二十曲目 『決意の夜』

「皆様、おめでとうございます」


 試験が終わり、城に戻るとカレンさんが深々と頭を下げて出迎えてくれた。どうやら俺たちがユニオンメンバーに合格したことを知っていたようだ。

 頭を上げたカレンさんは俺たちを……というよりウォレスをジッと見つめる。一人だけ合格していないウォレスはカレンさんの視線に気まずくなったのか目を背けた。


「……王より合格祝いとして一緒に食事を、とのことですので準備が出来ましたら食堂へお願い致します」


 あえてなのかウォレスには何も言わずにそれだけ伝えると立ち去ろうとしたカレンさんは、ふと足を止めた。


「皆様がユニオンメンバーに合格したこと、まるで自分のことのように嬉しく思います。ですが、これからあらゆる困難が待ち受けているでしょう。油断なさらぬよう、お気をつけ下さいませ……皆様でしたら、言わなくてもお分かりかと思いますが」


 いつも無表情のカレンさんがそう言いながらわずかに微笑んだ。俺たちを思っての言葉に頷いて返すと、カレンさんはまたウォレスをジッと見つめる。

 そして、何も言わずに去っていった。


「……何も言われないって、結構キツいぜ」


 ウォレスはガックリと肩を落としながら呟く。罵倒されることも、皮肉を言われることも、ましてや元気づけるような言葉もなく、ただ無言で見つめられる……俺だったら逃げ出したくなるな。

 落ち込んでいるウォレスの肩をポンッと叩いてから食堂へ向かっていると、俺たちに気付いたリリアが駆け寄ってきた。


「タケル様! 合格おめでとうございますわ!」

「ありがとう、リリア」

「あ。他の勇者様の方々もおめでとうございます」

「……まるでついでみたいな言い方」

「え? 今、何か言いましたか?」


 やよいがボソッと呟いた言葉はどうやらリリアには聞こえなかったみたいだけど、別にリリアはそんなつもりはなかったと思うぞ?

 窘めるようにやよいを睨むとプイッとそっぽを向かれた。どうしてこうやよいはリリアを毛嫌いするんだろう、と首を傾げていると突然真紅郎に肩をポンッと叩かれた。

 

「……え? 何?」


 真紅郎はやれやれと頭を振ってまたポンポンッと叩いてくる。何なのかよく分からないままリリアと一緒に食堂に入ると、王様がイスに座っていた。


「おぉ、来たか。待っていたぞ」

「すいません、お待たせしてしまって」

「いやいや、構わん。それより、勇者たちよ。ユニオンメンバー合格、本当におめでとう。さすがは勇者と言ったところだな」


 俺たちを誇らしげに見ながら王様は褒めてくれてるけど、どうやらウォレスだけ合格してないことは知らないらしい。どうしよう……でも黙ってるのもなぁ。


「あの、王様。一つ言わなければならないことが」

「む? どうかしたのか?」


 チラッとウォレスを見ると、ウォレスは暗い顔をしながら静かに頷い

た。言っていい、ってことだな。


「実は、その……ウォレスだけ、不合格だったんです」

「…………え?」


 衝撃の事実に王様は思わず動きを止めた。目を丸くさせ、ウォレスを見やる。ウォレスは何も言えずにそっと目を反らす。俺が言っていることが本当だと分かった王様は数秒の間を空け、咳払い。


「ま、まぁ、とにかく夕食にしようではないか」

「……すいませんアイムソーリー

「さ、さぁ勇者たちよ、席に座るといい」


 か細い声で謝るウォレスを気遣って王様が席に座るように促してくる。フルフルと肩を振るわせているウォレスの姿は、正直いたたまれないな。

 そんなこんなで席に座ると、夕食が運ばれてきた。豪華な食事に舌鼓を打ちながら王様やリリアと談笑する。だけど何故かリリアと話しているとやよいがジロッと睨んでくるんだよな。真紅郎は苦笑いを浮かべてまた肩をポンッと叩いてくるし、本当に意味が分からない。

