美しきにはメスを(3)
「はぁ……」
あたしは狭く薄暗い階段の下で溜息を
ちょ、大丈夫だし!を連呼する
で。
結局気付けば、あたしはあの『
「何だか顔を合わせづらいですよねぇ……はぁ」
早くも二回目の溜息。
その時、背後に気配を感じて振り返りますと、
「あれ。ちょこじゃん」
「み、
そこには自称『ペット』のJK、美弥さんの姿がありました。あいかわらず首元には真っ赤な革製のチョーカーが巻かれ、だらりと下げた両手にはスーパーの袋が二つ。何やら大量に詰め込まれていて、いかにも重そうです。いーよ、という制止を振り切って一つ預かりました。
「もう。来ないと。思った」
「あー……まあ、いろいろとありまして」
ふわり、と寂しげに微笑んだ美弥さんの視線を避けるようにあたしはさっと顔を伏せてしまいました。美弥さんはあの夜、あたしと安里寿さんとの間に何があったのかは知るはずもありません。どうなのでしょうか、美弥さんは真実を知っている――知っていてここにいる?
「ちょっと。待ってて」
「?」
重く、ひんやりとしたスーパーの袋という事務所へ上がる口実を得たあたしが階段の一段目に足をかけようとすると、美弥さんが制止します。はて?と思っているうちに、美弥さんはあたしの隣をすり抜け、とんとん、と薄暗い階段を一人で登っていってしまいました。
が、すぐに戻って来ます。
「まだ。駄目。
「よく意味が――」
「ん」
ここ、といち早く階段に腰を降ろした美弥さんが隣に座るよう手招きします。成程、はじめて出会った時に美弥さんがここにいたのには訳があったんですね。正直言って、隣に座るよりはこのまま短いスカートからすらりと伸びたおみ足の隙間から見え隠れするスカイブルーのおぱんつを見ていたかったのですけど……座ることにします。近いですかね。良いですよね。
「お話中って、どなたかいらしてるんですか?」
「違う。電話」
あいかわらず必要最低限以上の言葉を話さない美弥さんですから、知りたければ尋ねるしかありません。これ幸いにと、さらに美弥さんと密着するようにお尻を動かし距離を詰めます。
「どなたとですか? お客様とか?」
「違う。良く知らないけど。電話は電話。ちょこ。くすぐったい」
「はうっ……! すみません、つい」
気付けば美弥さんの脇腹あたりに延び触れていた手を引っ込め、あたしは謝ります。ええ、決してわざとではありません。普段のあたしならこんなことしませんもの。
「それにしても……毎度電話があるたびに外に出されてたらいい迷惑ですよねぇ。そういえばこの中身、何なんです?」
無遠慮にも両足の間に置いてあるスーパーの袋をがさごそ覗き込むと――あるのは大量の缶コーヒーとカップ麺ばかり。これ、どうみても
ふと浮かんだそんな感想に苦笑しつつ、あたしは不思議な気持ちになっていました。
(あたしの中でも、まだ安里寿さんと白兎さんは別人として認識されているんですね……)
安里寿さんなら、缶コーヒーなんて飲まないで自分で紅茶を淹れるはずだから。
安里寿さんなら、カップ麺なんて食べないでスコーンとか手作りしたりするはずだから。
あの夜から、これでもあたしなりに結構考えてみたんです。
どうして『四十九院安里寿は、誰かが望む限り存在していなければいけない』のかってことについて。それを『望む』のは誰なのか。どうしてそう『望む』のか。
あの夜のあの瞬間は、まんまと騙された!という悔しさばかりが
(解き明かさない方が良かった、そういう謎だってあるってことさ――)
ええ。確かに白兎さんが言ったとおりなのかもしれません。
けれど、もう。
あたしはそれを知らずにはいられない。
だからなんでしょうね。
あたしはさっきまでの
「そろそろお電話も終わった頃じゃないでしょうか?」
「ん。見てくる」
とん、とん、とん。
とん、とん、とん。
「ん。大丈夫。もう入れる」
「じゃ早速行きましょう」
こんこん。
「どうぞ」
やっぱり聴こえたのは女の人の声でした。
「し、失礼します」
「あら……。いらっしゃい、
マホガニーの扉の向こうにいたのは――安里寿さん。
今日はアースグリーンのタイトスカートに白のハイネックのノースリーブを合わせ、滑らかな肩にはふんわりとしたグレーのショールを羽織っています。足元は、意外にも編み上げのミリタリーテイストのブーツ。栗色の髪は、太めの三つ編みにしてバレッタで留めてあります。
「そろそろ来る頃だと思ったの。ちょうど良かったわ」
あたしの瞳の奥を妖しげな微笑みとともに見つめながら、安里寿さんは言ったのです。
「さてと……。それじゃあ謎を解きましょうか。覚悟は良いわね、祥子ちゃん?」
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