ロイと吸血鬼【3】


ドルフ帝国、帝都ハンブルクにあるアストロール教導院。主に未来の帝国を担う兵士を養成するために作られた帝国内最高の学校。

その校内の部屋の一角に退院した翌日、医者からの伝言を元に部屋の中へと入った。目の前にはデスクを前に座る銀髪の少女。


「やっと来たわね」


少し顔を強張らせて、


「何のようだ」


「何のようって前の続きだけど?」


「俺の体に何をした」


決して心を許すわけにはいかない。目の前にいる銀髪の彼女は俺の体に起きた異変の正体を知っている者だ。さらに戦えばおそらく10回中10回は殺される。心だけではなく、気すらも許すことはできない相手だと言える。


だが、病院で自分の体に起こったことの恐怖と焦りが俺の判断を間違えさした。

だから、


「おい!答えろ!」


思わず叫んでしまう。

銀髪の少女は高らかと笑うと一変、表情を変えて目の前のデスクを蹴り飛ばした。


「立場を分かってないようね」


「質問に答えろ」


戦えば勝てないと分かっている。だけど、違和感があった。胸につけているバッチが学生という身分を示しているのにもかかわらずも見たことがない人物だということ。もし、見たことがあるならばこんなにも特徴的な銀髪の少女を忘れるはずがない。

と言うことは……


部屋にピリついた空気が流れる。


数秒後、腰に隠していた拳銃『M9』を素早く取り出し、銀髪の少女に向ける。刹那、俺は少女に銃を。手に持っていたはずの銃は少女の手の中に。


「言ったでしょ?立場をわきまえなさい」


可愛げのある少女の声は低温でどこか冷たく感じる。


こいつ、何者だ……!?


突きつけられている拳銃を左手で抑え、銃口をずらした後反撃に出る。少女は軽く受け流すと銃を手放し、距離をとった。

そして……


「私は《吸血鬼ヴァンパイア》よ。あなたもね」


銀髪のストレートヘアーに赤い瞳。スラリとした体型に今にも壊れだしそうな肢体を持つ少女は言った。伝説やお伽話でしか出てこないような怪物の名を。

そう、“《吸血鬼ヴァンパイア》”と。


到底、言っていることは理解出来ない。俺も吸血鬼?ふざけた事を言うな。俺はれっきとした人間だ。それを吸血鬼扱いなど言語道断だ。


「俺は人間だ」

「えぇ」


少女は不気味な笑みを浮かべながら相槌をうつ。


「だから、吸血鬼ではない。第一、お前が吸血鬼だと言う証拠はあるのか?」

「あははっ、そう言うと思った」


少女はゆっくりと近づいてくると俺が持っている拳銃を自分の額に当てた。


そしてーーーー


「さぁ、撃ちなさい」

「は?」


何を言ってるんだ?撃て?バカな。この距離なら絶対に外さない。避けることも不可能だ。それを撃てなどという確信でもあるというのか。


戸惑っている俺を見かねたのか少女は引き金にあてていた俺の指を押した。

刹那、乾いた音が室内に響く。


ーーバン!


少女の額からは赤い液体が流れ出ている。だが、少女は倒れない。下を向いたまま動かない。


たったまま死んだのか。


弾丸を頭部に受けても立ったまま死ぬのは単純に尊敬するべきところだろう。普通なら不可能だ。


少女の額から一滴、また一滴と赤い液体がこぼれ落ちる。


「ね?死なないでしょ?」


少女はニッと笑いながら下を向いていた頭部をあげて目を見た。


「っ!!!??」


驚きのあまり声すら出ない。頭部に弾丸を受けてもなお、生きている人間がいるだろうか?いや、いるはずがない。そんなことができる人間がいたとしたらそれは化け物と言うのにふさわしいだろう。


「さっ!これで私の話は信じてくれたかしら?」


ヘラヘラする少女。その姿はまさに異様でどこか見入ってしまうような美しさを持っている。


弾丸を受けた頭部の傷はすでに塞がっている。


「お前……何者だよ」


「だから、さっきも言ったでしょ?《吸血鬼ヴァンパイア》だって」


「いや、でも……」


唐突すぎて頭がついていかない。それもそうか。だって目の前にいるのは伝説の吸血鬼ヴァンパイアなのだから。


「私の名前はニーナ=リリガルト。ニーナで構わないわ」


ニーナと名乗った銀色に輝く髪の少女。戦場には不釣り合いな見た目をしているのにもかかわらず、そのオーラは今まで見てきた軍人の中で群を抜いていた。


「あなたはロイ=フィルバートであってるのよね?」


「あぁ、よく知ってるな」


「まぁね」


語ったことも無い俺の名前を言い当てたことに対し、純粋に感心しているとニーナは嬉しそうに笑った。


「ところで、俺が吸血鬼ってどういうことだ?」


先程とは違って冷静に言葉が出た。ニーナの言っていることが正しいと思ったからか、もしくは彼女に勝てる確率は絶対に無いと実感できたからか、どちらかは分からない。

だが、少し落ち着いたことは確かだ。


「病院で不思議なことはなかった?」


「あっ」


思わず声を発してしまう。撃ち抜かれたはずの胸、切ったはずの腕と、まるでニーナと同じような現象が俺自身の体でも起こっていたからだ。


「傷が消えたな」


「そう、それが吸血鬼に共通する能力の一つよ」


「共通?」


「えぇ、不死の力と常に魔力暴走が起きてる状態が続いているのが吸血鬼に共通することね」


だから、俺の目が生まれつきの黒色から赤色になっているのか。

また一つ疑問に思っていることが解けた。

だが、まだ疑問が残っている。それは、俺はいつ吸血鬼になったのかということだ。まぁ、考えられるは一つなのだが。


「いつ俺は吸血鬼になったんだ?」


「あなた達学生兵が投入されたラグナル戦線よ」


「だろうな」


あまりにも予想通りすぎて思わず苦笑してしまう。その様子を見たニーナはニヤリと笑っている。


「分かってたのね」


「そりゃあ、俺はあそこで死んだはずだったからな」


「へー、意外とまともな奴だったのね。ギャーギャー騒ぐだけのガキかと思ってたわ」


「ガキって……」


ガキってお前の方がどう見てもガキだろと言いかけたがすんでのところでグッと抑えた。

もし、ガキと言っていたら軽く腕の一、二本は折られていただろう。だって、凄い目で今、俺のことを睨んでいるのだから。


「ところで」


話題を変える。

何とかしてこのハンターの意識をそらさなければ。


「さっき銃声が鳴ったけど大丈夫なのか?教官とかが来ないか?」


「あぁ、それね」


どうやら話題を逸らすことに成功したようだ。


「『結界魔法』を張ってるから大丈夫よ」


『結界魔法』とは機密情報のやりとりする時などに使用される魔法のことである。基本的に高度な魔導士にしか使用することができず、もちろん俺らみたいな訓練兵には当然無理であるのだが、それをもやってのけるこの人は……


「ははっ、すげぇな」


純粋に感心するしかない。この少女は高度な魔導士に不死の吸血鬼なのだ。最強としか言いようがない。

だが、この少女はキョトンとした様子で「え?できないの?」という表情をしている。

何だこの女。喧嘩を売ってるのか。



俺は先刻までの警戒心が解け、いつのまにか彼女に心を許していた。強く、可憐で美しい赤い瞳に銀髪の少女は警戒心を解く魔法でも持っているのだろうか?

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