十七曲目『レッツロック!』
ライブ当日。
ライブハウス前は人でごった返していた。
昨日の夜にユニオンメンバーにスタッフをして貰えるよう依頼を出してなかったら、大変なことになっていたな。
入り口前の受付ではチケットを買うために長蛇の列が出来ているし、俺たちが助けたおっさんーーグランさんは並んでいる人たちに弁当を売っていた。
しかもRealize御用達弁当、と銘打って。別に御用達してないんだけど……ま、いいか。
ユニオンメンバーには受付と客の整理、警備、照明を依頼してある。普通なら依頼されないような内容なのに、ユニオンメンバーたちは快く受けてくれたし、テキパキと動いてくれた。
どうやら俺たちのライブを聴いてくれてたみたいで、その手伝いが出来て嬉しいって言ってくれた。本当にありがたいな。
そんな訳で、俺たちのライブは今のところ滞りなく準備が行われている。
コンサートホールは徐々に観客で埋め尽くされていき、もうすぐ満員になりそうだ。
その様子を俺たちは舞台袖からこっそり見つめていた。
「うわぁ……凄い集まってるよ! こんなの久しぶり!」
「そうだね。最近はずっと野外ライブばっかりだったしね」
「ハッハッハ! やっぱりライブはハコでやらねぇとな! まぁ、野外も捨てがたいけどよ!」
やよい、真紅郎、ウォレスの初期メンバー。そして俺が加入した当初のRealizeはここよりももっと狭いハコからスタートしたんだ。
その時の懐かしさを感じていると、新たに加入したサクヤの顔が強ばっていることに気付く。
「どうした、サクヤ?」
「……なんか、怖い」
サクヤは体を小刻みに震わせながらそう呟く。
あぁ、そうか。初めてのライブは野外で、今回はハコだ。
野外でのライブは開放感があるけど、ハコのライブは観客との距離が近いから野外とは逆に圧迫感がある。そのハコ特有の独特な雰囲気に圧倒されてるみたいだ。
それにまだ二回目だし、緊張するだろう。
察した俺はサクヤの背中をバシッと叩いた。
「大丈夫だ! お前は一人じゃない。俺たちがいるだろ?」
「そうだよ! あたしたちは仲間なんだから! だから怖くないよ!」
「きゅ!」
俺とやよいの言葉にサクヤは目を丸くさせ、俺たちの顔を見渡す。
サクヤの頭に乗ったキュウちゃんが元気づけるように鳴き、真紅郎は笑みを浮かべながらコクリと頷き、ウォレスはニッと笑って親指を立てていた。
俺たちの顔を見て少しは落ち着いたのか、サクヤはゆっくりと深呼吸する。
「……ありがと。もう、大丈夫」
どうにか恐怖を克服したサクヤが拳を握りしめて返事をした。
これなら大丈夫そうだな。
「そろそろ時間だな…」
ライブ開始の時間が差し迫っている。そろそろ準備をしないといけない。
俺たちは円陣を組み、顔を見合わせる。円陣組むの久しぶりだな。なんか、テンション上がってきた!
「ーーさぁて、嬉しいことにライブハウスは満員だ。これはお礼にがっつり演奏して最後まで盛り上げていこうぜ?」
「うん!」
「そうだね、盛り上げよう!」
「ハッハッハ! 当然だよなぁ!」
「……うん」
「きゅきゅきゅー!」
俺が手を差し出すと、その手のひらにやよい、真紅郎、ウォレス、サクヤ、キュウちゃんが手を乗せてくる。
俺は思い切り息を吸い、気合いを入れて声を張り上げた。
「ーーRealize!
「ーーイェアァァァ!」
円陣を組んでテンションが最高潮まで達した俺たちは、舞台袖から出てステージに上がる。
俺たちの登場に観客たちは飛び上がるように歓声を上げて出迎えてくれた。
ハコでの歓声は反響し、ビリビリと振動する。それが不快なんてことはなく、最高の感覚だ!
魔装を展開し、切っ先を地面に刺してマイクを口元に向ける。
「今日は俺たちRealizeのライブに来てくれてありがとぉぉ! 今回で二回目のライブ、しかもこの完成したばかりのライブハウスで出来ることがめちゃくちゃ嬉しいぜ!」
俺の言葉に観客たちは拍手し、「おめでとー!」と叫んでくれた。本当にレスポンスが早くて嬉しいな。思わずにやけてしまった。
「まぁ、長ったらしい挨拶は抜きにしよう! 早速一曲目行かせて貰うぜ! 最初の曲はーー<壁の中の世界>」
曲名を言ってからウォレスに目配せする。
ウォレスはスティックを軽く叩いてリズムを取ると、目の前に展開したドラムセットを模した紫色の魔法陣を力強く叩く。
アップテンポのドラムストロークに歪んだギター、地を這うような低いベースライン、音に彩りを与えるキーボード。
楽器隊の奏でるイントロに、観客たちがどんどん盛り上がっていく。
ユニオンメンバーの協力によって緑や青のスポットライトがリズムに合わせて切り替わり、ステージを華やかに派手に照らしてくれている。
異世界に来て初めての本格的なライブだ。テンションが振り切った俺は、その勢いのままマイクに声を叩きつける。
ハコでやるライブは野外でやった時よりも反響し、ガンガンと音が響いていく。
だけど観客たちは戸惑うことなく、むしろ興奮が増している様子だった。
そのまま一曲歌い終え、一息吐く。
興奮しすぎて一曲歌っただけで呼吸が荒くなったから、ゆっくりと深呼吸して落ち着かせる。
観客たちは爆発したように歓声を上げていた。これはセルト大森林だけじゃなくて、ヤークト商業国にも音楽ブームが来そうだな。
楽しくなって小さく笑っていると、ふと観客席の一番後ろの方に子供たちがいるのが見えた。
その身なりはボロボロで、髪もボサボサ。頬は痩け、酷くやせ細っている。
あれは……もしかして、スラムの子供か?
今回はチケット制で、料金を払わないと入れないはず。スラムに住んでいる子供が払えるとは思えないし、どこかから勝手に入ってきたのか?
そんなことを考えていると、観客の一人がその子供たちに気付いて声を上げた。
「おい、お前ら! スラムのガキだな!? どうしてこんなところにいる!」
「てめぇら金払わずに入ってきただろ!? てめぇらみたいなのが入っていいところじゃねぇんだ! 早く出て行け!」
一人が気付くと周りの人たちも子供たちに気付き、声を荒げて出て行かせようとしていた。
それを見た瞬間、俺はすぐのマイクに向かって声を張り上げる。
「ーーちょっと待った! そこ、落ち着け!」
俺の声に観客たちは後ろを振り返る。
子供たちは怒声を上げられ、全員から視線を向けられて怯えていた。
このライブハウスで、そんな顔をするのはーー禁止だ!
「ーー音楽に年齢も性別も種族も貧富の差も関係ない! 誰であろうと平等に楽しむ権利がある! それと、ライブ会場では喧嘩は御法度だ!」
俺の注意に子供に怒鳴っていた人が気まずそうに顔を逸らす。
怯えている子供たちに向けて、俺は優しく声をかけた。
「勝手に入ってきたことはあまりよろしくないけど……聴きたかったんだろ? だったら、今日は特別だ。遠慮することなく聴いていってくれ」
俺の言葉に子供たちは唖然としながら驚いていた。
多分、バレたから強制的に放り出されると思ってたんだろう。
そんなこと、俺が許すと思ってんのか?
「ーーもう一度言う! 音楽は誰にでも平等だ! 喧嘩せず、楽しんでいってくれ! んじゃ、気を取り直して次の曲!」
一度言葉を切って、俺は静かに曲名を言い放った。
「聴いてくれーー<宿した魂と背中に生えた翼>」
今の状況にはこの曲がぴったりだと思う。
そして、この曲は少し特殊だ。
この世界に来た時はもう歌えないだろうな、と思ってたんだけど……サクヤのおかげで歌えると分かった。
ゆっくりと息を吸い、意志を持ってマイクに向かって歌い上げる。
「センセーション? そんなもん殴り飛ばせ イマジネーション? それがなきゃ人間じゃねぇ」
イントロはなく、いきなり始まったAメロは完全に俺のソロパートだ。
Aメロを歌う俺の声は、ボーカルエフェクターという声を加工する機械を使ってラジオボイスに変わっている。
もちろん、この異世界にそんな機械があるはずない。
だけどこの魔装、マイクは俺の意志一つでボーカルエフェクターがなくても声を加工することが出来る機能があった。それに気付いたのはサクヤのおかげだ。
サクヤの魔装、キーボードは自分の意志で音色を変えることが出来る。それを見てもしかして、と思って試してみたら見事に声を加工することが出来た。
篭もったような響きの歌声でAメロを歌い上げ、そこから楽器隊の出番だ。
ウォレスの小刻みに早いドラムストロークに、真紅郎のスリーフィンガーによる速弾き、そこにやよいの擦れたような長く潰れたギターの音色が入る。
最後にサクヤのキーボードが曲を華やかにさせ、Bメロに入った。
「ロックは 俺の魂に 刻んでる 旅の道具は それだけで 充分だ」
縦ノリのアップテンポでがっつりロックテイストの勢いのまま、叩きつける……いや、殴りつけるようにサビを歌い上げる。
「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」
最後のフレーズでシャウトし、続けてサビを歌う。
「音楽は世界を救う いや救うのは俺だ 誰にも譲らねぇ 祈りより大事だろ? 刻め、ロックは ここにあるんだ」
ガンガンと熱いこの曲に、観客たちは感化されるように怒号のような歓声を上げ続けていた。
子供たちも声を張り上げて負けじと腕を振って盛り上がっている。
いいぜ、その調子だ。もっと盛り上がれ、もっと熱くなれーー!
そのまま俺は、俺たちは演奏を続けラストサビが終わる。
疾走感そのままに曲を終えた瞬間、今日一番の歓声が巻き上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をしながらチラッとやよいたちに目を向ける。
Realize全員汗だくで、息も絶え絶えになりながら、それでもその顔には満足そうに笑みが浮かんでいた。
俺も笑顔で返しながら、俺たちの中で一番楽しそうにしているサクヤに声をかけた。
「どうだ、サクヤ?」
「……音楽、面白い。最高」
親指を立ててそう返すサクヤの頭をガシガシと乱暴に撫でてやると、抵抗することなく受け入れていた。
「まだまだ行くぞ? 大丈夫か?」
「……当然。まだまだ足りない」
気合い充分なサクヤ。俺たちだってまだまだ足りてないさ。
さぁ、まだライブは終わってない。
「次の曲は<リグレット>!」
そのまま俺たちは二曲、三曲と続ける。こんなに楽しいライブはこの世界に来て初めてだ。
そんな最高な時間はあっという間に過ぎ去り、今回のライブも大成功だった。
ついでに、チケットの売り上げはかなりのもので、手伝ってくれたユニオンメンバーに支払う依頼料を差し引いても、かなりの黒字。命の危険を冒すことなく稼げたのはかなりいいな。
ちなみにグランさんも結構稼げたらしい。ウォレスと二人でニヤニヤと笑い合っていた。
と、そんな感じで俺たちはライブを大盛況で終わることが出来た。
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