「ベルの受難と女神の癒し」
突然の揺れに驚いていると、部屋の中に、ずしん、ずしんと足音をさせながらモンスターが入ってきた。
薄暗い中でも分かる、獣のような四本足の下半身に、人間のような腕のある上半身がくっついたような姿をしている。
アヴァベルのモンスターで一番近い種類で言えば、べクスヘルに似ている。
大きさはアウンガヘルのように驚異的なものではない、が、べクスヘルは知能が高く、腕に持っている槍を使ったり、近づけば蹄で圧し潰そうとしてきたりと攻撃が多彩なので、こちらのよく似たモンスターも、恐らく油断できない敵だろう。
「何で、こんな場所に……!」
「ジーク、驚いてる場合じゃないよ、ベルがまだ動けないし、グレイスもリフレッシュを使ったばかりで大技を連発したらこの後がもたない。ここは僕達だけで何とかしないと……」
「ああ、分かってる」
べクスヘルは俺達を獲物と見定めたらしく、じりじりと近づいてくる。
イーリスがベルとグレイスを守る位置に下がり、俺とリオン、マキアは逆にべクスヘルに少しずつ近づきながら、向こうがターゲットを絞れないように動く。
しばらく睨み合いが続いたが、べクスヘルが槍を振り上げ、一気に下ろしたのを合図に俺達はべクスヘルに飛び掛かった。
べクスヘルは槍で俺達を貫こうと、腕を振り回したり、突きを繰り出してくる。
俺は槍の連続攻撃を予想して槍をよく見ていたおかげで、全ての攻撃を避けることに成功する。
マキア、リオンも身軽に攻撃を避けており、全く危なげなくべクスヘルと相対している。
だが、べクスヘルは適当に槍を振り回しても俺達には当たらないと見るや、槍を回しながら飛ばしてきた。
槍は壁や床の石を深く抉りながら飛び、べクスヘルの手元に戻る。
「うわ……俺達の世界のべクスヘルより強いんじゃないか? 石が抉れるって……」
「でもチャンスだぜジーク、槍を飛ばしている間、あいつは武器を1つ手放してるってことだ」
「そういう見方もできるかもしれないけれど、接近するには槍をまず避けて……また来るぞ!」
べクスヘルは手元に戻った槍をまたすぐに投げてくる。
「マキア、リオン、分散して回避、それからあいつに接近しよう!」
「おう」
「分かったよ!」
俺達は3度目にべクスヘルが槍を投げたタイミングで、一斉に別の方向に走り出した。
俺は他の2人に先駆けて、一気にべクスヘルに接近する。
それを見たべクスヘルが蹄の攻撃を仕掛けてくるが、そのための動作は大きく、避けるのはそんなに難しくない。
難なく蹄の攻撃も避けて、べクスエルの槍を持っていた方の肩を狙って剣で突く。
肩に食い込んだべクスエルはギャッと短い声を上げたが、すぐに反対側の手で槍を受け止めると、今度は槍を飛ばすのではなく俺に狙いを定めて振り下ろそうとしてくる。
その攻撃を受けるつもりで構えている俺の視界の端に、べクスエルの死角に向かって気配を消して移動しているリオンが見えた。
「マキア!」
俺がマキアを呼ぶと、マキアも気付いたらしく、ああ、と頷く。
べクスヘルの槍が振り下ろされ、まず俺がそれを剣で受け止める。
そして、槍が効かないなら蹄で圧し潰そうとべクスヘルが体を上げて隙ができた瞬間に、マキアが左腕に槍を突き刺した。
ことごとく攻撃を止められて動揺しているべクスヘルに、最後にリオンが後ろから斬りかかる。
「やああああっ!」
ざしゅ、と音がし、べクスヘルの体がびくんと跳ねたと思うとそのまま横向きに倒れる。
どうやら見事に急所に当たったらしく、べクスヘルはそのまま動かなくなった。
「ふう……」
「リオン! やったな!」
俺が声をかけると、リオンは少し驚いた顔をして、それから、何故かぎこちなく笑った。
「いや、ジークとマキアがあいつを引き付けてくれたおかげだよ、ありがとう。……どうしてだろうね、君達がどう動くか、考えなくても分かった。だから僕もすぐに動けたんだ」
「同じ焚火で飯を喰った仲だからな、オレらは」