 そして、その間ウォレスは終始無言だった。うん、ドンマイ。

 食事が終わる頃、王様が口を開いた。


「これから先、ユニオンでの依頼で色んな旅をすることだろう。そうなれば魔族と出くわすこともあるかもしれん。決して死なぬよう、気をつけるのだぞ」


 王様の言う通り、ユニオンで依頼をこなしている内に魔族と出会うかもしれないんだよな。それまでに強くなっておかないと。

 そう決意しているとリリアが羨ましそうに俺たちを見つめていた。


「旅、いいですわね……私も世界を回ってみたいですわ」

「こら、リリア。勇者たちは遊ぶために旅をするのではないぞ?」

「分かってますわ。でも、羨ましいですわ。タケル様、いつか私に旅のお話をして下さいな」

「あぁ、いいぞ」


 リリアは国から気軽に出られる身分じゃないからな。俺の話で満足出来るなら、いくらでもしてあげよう。


「……ふん」


 やよいが不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。だから、どうしてそんなに毛嫌いするんだよ。

 様子のおかしいやよいを後目に、王様との食事を終えた俺たちは部屋に戻ってきた。部屋に入った瞬間、ソファーに力なく座ったウォレスは深いため息を吐く。


「はぁぁ……最悪だスクリューアップ

「まぁまぁ、明日また試験を受けられるんだから」


 かなり落ち込んでいるウォレスの隣に座った真紅郎が元気づける。ここまで落ち込んでいるウォレスは初めて見たな。


「ま、気にしてても仕方ないだろ。試験のことじゃなくて別の話でもしようぜ。そうだな……音楽とか」


 このまま試験の話をしてるとウォレスがどんどん暗くなりそうだし、違う話でもして気を紛らわせてやろうと話を振ると、突然ウォレスが顔を上げた。


「音楽! 最近演奏してねぇな!」


 音楽という単語でいつもの調子に戻ったウォレス。単純な奴だな、と小さく笑いつつ話に乗る。


「たしかに。修行とか勉強とかで忙しかったからなぁ」

「それに今のボクたちだと暴発しちゃうしね」


 真紅郎の言う通り、一度ロイドさんの前でライブをしようとした時は合体魔法とか言う魔法が発動してしまい、爆発したんだよな。

 話を聞いていたやよいはその時を思い出したのか顔をしかめる。


「あれはもう二度と経験したくない……でも、今のあたしたちなら爆発しないんじゃない?」

「どうだろうな。あの時よりは魔力操作は上達してるし、もしかしたら大丈夫かもな」


 あの時は魔力を全開にしてたから爆発したんだと、修行をして魔力操作を覚えた今なら分かる。だけど今演奏したら上手いこと出来る気がするな。

 異世界でライブすることが現実味を帯びてくるとテンションが上がったウォレスが立ち上がった。


「いいじゃねぇか! やろうぜライブ!」

「すぐには無理かもしれないけど、たしかにライブはやりたいね」

「あたしもやりたい。ずっと修行とかばっかりでストレス溜まってるし」


 ウォレスをきっかけに真紅郎とやよいも同意する。もちろん、俺もだ。やるなら場所が必要か。それに観客も。この異世界では音楽という文化そのものがないようだし、理解してくれるか不安もあるけど……。


「オレたちなら大丈夫だろ! 音楽は異世界だろうと受け入れてくれるはずだぜ!」


 そうだな。うん、そうに違いない。

 魔力を操作すれば合体魔法を発動しなくてもライブが出来るはずだし……ん? ライブ……魔法……。


「なぁ、合体魔法じゃなくて<ライブ魔法>って呼ばないか?」

「いいね、それ。ボクは賛成」

「あたしも」

「おぉ、いいじゃん! オレも賛成アグリー!」


 ふと思いついてみんなに聞いてみると、賛成してくれた。よし、これからは合体魔法をライブ魔法と呼ぶことにしよう。

 それから俺たちはいつライブをやるのか、場所はどうするのか、曲は何をやりたいのか話し合う。異世界に来てから音楽のことをあまり話せてなかった反動なのか、会議はどんどん熱を上げていった。

 会議で少し疲れた俺は夜風に当たるために窓を開け、バルコニーに出た。頬を撫でる静かな夜風。夜空に浮かぶ月。眼下に広がる城下町。それらを感じながらふと会議をしているウォレスたちを見て、思わず笑みがこぼれた。


「元気だな。試験のこと、忘れてるだろ」


 異世界に来ても俺たちは音楽のことになれば元の世界にいる時と変わらなかった。やっぱり、どこに行っても俺たちは変わらない。音楽が好きで集まった、家族のような仲間だ。

 でもこれから先、ユニオンメンバーになった俺たちは色んな国に行って、モンスターや……魔族と戦うことになる。そんな時でも、変わらずにいられるのか。

 ぼんやりと月を眺めながら考え事に耽っていると、やよいもバルコニーに出てきた。


「何してんの?」

「ちょっと夜風に当たりにな」

「……カッコつけ」

「うるせぇ」


 やよいはクスっと小さく笑うと俺の隣に来て一緒に月を眺める。フワッと夜風に揺れる黒髪を手で押さえながら、やよいは呟いた。


「異世界でも月は一つなんだね」


 濃紺の星空に一つだけ浮かぶ丸い月を見つめる。その月は元の世界と変わらないように見えた。もしかしたら、ここはもう一つの地球なのかもしれないな。


「そうだな……異世界でも、月は綺麗だな」


 そう返すとやよいは俺に顔を向けてくる。ほんのりと頬が赤い気がするけど、どうしたんだろう?


