八曲目『氷属性魔法』
「そういうことか……」
魔装であるシャムシールを構えたアスワドを見て、俺は思わず呟いた。
手品のようにどこからともなくナイフを取り出せたのは、魔装の収納機能を使っていたからだ。
それにしても、魔装のアクセサリー形態って服にも出来るのかよ……。
「さすがファンタジーな世界だ」
動揺していた心をどうにか落ち着かせて、剣を構える。
「じゃあ……行くぜ?」
シャムシールを右手に持ったアスワドが姿勢を低くしながらニヤリと笑い、地を這うように走り寄ってきた。
「おらぁ!」
低い体勢から下からすくい上げるように剣を振り上げてくるアスワド。それに対して俺は剣を振り下ろして防ぐ。
防いだと同時にアスワドはその場で一回転して左後ろ回し蹴りを放ってきた。
「ーーぐっ!」
向かってくる蹴りを後ろに下がることで避けたものの、アスワドは蹴りを外した勢いのまま一回転し、遠心力を使ってシャムシールを振り下ろしてきた。
咄嗟に剣で防いだけど、全身の力を使って振り下ろされたアスワドの攻撃に膝を着きそうになる。
「どうしたぁ! そんなもんかぁ!?」
怒声を上げながらアスワドは右手を鞭のようにしならせ、シャムシールを薙ぎ払ってきた。
「まだまだぁぁ!」
俺も怒声を上げて返しながら剣で攻撃を防ぎ、そのままシャムシールに剣を擦りながら前に出る。
「ーーシッ!」
短く息を吐き、シャムシールを弾いてから返す刃で右斜め上から剣を振り下ろす。同時に、アスワドは弾かれたのを利用して俺に背中を向け、後ろ向きのまま剣を振ってきた。
ぶつかり合う剣とシャムシール。甲高い金属音が響いた。
「はんっ、やるじゃねぇか」
「お前もな」
口角を歪ませるアスワドに、こっちも口角をつり上げて笑って返す。
本来、シャムシールの方が得意武器なんだろう。ナイフを使っていた時よりも強くなっていた。
「……フッ!」
そこでサクヤが俺とアスワドの間に乱入し、俺を押しのけてアスワドに向かって右の前蹴りを放つ。
「おっと! またか、ガキ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
「……黙れ」
アスワドを睨みながらサクヤは前蹴りをした右足を戻しながら左足でジャンプし、宙に舞いながら左の前蹴りを放った。
蹴りの二連激に対し、アスワドは蹴りに合わせてバク転して避けてみせた。
「……避けるな」
「だったら避けられない攻撃でもしてくるんだな」
アスワドの挑発にサクヤの睨みがキツくなっていく。アスワドとサクヤは相性が悪いな。
「サクヤ下がれ! 俺がやる!」
「……やだ。こいつはぼくが、ぶっ飛ばす」
「やれるもんならやってみなぁ!」
あぁ、もう! 俺の言うこと全然聞かなくなってるし!
仕方がない、どうにか俺がサクヤに合わせるしかないか。
「<アレグロ!>」
素早さ強化の魔法を使ってからアスワドに向かって走り出す。
サクヤに気を取られていたアスワドは、俺の接近に気付くとサクヤを強引に蹴り飛ばしてシャムシールを振ってきた。
また剣とシャムシールがぶつかり合う。右、左、上と連続で剣を振っても、アスワドは即座に防ぎながら俺に攻撃してきた。
素早さを強化しているのに、アスワドは対応して速度を上げてくる。この様子だとまだ速度が上がりそうだな。
野性的な苛烈な攻撃。猫科の動物のような敏捷性。曲芸師のようなアクロバティックで読み辛い動き。
対人戦はあまり経験がないけど、今までで一番やり辛い相手だ。
「……無視する、な!」
俺とアスワドの攻防に、サクヤがまた乱入してくる。
アスワドは舌打ちしながら向かってくる右拳を避け、距離を取った。
「ったく、俺の楽しみを邪魔するんじゃねぇよガキ」
「……お前の相手は、ぼく」
「てめぇじゃ相手にならねぇんだよ」
アスワドとサクヤが話している内に、俺は剣を左の腰元に置いて居合いのように構える。
剣身に魔力を集め、魔力と剣を一体化させるように集中。
「っと、そいつはヤバそうだな……ッ!」
野生の勘が働いたのか、アスワドは俺の邪魔をしようと地面を蹴った。
だけど、その前にサクヤが間に入って邪魔をする。
「邪魔だ! ガキ!」
「……うるさい」
サクヤがアスワドの邪魔をしている間に、準備は完了した。
深く息を吐きながら、アスワドに顔を向ける。
「<アレグロ!>」
もう一度素早さ強化の魔法を使い、居合いの構えのまま体勢を低くする。
そして、左足で地面を蹴って弾丸のように飛び込んだ。
「ーーサクヤ!」
走りながらサクヤの名前を叫ぶと、サクヤは渋い顔をしながらその場から飛び退いた。
止まることなく走り、アスワドに向かって剣を薙ぎ払った。
「ーーレイ・スラッシュ!」
俺の必殺技、魔力を込めた一撃をアスワドに向かって放つ。
アスワドは向かってくる光の一撃に対してーーニヤリと笑みを浮かべていた。
「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ。我が戦火を司る軍神よ。今こそ手を取り我が征く道を指し示せ>」
魔法の詠唱をしていた。
ここで魔法の詠唱? しかも、これは……混合魔法!?
