかり合う音を響かせる。
どうも様子がおかしいウォレスに首を傾げていると、後ろから走り寄ってくる小さな足音が聞こえた。
振り返ってみると、俺たちの後ろから一人の男の子が走ってきているのに気づく。俺の視線に気づいた鎧姿の男も振り向き、そして腰に差した剣の柄を握った。
「貴様! それ以上近づくな!」
近づいてくる男の子に剣を向けて警告するも、男の子の足は止まらない。むしろ走る速度を上げていた。
警告を無視する男の子に剣を振り被ろうとして一歩前に出た鎧姿の男だったが、何かに躓いて体勢を崩す。
「ぬぉ!?」
「おぉ、ソーリー。足が長くて引っかかっちまったぜ」
ウォレスがニヤッと笑いながら自分の足に引っかかった鎧の男に謝る。
男の子はその隙を狙って鎧の男とすれ違ってそのままウォレスに向かっていき、ぶつかった。
「おっと。ヘイ、ボーイ……ちゃんと前見て走らねぇと危ねぇぜ?」
ぶつかった男の子を軽く受け止めて注意したウォレスだったけど、男の子は無言でその場から逃げていく。
鎧の男たちが男の子を追おうとするも、ウォレスは
片手を広げて止めた。
「
「しかし……ッ!」
「そんなに怒ると血圧上がるぜ?
ウォレスに窘められ、鎧の男たちは渋々剣を鞘に仕舞う。
そこでサクヤがウォレスをジッと見つめながら、ウォレスが着ているコートのポケットを指さした。
「……ウォレス。財布盗られてる」
「……おぉ、マジか! なんてこった、こいつは気づかなかったぜ!」
サクヤに言われてウォレスはコートのポケットを叩き、目を手で覆って空を仰ぐ。さっきポケットを叩いた時に聞こえた金属音は財布だったのか。
男の子は財布を狙ってぶつかってきたみたいだけど、俺には分かる。
ウォレスは、
すると、話を聞いていたゴーシュさんが憎たらしげに舌打ちをした。
「汚らしい虫けらめ……おい、お前! 探し出して奪い返してくるのだ! 殺しても構わん!」
「わ、分かりました!」
ゴーシュさんはさっきの男の子を一人の鎧姿の男に探してくるように命じる。しかも、殺しても構わないとまで言っていた。
そこまでしなくても、と俺が止めようとすると……俺よりも先に動き出した奴がいた。
「Screw you……ッ!」
ウォレスだ。
ふざけんな、と静かに燃えたぎるような怒りを露わにしてウォレスがゴーシュさんの胸ぐらを掴む。
「な、何をするのだ!? 財布を盗まれたのではないのか!?」
「Shut up! Kick your ass……ッ!」
苦しそうにしているゴーシュさんにウォレスは「黙れ! ぶっ飛ばすぞ……ッ!」と射抜くような鋭い視線を向ける。
さすがにやりすぎだと慌てて俺と真紅郎でウォレスを肩を掴んで離れさせた。
「お、おい、ウォレス! 落ち着け!」
「そうだよ! 何やってるの!?」
無理矢理に引き剥がすと、ウォレスは苛立たしげに舌打ちをしながらゴーシュさんを睨みつけている。
いつもと様子がおかしい。ウォレスがこんなに本気でキレている姿なんて見たことがなかった。
ゴーシュさんはゴホゴホッと咳をしながら、顔を真っ赤にさせてウォレスを指さした。
「き、貴様! 私を誰だと思っているのだ!?」
「……フンッ」
「貴様ぁ……ッ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 申し訳ありません、ボクの仲間が無礼ことをしてしまって! どうかボクに免じてお許し下さい!」
ウォレスは知るかと言わんばかりに鼻で笑い、そっぽを向く。そんな態度のウォレスにゴーシュさんの怒りが爆発しそうになるのを、真紅郎がどうにか宥めに入った。
真紅郎に言われて怒りを静めたゴーシュさんは、不機嫌そうに歩き出す。
ウォレスもふてくされながら歩き出すのを見て、俺はため息を吐いた。
「どうしたんだよ、ウォレス……」
いつもと違うウォレスに頭を抱えながら、貴族街に向かうのだった。
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