忌み人は闇と踊る(3)
「――という訳で、あたしと
「あら、それはいいわね。学院で聞けない相談事も、うまく聞き出せるかもしれないもの」
「ま、まあそっち目的って言うよりは、本来の友達としてのトークをするつもりですけど」
今日事務所にいるのは
「
「こっちも色々調べてはいるのだけれど……。多分、祥子ちゃんご自慢のデータベースにはとうに登録済みの、ありきたりな情報ばかりじゃないかしら」
む。
「例えばそれは?」
「
確かにあたしの知っている情報ばかりです。そこまでは。
「少し気になった情報としては――小学校時代の部活で、いじめの問題があったみたい」
「円城寺さんが……いじめ……!?」
「ああ、違うのよ違うの」
安里寿さんは組んでいた足を降ろして身を乗り出すと、慌てて手を振り否定します。
「いじめられていたのでもいじめていたのでもないわ。むしろ彼女はその騒動を仲裁する側に回っていたの。当時、円城寺さんの所属していたテニス部で陰湿ないじめが起こっていてね」
「あ……なるほど。円城寺さんらしいかもです」
「いじめの対象になっていた子を円城寺さんが代表になって何人かで守ってあげていたみたいね。まあ
「嫌ですね……。女王様気取りの子でもいたんでしょうか。可哀想に……」
あたしは幸運にも、こんなに地味で平凡な見た目の中に偏った嗜好を隠し持ちながらも、そういう負の感情を向けられることなく平々凡々と今日まで過ごしてくることができました。
ですが、いつだっているんです。弱い者、人と少しだけ違った者を見下しては叩いて排除したがる人が。そうしないと、自分の方が強くて正しいと思えない、心の弱い哀れな人が。
「最終的には、円城寺さんたち擁護派グループがその子を保護したことでいじめは無くなっていったそうよ。さすがに真っ向からいじめている側に対抗することはしなかったみたい。この手合いはいくら説得して争ったところで無駄だもの。賢いわね、この円城寺さんって子は」
「被害者の子って、その後どうなったんです?」
「そこなのだけれど――」
急に安里寿さんの口調が歯切れ悪くなりました。椅子の上で腕を組み、天井を見つめます。
「いじめに遭っていたのが小学四年生の時。その後平穏にテニスを続けていたのだけれど、御両親の都合で小学六年生の夏休み終わりに転校しているわ。ただ……転校後の情報は無し」
「へぇ。安里寿さんたちでも調べられないことがあるんですね」
「今のところは、ってことよ」
何の気なしに発したあたしの台詞に、少し不満そうに安里寿さんが言葉を差し挟みます。
「それにね? あまり不用意に周囲で波風立てると、こういう経験のある子って案外同じような目に遭っちゃうことが多くって。前の学校で何かあったんじゃないかってね。怖いのよ?」
「そ、そっか……」
他人の過去や噂話、ゴシップが大好物の悪趣味な人は、悲しいことに少なくありません。
「でもまあ、今回の件にはあまり関係なさそうですもんね」
「いずれにせよ情報収集は続けるわ。けれど今言ったとおり、まだこれといった手掛かりになるような情報はゼロ。で……肝心のメッセージアプリのアカウントについてだけれど――?」
そこで何故か安里寿さんはソファーの上でストレッチじみたポーズをとって寛ぎ中の美弥さんに遠慮気味の視線を向けます。美弥さんは知らぬフリをしつつ、ふん、と鼻を鳴らします。
「……ちゃんとやってるってば。でも。手強い。なかなか。尻尾が掴めない」
「え? え?」
至極当然のように美弥さんが答えたので、あたしはなおさら混乱してしまいます。
「えええ!? 美弥さんが調査してるんです? どうやって!?」
「ああ見えて美弥は、インターネットとコンピューターには並外れて詳しいのよ? そっち系の調査事が来た時には、美弥がいないとあたしたちだけじゃまるでお手上げだもの」
「ああ見えて。は余計」
美弥さんは滑らかなカーブを描くように背筋を伸ばして、ふん、と鼻を鳴らすと、猫そっくりの仕草でつんと尖った鼻先を丸めた手で何度も擦ります。黒いセーラー服の隙間からほっそりと引き締まったくびれとキュートなおへそがこんにちは。まったくけしかんですね。うむ。
「ネットと。パソコンなんて。カンタン。ちょこだって。覚えられる。超余裕」
「無理ですよぅ」
「ふふふ、あたしも同じこと言われたわよ。覚えて自分でやったらいいでしょ、ってね。でもその第一段階が、他人のパソコンへの侵入だもの。レベルが違い過ぎてついていけないわ」
美弥さんって、ますます謎な人です。そういう技能者ってハッカーって言うんでしたっけ。
「LIMEは。登録する時。個人情報を。入力しなくてもいい。でも。端末情報は。持ってる。そこから。所有者を。特定してる最中。ちょっと。時間かかる。とっても面倒臭い……」
ハテナ? と首を傾げるばかりのあたしを見て、安里寿さんが通訳してくれます。メッセージアプリ『LIME』は、利用を開始するにあたって表向きは個人を特定する情報の入力を求めないけれど、どのパソコンやスマホから通信したかなどの情報を自動的に取得しているので、それを使って何処の誰なのかを洗い出すことができる、そういうことなんだそうです。
「スマートフォン経由なら特定は早そうね。でも、その感じじゃ違うんでしょ?」
「そう。違う。だから。面倒」
「せめて、どのへんからアクセスしているか、とか知りたいですよね」
「それは。とっく。経由している。基地局から。このあたりだって。分かってる。近い」
「え……!?」
そんなことまで分かっちゃうんですね!?
と美弥さんの技能に再び驚きつつも、あたしは以前聞いた情報を思い出して納得します。
「で、でも、そっか……。謎のストーカーは円城寺さんの行動を監視してメッセージを送ってきているんでしたよね? だったら、このあたりに住んでいる人じゃなければ無理ですね」
「住んでる。とは限らないよ?」
「通信時にはこのあたりからアクセスしている、ってだけね。不用意に範囲を狭めないこと」
「う、うーん……難しいですよぅ」
今回はあたしの当てずっぽうも出番がなさそうです。ちんぷんかんぷんですもん。そこで急に美弥さんは、あ――と一声上げたかと思うと、あたしたちを呼び寄せてこう告げたのです。
「ちょっと。気になる。投稿を。見つけた。これ?」
そこには――。
『みんなのとか呼ばれて人気だけど、学院外では別っぽ。昨日シカトされたし。超ムカつく』
「これ、もしかして? どうかしら?」
「い、いや、これだけじゃ何とも。それに、たとえそうだったとしても単なる偶然かも……」
投稿者はSt.K高の『xxxRUIxxx』。あたしの桃色データベースを検索してみても、該当しそうな我が校女子は軽く一〇人を超えます。投稿内容も特定の誰かを名指ししている訳じゃありません。それに何より、あの円城寺さんに限って裏表のある性格だとは決して思えなくって。
「うーん……。これ。一件だけだし。気のせい?」
「そ、そうですよ絶対! それに円城寺さんをつけ回してるストーカーを見つけるんですよね? だったらむしろ、この子が一番怪しいんじゃないですか? そうに違いないですって!」
「……ま。いいけど」
急にムキになって怒り始めたあたしを不思議そうに見つめながら、美弥さんは言います。
「でもね? ちょこが。普段見ている。物だけが。真実とは。限らないんだよ?」
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