「……何それ、告白?」

「は? なんでだよ?」

「……だよね。タケルがそんなこと言うはずがないもん」


 呆れたようにため息を吐くやよい。どうして月の話から告白に繋がるんだ?

 首を傾げているとやよいは俺をジトっと睨みながら口を開いた。


「そう言えばタケル、最近お姫様と仲がいいよね?」

「リリアか? まぁ、否定しないけど」

「……好きなの?」

「はぁ?」


 脈絡もなくそんな話をしてくるやよいに思わず変な声が出た。俺がリリアを好きだなんて、ありえない。


「んな訳ねぇだろ。リリアはなんて言うか……もう一人の妹、みたいなもんだよ」

「ふぅん、そうなんだ」

「……なんか、信じてない気がするな」

「さぁてね。ま、タケルが言うならそうなんだろうけど、あっちはどうか分かんないよ?」


 それはつまり、リリアが俺のことを好きだって言いたいのか? それこそありえない気がするけど。

 否定しようとした時、やよいは「ん?」と首を傾げてから問いかける。


「もう一人の妹って言ったけど、まさかそのもう一人って、あたしのこと?」


 やよいの問いかけに頷いて返すといきなり足を蹴られた。


「いって! いきなり何するんだよ」

「別に。ていうか、いつからタケルの妹になったのさ」

「いや、別に妹みたいなってだけで本当の妹じゃ……いって!」


 また蹴られた。しかも結構強めに。足をさすってやよいを睨むと、鼻で笑われた。


「まぁ、別にいいけど」

「なら蹴るなよ」

「ふんっ。じゃあ、あたしが妹ならウォレスは?」

「ウォレスか……あいつは手のかかる兄?」

「同い年なのに?」

「そうなんだけど、あいつ長男だからなのか、たまに兄っぽいことするんだよな」

「たしかに。いつもはバカだけどね。だったら真紅郎は?」

「……母親?」


 そう答えるとやよいは小さく噴き出した。


「あはは! それ、真紅郎に言ったら怒るよ?」

「だよな。内緒だぞ?」

「どうしようかなぁ。あ、今度ご飯奢ってくれたら内緒にしててあげるよ、お兄ちゃん?」

「うわ、可愛くねぇ。いって!?」


 す、脛はダメだろ。めっちゃいてぇんだけど。

 それから色んな話をしていると、やよいは城下町を眺めながら口を開く。


「早く元の世界に戻りたいね」

「……そうだな」


 王様が言うには、魔族を倒せば元の世界に帰れるらしい。それまでにどのぐらいの年月がかかるのか、想像もつかない。

 やよいは遠い目をしながら呟いた。


「……帰れるかな」


 その言葉に、色んな感情が込められているのを感じた。やよいは不安なんだろう。これから先、俺たちは旅をして戦っていかなきゃならない。もしかしたら死ぬかもしれない危険な旅だ。

 だけどーー。


「ーー大丈夫だ。絶対に帰れる」


 絶対に帰る。誰も欠けることなく、生きて必ず帰れる。俺たちはここで終わる訳にはいかないんだから。

 ウォレスも、真紅郎も……そして、やよいも。絶対に死なせない。


「俺が、必ず元の世界に帰してやる」


 そう言うと、やよいはムッとした表情で俺を見つめてきた。


「タケル一人じゃ無理でしょ。ウォレスと真紅郎、あとあたしも入れた全員で頑張ろうよ」

「……あぁ、そうだな」


 もちろん、俺もそのつもりだ。だけど、もし。万が一の時はーー。


「俺が、守ってみせる」


 心の中で決意し、思わず心の声が漏れる。ウォレスや真紅郎もだけど、やよいは絶対に守らないといけない。そうしないといけない理由が、俺にはあるんだから。

 俺が言ったことが聞こえたのか、やよいは顔を険しくさせていた。


「ねぇ、タケル。あのさ……」 

「ヘイ、二人とも! いい加減に戻って来いよ! ライブする場所どこにするかまだ決めてねぇんだ、お前らも考えてくれよ!」


 やよいが何かを言おうとして、ウォレスの呼び掛けにかき消されてしまった。


「分かった、今行く! やよい、何か言ったか?」

「……ううん、なんでもない」


 何か言いたそうにしながらもやよいは部屋に入っていく。俺もバルコニーに出ようとして、ふと振り返って月を見つめた。


「……絶対に、守らないと」


 最後にもう一度決意を固めてから、部屋に入った。

 これからのことは置いといて、俺たちは夜が更けるまでライブの会議を続けた。

 次の日。再試験を受けたウォレスはギリギリ合格を貰い、俺たち全員ユニオンメンバーになることが出来た。


 そして、一か月の月日が流れた。

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