「ええと、つまり……?」
「もう、リオンは名実ともに仲間ってことさね」
マキアの言葉に、リオンは再び驚いた顔をする。
だが、何か言うこともなく、すっと俺とマキアから視線を逸らせて辺りを見回した。
「このモンスターだけで終わりかな、今の物音を聞きつけて次が現れないと良いけど」
リオンの心配はもっともで、俺達はしばらく武器を構えたまま、次のモンスターを警戒する。
だが、どうやら新手は来ないようだったので、武器を収めることにした。
「そっちは大丈夫だったか?」
俺がベル達に声をかけると、
「うん、だいじょうぶ……」
とベルがへろりと笑って手を挙げる。
「さてっ、そろそろ出発しない?」
「ですが、ベルさんの体力が……」
「女神様の加護をもらったし、たくさん休ませてもらったから、もう大丈夫だよ!」
ベルはえいっと掛け声をかけて立ち上がる。
本人が言うほど万全、とは言い難い顔色だが、確かに、いつまでもここで隠れているわけにもいかない以上、進むしかない。
というわけで、俺達は部屋を出て、更に奥に進んでいくことにした。
洞窟の中を進むと、分かれ道に差し掛かる。
「これは……二手に分かれて調べるしかないか……?」
「うーん、こっちに行ってみようよ」
リオンが何故か急いで右の道に進んで行こうとしたので、俺は慌てた。
「り、リオン? 本当にそっちで合ってるのか?」
「えっ……あっ、あ、うん、そうだと思ったんだけど……勘なんだけど、多分、その……」
「そっちで合ってるよ」
「ベル?」
「あっちから、魔王の力に似たものを感じるんだ……闇の器って、魔王の力の源なんでしょ? だから、多分あっちだと思う」
「私もそう思います。右の道から感じる気配は、ベルの言う通り、魔王のものによく似ております」
リオンは何だかしどろもどろだったが、ベルや女神様にまでそう言われれば、二手に分かれて危険を冒す必要はない。
「まあ、間違ってたら戻れば良いんじゃねぇか?」
ということで、右に進んでいく。
右の道を歩いていると、少しずつ道が広くなってくる。
それに天井も、ぐんぐんと高くなっていく。
更に歩いていると広い空間に出て、ここが洞窟の終点だと分かった。
「ここで、道は終わりなのかしら?」
「そうみたいだな……この場所のどこかに闇の器があるのか?」
「少し、探索いたしましょうか」
俺達はばらばらに分かれて空間の中を探し始める。
岩の裏を覗き込んだり、壁を叩いてみたりと探索していると、どこかからカサカサという音が聞こえてきた。
「……ん?」
「ねえ、ジーク、変な音が聞こえないかしら?」
「イーリスにも聞こえたか?」
俺達は器を探すのを一旦やめると、音がどこから出ているのかと探る。
全員が、動きを止めて、耳を澄ませて。
「上だ!」
上を見ると、何故ここに入ったときに気付かなかったのかと思うほど巨大なモンスターがぶらりとぶら下がっていて。
ひゅうっと降りて、いや、落ちてきた。
「アーケトニス!?」
鋏のような爪のついた長い手に貝殻と一体化した大きな頭、腰蓑のような下半身の大きなモンスターが、俺達の上を浮遊している。
そして長い手を俺達に向かって振り回し、問答無用で攻撃してきた。
俺達はモンスターから間合いを取るために走り出す。
「ジーク、アーケトニスって?」
「リオンは初めて見るのか? 俺達のいた世界に、あれそっくりのモンスターがいたんだ、それがアーケトニスだ」
「どれくらい強いんだい」
「俺達の世界と同じなら、さっき戦ったのより、はるかに強い」
だけど、こんな大きなモンスターがいるのだ、恐らく闇の遺跡に入ったときに番をしているモンスターと戦ったように、奴が闇の器の番をしているのかもしれない。
つまり、こいつを倒してから、この空間をちゃんと探索すれば闇の器が見つかるかも。
モンスターに襲われてピンチだが、そんな希望もあった。
「みんな、行くぞ!」
アーケトニスは腕の攻撃、上からの圧し掛かりや体当たり、それから紫色の煙のような攻撃をしてくるが、動き自体はあまり早くなく、攻撃前の動きも大きいので避けるのは難しくない。
だが一方で、頭と一体化した貝殻の中に手足を引っ込められると、どんな攻撃も通らなくなるのが厄介だった。
このモンスターもほぼ同じ特徴のようで、俺達が攻撃を避けてから反撃しようとすると、途端に空中に浮かぶ巻貝になってしまった。
「あっ、あんにゃろ、貝殻に籠りやがった」
「じゃあ、ボクが攻撃してみるよ」
「ベル、本当に無理するな」
「もうっ、確かに体調悪くしちゃったけど、そんなに病弱みたいな扱いしなくて大丈夫だよ! 戦えるときは戦うよ、ボクも冒険者だからね!」
むうっと頬を膨らませたベルが、両手を前に突き出す。
「ブレイクサモン!」
ベルがそう唱えると、切り出した岩のような物が地面から飛び出して、アーケトニスに激突する。
すると、巻貝がくるくると回って、回転が止まったと思うと目を回したようにふらふらと揺れた。
「今だ!」
敵に隙ができたのを好機と、俺達は一斉に飛び掛かる。
まず、巻貝部分の、手足を引っ込める穴にマキアが槍を深く突き刺す。
それでダメージを受けたアーケトニスは、俺達に反撃しようと手足を伸ばしてきた。
「行くわよ、リオン!」
「うんっ」
すかさずイーリスとリオンが駆け出し、腰蓑のような脚を斬り落とす。
アーケトニスはそれに怯んだような素振りを見せたが、ここで逃がすわけにはいかない。
「はああああっ!」
俺が気合を込めたエアスライドで鋏の部分を斬る。
そして最後にグレイスが
「ジークさん、避けてください」
と言ってから、光の矢のようなものが降り注ぐ魔法を発動させた。
光の矢を浴びたアーケトニスは、俺達の攻撃を受けて地面にずしんと地響きを立てて落ちる。
「よし……倒せた、な」
「動きが鈍くて助かったわね」
「気を抜いてる場合じゃないよ、闇の器探しをしないと」
「おおっと、うっかり忘れるところだったぜ」
俺達は再び手分けして辺りを捜索する。
だが、やはりそれらしいものは出てこない。
「うーん、壁まで掘ってみたけど、器らしい物なんてないぞ、リオン?」
「そっ、そんなはずは……絶対に闇の器は闇の遺跡にあるって……!」
リオンは余裕を失くして、地面を掘ろうとしたり、岩の下に手を突っ込んだりしている。
「落ち着けよリオン、ここじゃなければもう片方の道に行けば良いんだから……」
俺は焦るリオンを落ち着かせようと、リオンの方に向かって歩く。
アーケトニスが倒れている横を通り過ぎようとして。
ふか、と足が地面に埋まる感触がした。
「……え?」
足元を見ると、ふくらはぎの辺りまで地面に沈み込んでいた。
慌てて足を地面から抜こうとしても、反対の足もずずずず、と地面に沈んでいくところで、俺自身の体重であっと言う間に足だけではなく腰まで埋まってしまう。
「う……っ!」
抜け出そうと地面に手を突くが、手も地面に埋まって、動けなくなっただけだった。
「ジーク!」
それを見ていた皆が俺を助けようと駆け寄ってくる。
だが、俺の所に辿り着く前に、皆も地面に引き込まれるように沈み込んでいく。
「ど、どうしましょう……!?」
女神様も訳が分からず、おろおろと浮かんでいるしかできないようで。
ひとまず俺の肩の防具を引っ張って引き上げようとしてくれるが、ほとんど何の効果も及ぼしていなかった。
「女神様、もういい、離さないと女神様まで埋まる……!」
「でも、皆さんを見捨てるなんて!」
女神様が引っ張る力よりも、俺が沈む方が早い。
女神様の手が光って、俺の身体が少し浮き上がったが、その間に他の仲間が沈んでいく。
やがて俺も真っ暗な土の中に完全に埋まってしまい、息苦しさと共に意識が遠のくのを感じていた。
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