二十七曲目『Laugh&Laugh』
首をゴキゴキと鳴らしたアスワドは膝を着いているライトさんの肩をポンッと叩くと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ようやく体力も魔力もある程度回復したぜ。ここからは俺に任せて寝てよ、おっさん」
「あぁ、そうさせて貰う……そう言えば、キミは……?」
「俺の名前か?」
ライトさんに名前を聞かれたアスワドは、鼻で笑うと一歩前に出た。
「ーー俺の名前はアスワド・ナミルだ! 覚えておくんだな!」
堂々と自身の名前を言い放つと、アスワドの体から冷気のような膨大な魔力が吹き上がる。
「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る戦神よ、背を向けし両者に贄を捧ぐ。其は凍獄の権化なり>ーー<ブリザード・ファフナー!>」
アスワドが詠唱を終えると、足下が一気に凍り付く。そして、凍った地面から龍を象った氷が飛び出してきた。
氷で形成された巨大な龍。その大きさは、俺が今まで見てきた中で一回り以上も大きな物だった。
「ーー喰らえぇぇぇぇッ!」
アスワドが右腕を思いきり振り下ろすと、その動きに合わせて氷の龍がクラーケンに向かっていく。
口を大きく開け、氷柱で出来た牙を剥き出しにして、大きく長い体を捻らせながらクラーケンを襲った。
氷の龍に巻き付かれたクラーケンは必死に暴れるも、抵抗むなしく海中から引きずり出され、空中に吊される。
「ーー凍り付け!」
アスワドの号令に氷の龍は咆哮。
クラーケンを持ち上げたままパキパキと音を立てながら海を凍らせ、巨大な氷の柱に変わっていく。
魔力の消費が激しかったのか、アスワドは額から汗を流しながら息を切らせて膝を着いた。
「はぁ、はぁ……このデカ物がぁ……せっかく回復した魔力ほとんど持って行きやがって……だがよぉ、これでてめぇはもう動けないだろ?」
歯を食いしばり、無理矢理笑みを浮かべたアスワドは俺たちに向かって人差し指を向けてきた。
「よぉ、てめぇら……また
アスワドの言うアレ……それは、ライブ魔法のことを言ってるんだろう。
たしかに、ライブ魔法を使えばクラーケンを倒せるかもしれない。だけど、クラーケンが暴れ回るせいで使えなかった。
だけど今ーークラーケンはアスワドの力で身動きが取れなくなっている。舞台は整っている。
「まさか、もう限界なんて言わねぇよなぁ?」
アスワドは俺たちを挑発するように、鼓舞するように言ってくる。
限界なんて言うはずないだろ。
「ーー当然だ、そこで見てろ。最前列ですげぇの見せてやるよ」
口角を上げて笑い返し、俺は剣の切っ先を地面に思い切り突き立てる。
俺の後ろにウォレス、やよい、真紅郎、サクヤが並び、それぞれ魔装ーー楽器を構えた。
剣の柄に取り付けられているマイクに口元を近づかせ、ゆっくりと大きく息を吸う。
「ーーハロー、クラーケン! よくも散々苦しませてくれたな! そのお礼に一発でかいの喰らわせてやるよ!」
マイクを通した俺の声が、暴風を突き抜けて響き渡る。
氷の柱に持ち上げられてもがいているクラーケンを指さして、俺は鼻で笑った。
「特等席で聴かせてやるよ……さぁ、笑い転げろ。行くぜーー<Laugh&Laugh>」
観客の前で披露した<Laugh&Laugh>は横ノリのダンスナンバーだったけど、今回は縦ノリ……ロックテイストにアレンジした一味違う曲だ。
ウォレスが雄叫びを上げるようにハイテンポでドラムを叩き、そこに真紅郎のベースラインが走り抜け、リズムを作っていく。
やよいのディストーションを効かせたギターと、サクヤの正確無比なピアノサウンドが曲に彩りを与え、俺を自然と歌へ導かせた。
「
ビリビリと俺の歌声が空気を震わせる。
例え暴風雨の中でも、海が荒れ狂おうと、俺たちの音楽は負けることはないーーッ!