一瞬、驚いたけどもう俺の動きは止められない。振り切るしかない!
「ーー<アイス・シャックル>」
そして、魔法が行使される。
アスワドの足下から俺に向かって地面が凍り始めた。
レイ・スラッシュを放とうとしている俺に、それを避ける手立てがない。
広がっていく氷が足下まで来ると、一瞬にして俺の両足が凍り付いてしまった。
「ーーなっ!?」
その場で動きを止められてしまい、レイ・スラッシュが不発に終わる。
熱いはずの砂漠地帯に発生した冷気にら流れていた汗が凍り付いていく。
「……残念だったな。どうやら強力な一撃を放とうとしてたみてぇだけどよぉ、そう簡単にやらせると思ってんのかぁ?」
パキ、パキと俺に向かって真っ直ぐに伸びる氷を踏みしめ、シャムシールの峰で肩をトントンと叩きながらアスワドが近づいてくる。
マズい、すぐに凍った足をどうにかしないと!
「ーーやらせねぇよ?」
右手に持っていた剣で氷を砕こうとする前に、アスワドが氷を踏み砕く。すると俺の足を凍らせていた氷が上ってきて、右腕が凍り付いてしまった。
「く、そ……ッ!」
完全に凍ってしまい、身動きが取れなくなる。徐々に手の力が入らなくなり、剣を取り落とした。
「どうだ、俺の<氷属性魔法>は? 少しは涼しくなったか?」
氷属性魔法。水属性と風属性の混合魔法だ。
二つの属性を混ぜ合わせるのは熟練の魔法使いでも難しいとされているのに、アスワドはまるで息をするように簡単にやってのけていた。
甘かった。完全に俺の油断が招いたことだ。
たしかに、アスワドの実力はロイドさんよりも低い。それでも、アスワドは黒豹団のリーダーなんだ。なら、それに比例する実力があってもおかしくなかった。
アスワドは俺の目の前まで来ると、シャムシールを俺の首もとに置いた。
「ーー言い残すことはあるか?」
氷のように冷たい剣身を俺の首に当てながら、アスワドは笑みを浮かべて問いかけてきた。
抵抗しようにも身動きが取れないし、冷気に体力が奪われて頭がぼんやりしている。
このままだと俺は、殺されるーー!
「ーーやらせ、ない!」
俺のピンチを救ったのはサクヤだった。
サクヤはアスワドに突進すると、紫色の魔力を拳に纏わせている。そして、強い踏み込むと共に右拳を突き出した。
「ーーレイ・ブロー!」
サクヤの必殺技、音属性の魔力を拳と共に放つ攻撃がアスワドに向かっていく。
アスワドは一瞬の判断でその場から飛び退き、ギリギリ攻撃を躱した。
「危ねぇな! またか、ガキ! さっきから邪魔ばっかりしやがって!」
「……ちっ、外した」
攻撃は避けられたけど、サクヤのおかげで一命を取り留めた。
さらに、真紅郎が俺の状態を見てすぐに銃口を俺に向けている。
「タケル、動かないでね!」
銃口から放たれた魔力弾が、俺の足下に広がっている氷を撃ち砕いた。氷から解放されたけど、力が入らずその場で倒れそうになるのをいつの間にか近くにいたやよいが抱き留めてくれた。
「ーーウォレス! 退却!」
「オーライ!」
やよいの指示にウォレスはスティック型の魔装に展開していた魔力刃で地面を何度も斬りつける。
モクモクと立ちこめる砂煙に紛れ、俺たちはどうにか逃げ出すことが出来た。
俺たちがユニオンメンバーになって初めての、依頼失敗だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます