十八曲目『嵐の前触れ』
「あ、兄貴ぃぃぃ! どこ行ってたッスかぁぁぁぁ!?」
洞窟から出た俺たちを出迎えたのは黒いローブを纏い、口元を布で隠した小柄な少年ーーアスワドの仲間、シエンだった。
シエンはプンプンと怒りながら大股でアスワドに近づいて文句を言い始める。
アスワドは面倒くさそうに頭をガシガシと掻きながらため息を吐いた。
「てめぇらがどっか行ったんだろ。ったく、いつも迷子になりやがって」
「いつも迷子になってるのは兄貴ッスよぉぉぉ! めちゃくちゃ探したッスよ!?」
「そうだよ兄貴。俺っちたち、街中をかけずり回って探したんだからさぁ」
「……見つかって、よかった」
ウガー、と頭を抱えて空を見上げながら叫ぶシエン。こいつも苦労してるんだな、とちょっと同情する。
するとシエンの他に灰色の髪をしたヘラヘラとした表情のアランは肩を竦めながら声をかけ、スキンヘッドで強面な大柄な男のロクはホッとしたように胸を
なで下ろしていた。
三人を見たアスワドは舌打ちをしながらそっぽを向く。
「……悪かった。探させちまってよ」
「次から気をつけて下さいッス……って、こいつらは!?」
そこでようやく俺たちに気づいたシエンは、驚きながら俺たちから距離を取る。
「どうしてこいつらがここにいるんッスか!?」
「あぁ……成り行き?」
困ったように頬を掻きながらアスワドが答えると、シエンは額に手を当てて呆れる。
「成り行きって……敵じゃないんスかぁ?」
「まぁ、今回だけだ。次に会った時は敵だから安心しろ」
「どこに安心しろって言うッスか!?」
俺たちを猫のように警戒するシエン。まぁ、普通はそうなるよな。
アランは真紅郎を見るなり怯えたようにロクに隠れ、ロクはウォレスに向かって手を挙げるとウォレスも「よっ!」と手を挙げ返している。
アランはともかく、ロクとウォレスはヤークトの戦いを経て仲良くなったみたいだな。
とりえあえず、いつまでも警戒されてても困るし……。
「そういうことだ、シエン。俺たちは
「どう覚悟しろと!? 絶対に捕まんないッスよ!」
俺の言葉に逆に警戒を強めるシエン。おかしいな、警戒を解こうとしたのに。
まぁ、いいか。とにかく、今はこいつらよりもライトさんに会ってサクヤが試験を突破したことを報告しないと。
俺たちはアスワドたちと共に港に向かう。空は洞窟に入った時よりもどんよりとして、今にも泣き出しそうだ。海もどんどん荒れているし、早くしないと大時化が来そうだな。
雨に濡れる前にユニオンに向かおうとした時、港に誰かがいるのに気づく。あそこにいるのはライトさんとエイブラさんだった。他にも一人いるみたい、だ……ッ!?
「ーーあ、あいつは!?」
ライトさんとエイブラさんと一緒にいたのは、黒いローブ姿の仮面の男……俺たちの命を狙った、王国からの追っ手だった。
どうして仮面の男とライトさんたちが一緒にいるんだ? 本来敵のはずの仮面の男と二人は何か会話をしているみたいだ。
俺たちが呆然と立ち尽くしていると、ずっと黙ったままだった真紅郎が拳を強く握りしめながら一歩前に出る。
「……そういうことか」
ボソッと呟いた言葉には、どす黒く燃えたぎる怒りの感情がこもっていた。
真紅郎はズンズンとライトさんたちに近づいていく。そして、真紅郎は声を張り上げた。
「ーーやっぱりボクたちを騙していたのかッ!?」
真紅郎の怒声にライトさんとエイブラさんが目を丸くして驚いている。
ずっと渦巻いていた疑いが確信に変わり、真紅郎はギロリと二人を睨みつけて怒りを露わにしていた。
「ボクたちを騙していたんだ……王国の奴らにボクたちを売るつもりだったのか!?」
「ま、待て真紅郎。キミは誤解をしている。私たちはそんなことなど……」
「ーーうるさい! 黙れ! そんな言葉、信じられるか!」
弁解しようとするライトさんの言葉を遮って、真紅郎は振り払うように頭を振りながら叫ぶ。
真紅郎の怒りに呼応するようにポツリと降ってきた雨は、どんどん強くなっていく。
バケツをひっくり返したような豪雨の中、真紅郎は歯が砕けそうなほど歯を食いしばっていた。
「……ずっと、疑っていた。最初からあんたたちは
ボクたちに嘘を吐いていたんだ。最初から、王国にボクたちを受け渡すつもりだったんだな?」
「だから、それは誤解だと……ッ!」
「ーー待て、ジュニア」
ライトさんが真紅郎を説得しようとすると、エイブラさんが止めに入った。
そして、エイブラさんは一歩前に出て真紅郎と目を合わせる。
「……続けろ」
「偉そうに……そういうところが似てるんだよ……ッ!」
責められているのに毅然とした態度のままでい
るエイブラさんを見た真紅郎は、その姿に父親を重ねたのか吐き捨てるように言う。
何かを振り払うように右手を振った真紅郎は、エイブラさんに怒鳴った。
「元からボクたちを王国に受け渡すつもりだったんだろ……そうすれば自分の利益になるから!」
「……ふむ。それで?」
「ーーッ! ボクたちに優しくしてたのも、全部騙すためだったんだろ!?」
「なるほど。それで?」
真紅郎の叫びを鋭い視線を向けながら堂々と受け
止めているエイブラさんは、否定も肯定もしなかった。
その態度がまた癪に障るのか、真紅郎のボルテージが上がっていく。
「あんたが言ったことは全部嘘だったんだろ!? ボクたちを守るため? ボクたちのことを思って? 違う。違う違う、違う! 全部、全部自分のためだったんだろ!?」
風が強くなってくる。海が荒れ、波が激しくなる。真紅郎の激情に合わせて、雷雨が降り注いでくる。
罵声を浴びているエイブラさんは、暴風をもろともせずに真っ直ぐに立ったまま、険しい表情で真紅郎と向き合っていた。
何も反論せず、何も弁解せず。ただ真っ直ぐに真紅郎の言葉を受け止めていた。
「ーーどうせボクたちの音楽を褒めたことも嘘だったんだろ!?」
「むっ。待て、それは……ッ!」
そんなエイブラさんだったけど、真紅郎が言った音楽を褒めたことも嘘だった、という言葉にだけ反応して口を開こうとした。
だけど、その前に高笑いが港に響いた。
「ーークッ、ハハ……クハハハハハハハハハッ!」
ことの成り行きを見ていた仮面の男が、突然笑い出す。
暴風に負けないほどの声量で笑った仮面の男は、カツカツと靴の音を立てながら真紅郎とエイブラさんの間に入った。
「これはこれは、非常に面白いことになった……クククッ」
「……何がおかしい」
いきなり話に入ってきた仮面の男に険しい視線を送るエイブラさんに、仮面の男は役者のように大げさな態度で両手を広げる。
「いやいや、これは誰だって笑うだろう? これほど面白いものはない……なぁ、ライト・エイブラ一世?」
仮面越しでも分かるほど、男は笑みを浮かべてエイブラさんに向き直る。
仮面の男は肩を揺らして笑い、言い放った。
「さぁーー約束通り、こいつらを渡して貰おうか」
真紅郎が言っていたことを肯定するように、仮面の男は要求した。
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