「笑顔あふれる この世界 どんな人でも関係ない 手を取り 笑おう みんなの輪が 広がる 男女も格差も関係ない 肩を組み 騒ごう」
Bメロを歌い上げると、クラーケンの頭上に巨大な紫色の魔法陣が展開されていった。
俺たち全員の魔力を吸収していく魔法陣に、紫電が走っていくのを後目に、俺はサビを歌い始める。
「だって今夜はParty with my friends! この騒ぎに入れば 誰もが友さ」
サビを歌いながらバチバチと音を立てて電光を纏う魔法陣に合図するように、俺は頭の上でパンパンッと手を鳴らす。
すると氷の柱に捕まっているクラーケンに向かって、魔法陣から紫色の雷が落ちた。
轟く雷鳴とクラーケンの悲鳴が混ざり合う。紫色の雷光を纏ったクラーケンは触腕を痙攣させていた。
これが<Laugh &Laugh>のライブ魔法。魔法陣から雷を落とす広範囲殲滅型攻撃魔法だ。
「もちろん今夜はLaugh together! 騒げ! 踊れ! 笑え! 今しかないぞ」
もう一度頭の上で手を叩くと、また魔法陣から無数の雷がクラーケンに落ちていく。
どんどん黒焦げていき、痙攣しながら触腕を振り回して氷の柱から逃れようとしているその姿はーーまるで笑い転げているようにも見えた。
「
サビを歌い上げるのと同時に、俺とやよい、真紅郎がジャンプする。
稲妻が迸り、稲光を放ち、巨大な雷撃がクラーケンに降り注いでいく。
激しさを増す曲に呼応するように魔法陣から雷が落ちていき、十本の触腕が徐々に動きを鈍らせ始めた。
だけど、まだ倒せていない。タフ過ぎるだろ……ッ!
「誰もがみんな 生きている 命はみんな同じ価値 さぁ来い 踊ろう この歌は輪になり 広がる 老いも若いも関係ない 手を振り 狂おう」
倒せないなら、倒せるまで撃ち続けるだけだーーッ!
走り抜けるような演奏が熱を帯びていく。疾走感そのままに俺は、二番のサビを歌い上げた。
「だって今夜はParty with my friends! この騒ぎに入れば 誰もが友さ もちろん今夜はLaugh together! 騒げ!
踊れ! 笑え! 今しかないぞ」
雷に撃たれ続けているクラーケンの触腕が力なく垂れ下がり始めた。
あと少し、あと少しだーーッ!
「
二番のサビが終わり、全員が演奏を止める。Cメロは俺のアカペラパートだ。
「笑う幸せ 踊る狂乱 歌は箱船 この宴を届けるMessenger! Hey Postmen! 届けるぜ、この歌をーーッ!」
Cメロを歌い、最後のフレーズをシャウトしながらアカペラパートを終える。
爆発するように再び始まった演奏。その勢いのままにラストサビに入ろうかという時、まだしぶとく蠢いているクラーケンが力強い眼光で睨んでいた。
「……気に入らないね、その目」
クラーケンを睨み返しながら呟いた真紅郎は、チラッとアスワドの方に顔を向けた。
「ーーアスワド! ナイフを一本貸して!」
「あぁ? 何に使うつもりか知らねぇが……ほらよ!」
アスワドが怪訝そうな表情を浮かべながら一本のナイフを真紅郎に向かって投げる。
クルクルと回りながら飛んでくるナイフに、真紅郎は銃口を向けた。
「ーー<スラップ!>」
ベースを弾きながらスラップを使い、銃口から高密度の魔力弾が放たれる。真っ直ぐにナイフに向かっていった魔力弾は、上空高く飛んでいきーークラーケンの頭の上に弾かれていった。
「だって今夜はParty with my friends! この騒ぎに入れば 誰もが友さ もちろん今夜はLaugh together! 騒げ! 踊れ! 笑え! 今しかないぞ」
ラストサビに入り、魔法陣から雷撃が降り注いだ。
雷はクラーケンじゃなく、飛んでいったナイフに向かって落ちる。すると雷に当たったナイフが真っ赤に染まり始めた。
「ーー雷に当たったナイフは通電されたことにより、急激に加熱される」
真っ赤になったナイフはクラーケンの周りを漂う白いもやーー氷の柱が雷によって解かされたことで出来た水蒸気に落ちていく。
「ーー氷が解けて出来た水は、電気分解により酸素と水素が生まれる。そこに赤熱したナイフ……鉄の
塊があると」
そう言って真紅郎はクラーケンに向かって人差し指を向けた。
「
最後のフレーズを歌い上げると生み出された水素に熱を帯びたナイフが触れ、火が着いた。
「ーーキミはこの美しい街にふさわしくない! ボクたちの前からいなくなれ!」
真紅郎の叫びと共にーークラーケンの周りが大爆発した。
空気をビリビリと振動させた爆風が暗い暗雲を吹き飛ばし、綺麗な青空が広がる。
さっきまでの暴風雨が嘘のように晴れ、穏やかな海に爆発によってバラバラになったクラーケンの肉片がボトボトと落ちていく。
正直、驚いた。
いきなり大爆発を起こした理由が分からず、唖然としながら俺たちは真紅郎に顔を向けると……真紅郎は清々しい微笑みを浮かべていた。
「ーーあぁ、今の? 水素爆発って言うんだ。勉強になった?」
空にかかる虹を背に笑う真紅郎に、俺たちは壊れた人形のように首を縦に振るしか出来ない。
何はともあれ、俺たちはどうにかクラーケンを倒すことが出来たのだった。
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