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誰出茂内

最初の異世界転移者

 気がつけば、私は雑踏の中に居た。これは奇妙なことであった。

記憶が確かならば、私は死んでいるはずだからである。訳が分からない。

誰かに話しかけてみようと思ったが、待ち行く人々の容貌が尽く異人風であることに気付き、それを止めた。

考えがまとまらず、ふと空を見上げると、太陽が燦然さんぜんと私を照らしていた。

私は軒下の陰を見つけると、そこで休むことにした。


 果たして、私は死んだのであろうか。

実は助かって病棟のベットの中で眠って、夢でも見ているのではないか。

そんなことを考えていたが、思考は周転円しゅうてんえんの如く、堂々巡りになるばかりであった。

周囲が慌ただしく、何やら外国語で会話を交わしている。私は面を上げた。

見れば、アラブ系の顔立ちをした民族衣装をまとった人々が、私を囲んでいることに気がついた。

彼らは私に興味とも奇異とも取れる視線を投げかけていた。

私は彼らに助けを求めようと決意し、話しかけたが何も伝わっていないようであった。

周囲の視線が私に向かって、鋭鋒えいほうのように刺さっている。


 突然、彼らの内の一人が何やら叫び始めた。

剣を身に着けた一団が此方に向かって走っているのを、私は見つけた。

私の周りに居た人々は散り散りに逃げていった。私は直感的に、不味いことになったと思った。

私の目の前を通り過ぎる老人と目があった。老人は路地に逃げていくようであった。

私はそれに付いていくことにした。この偶然の決断が私の運命を決めることになった。

老人に付き従って、路地を通っていくとスラム街のような場所に出た。

私は安堵し、足を休めようと路傍ろぼうに座わった。老人は何か考える素振りで何処かへ行ってしまった。


 うつむきながら、路上の石に腰をかけて休んでいると、人の影が私に近づいているのが分かった。

顔をあげれば、みすぼらしいなりをした子供が、私を見ていることに気がついた。

私が話しかけようとすると、彼らはいきなり私の足を蹴りつけた。

私が痛みでよろけると、彼らは私を袋叩きにし、身にまとっていたシャツを乱暴に引き剥した。

身に着けている物、一切合切を彼らは盗んでいこうとしているようであった。

わけも分からず、私はただ叫び、苦痛に耐え忍ぶ外になかった。

彼らが丁度、私からズボンを脱がそうしている時、何処からか怒鳴り声が聞こえた。

それを聞いた為か、この小さな強盗共は逃げ去っていった。

私はそのことに感謝した。そして、私は赤子のように丸まって泣いた。


 私に近寄る足音がした。私は彼らが再び戻って来たのではないかと思い、ただ怯えた。

見るとそれは先程の老人であった。彼が私を助けてくれたのではないか。

そう考えるとこの老人が幾層倍にも親身に感じた。

老人は手招きをした。それは私について来いと言っているようである。

私は老人の好意を感じ取り、ただ付き従うまでであった。

老人と共に歩いてゆくと、込み入った路地から広々とした市場へ出た。

老人は私を市場の一隅の椅子に座らせると、商人風の男と喋りだした。

その会話は今までの老人とは思えないような怒声の応酬であった。

私は商人風の男に荒っぽく腕を掴まれた。彼は私の身体を検分しているようであった。

彼は老人に幾分かのコインを渡すと、私の手を引いていった。

私は愚かにもまだ老人の良心を信じていた。

しかし、私の手に手錠が付けられると、その幻想は無残にも砕け散るのであった。


 結局のところ、私は牢屋に入れられた。それは広場の奥に位置していた。

私の外にも何名かの男がいた。みな荒んだ目をしていた。

彼らの背中には鞭の傷跡がケロイドとなって、その傷みを鋭敏に表わしていた。

私は奴隷になったのだと分かった。老人は奴隷商人に私を売ったのだ。

私はズボンのポケットの中に、飲み残していた睡眠剤のケースがあるのを思い出した。

ポケットの奥の奥に、死にそびれた時の為に残しておいた物であった。

私は僅かに動く手を、なんとかポケットの方へ向け、強盗の為にへこんだそれを取り出すことに成功した。

私は掌に錠剤の全てをぶちまけると、それを水もなしに飲み込んでいった。

奴隷達は私の行動には無関心な様子であった。奴隷商人は客と談話していた。

状況は殊の外に好都合であった。

全てを終えると、私は死を待つのみであった。

救急車も胃洗浄もないであろう此処には私の死を止めるものはなかった。


 私が急に倒れ、泡を吹いているのを見ると、奴隷商人は慌てて、牢の側に寄ってきた。

彼は周囲に向かって、盛んに怒鳴り散らしている。

何をしようがもう遅い。私は茫漠ぼうばくとした頭で奴隷商人が老人を殴っている様を想像した。

老人はきっと私のような者を売ったことで、金を取り上げられ暴力を振るわれるだろう。

そのことが私には愉快にも悲哀にも感じられた。

頭に霞がかかってきた。もう何も考えたくない。もう何も考えられない……。

こうして私は人生で二度目の自殺をした。


 天界では、侃々諤々かんかんがくがくの議論が繰り広げられていた。

ある天使は異世界人と会話できるように、まず最初から言語を習得させるべきだと主張した。

そして、それだけに留まらず、何らかの恩寵おんちょうを授けるべきだとも述べた。

また、ある天使は善行によって死んだ人間のみを異世界に送るべきだと言った。

当然のことに、本人の了承を得て異世界に送るべきだとも付け加えた。

似たり寄ったりの内容が他の天使達の口から繰り広げられた。

ああでもないこうでもないと、もはや議論は口論に変わっていた。

天使達の発言を制して、議長の天使は疲弊気味の顔でこう告げた。

畢竟ひっきょうするに、何ら特技能力を持たせずに異世界に送れば、一日と持たずに死んでしまうのが実状です。」

「ともかく、今回は失敗でした。今度こそ上手くやりましょう。」

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