「閉ざされた森を抜けて」


「……駄目だ、何の反応もない」

「まさか、はぐれてしまわれて……?」

「この霧も迷いの魔法の罠の1つでしたね……」



 おっとりとした、よく似た雰囲気の2人が困惑した顔をしている。

 奇しくもクエストを受けたときに別れたのと同じ組み合わせになっていた。


「しっかりしてるイーリスに注意深いマキアがいるから……ベルも図太いし、向こうは大丈夫だとは思うけど」

「でも、早く合流しなくてはなりませんわね」


 

 グレイスは難しい顔をしていたが、やがて昨日手に入れたばかりのパーティの登録証を取り出した。


「これと同じ物を辿るように、探査魔法を使いますわ……今のわたくしの魔力で上手く発動すればいいのですけれど」


 グレイスは杖を少し高く掲げて、登録証をじっと見つめながらぶつぶつと何か呟いている。

 やがて、登録証がぼうっと光って、シャインレーザー、に比べるとだいぶ柔らかな光の線を作りだした。

 その線は、俺達をどこかに案内する糸のようにすうっと伸びている。

 


「これを辿っていけば、イーリス達の所に行けるのか」

「ええ、パーティ登録をしておいて良かったですわ、お揃いの持ち物が一番探査魔法を発動しやすくなりますもの」


 俺達は、その光の糸を辿って進んでいく。


「急ぎましょう」


 女神様に促されて、俺達は小走りに急いだ。


 ふと、かすかに剣戟の音が聞こえてきた。


「戦ってる……!?」


 俺達は更に速度を上げて、音のする方に向かった。

 近づくにつれて、えぇい、という気合を入れる掛け声や、エレメントを呼ぶ声が聞こえてくる。


 ややあって、今まで前方には道が続いているだけだったのに、突然パッと、アヴァベルにもいたロータスとそっくりのモンスター、そしてロータスと戦うイーリス、マキア、ベルが現れた。


「イーリス、マキア、ベル! 無事だったんだな!」

「この状況が、無事って言うのか分かんねぇけどな」

「それだけ軽口を叩けるのは無事って言うのよ、マキア」


 俺が安堵して声をかけると、攻守を交代しようと立ち位置を入れ替えているマキアとイーリスが俺を見て軽口で返してくる。


「もう、2人とも集中してよー!」


 呼び出したエレメントからビームを出したベルは、マキアとイーリスに文句を言う。

 そしてついでのように俺達に


「無事で良かったー、まあ無事だと思ってたけど!」


 と声を掛けてくる。


「皆さん、無事、でしたわね」


 そう、グレイスはほわんと笑う。

 ロータスは美しい花に見える頭を振って、新しく登場した俺達を認識したようだった。

 俺達に向かって葉の付いた鞭のような蔓を伸ばしてくる。


 あれがロータスと同じような性質を持つなら蔓に触れたらスパッと斬れてしまう。

 咄嗟に避けると、俺の後ろの木が斬れて倒れた。


「あんたの相手は、こっちよ! バックスラスト、食らいなさい!」


 イーリスが剣を構えて突進する。

 ロータスはイーリスを攻撃しようとそちらにも鞭を伸ばす。

 だがイーリスはそれを見切っていたようにバックステップで避けると、回転斬りをロータスにお見舞いする。

 イーリスはふわふわと浮かぶロータスの胴、というか、根を何本か切り落とした。

 


「ギュガアアアアアアアアア……!」


 耳障りな声……いや、音を出しながら、ロータスがくるくると回る。

 近くにいた俺も、ロータス討伐のために剣を構えた。


「はああっ!」


 蔓を狙って、上段から一閃。振りやすい剣は、ロータスの花の部分を真っ二つ、なんてことはできないけれど、蔓であれば容易く切り落とすことができた。

 最後にベルのエレメントがロータスの花の部分に思いっきり刺さって、ロータスは動かなくなった。


 ふう、と溜息を吐いて肩の力を抜く。が。


「まったく、勝手に迷子にならないでよね」


 イーリスのこの一言に、ずっこけた。


「そっちが急に消えたんだろ?」

「先に進みすぎなのよ」

「まぁまぁ2人とも、そうかっかすんなって。無事に合流できたんだし、これくらいの戦闘、想定のうちだろ?」


 はぐれたことで少しぴりぴりしているイーリスと、真正面から受けて立ってしまった俺の間を、マキアが入って宥める。

 戦闘は想定のうち、と言われれば、その通りだ。

 イーリスもそう思ったのだろう、


「そうね。ごめん、ジーク、言いすぎたわ。はぐれたのはこの場所の魔法のせいだし、こっちからも声を出して、離れないように注意すべきだったわよね」


と素直に謝ってきた。


「俺こそ、もっとちゃんと後ろを確認しておくべきだった」


 イーリスが矛を収めたなら俺も受けて立つことはない。というか、俺も反省するところはある。


「落着しましたところで、皆さんにお話があるのですが」


 

 タイミングを見計らっていたように、というか見計らっていたのだろう、グレイスが小さく手を挙げた。


「この森の迷いの魔法、攻略できるかもしれませんわ」


 

 女神様も解くのに時間がかかりそうだと言っていたのに、と驚いていると、


「それは魔法の正体を、魔力から探ろうとされているからですわ。見た物から推測すれば、簡単です」


 とグレイスは笑った。


「ベルさん、レイサモンは使えますか?」

「え? うん、使えるよ?」

「あちらに向けて、一発、発射してくださいな」


 グレイスが、あちら、と言って道なりに指差す。

 


「良いけど……? それじゃあ、いくよ」


 何のために、という顔をしながらも、ベルは構える。


「レイサモン!」


 そう唱えると、光る風車のようなエレメントが出て来て、前方にビームを放つ。


「ああっ!?」


 レイサモンを撃ったベルか、それとも、その声を上げたのは俺自身だったかもしれない。


「ビームが曲がったな……?」


 流石に驚いた声で、マキアが呟く。


「ああ、やはり、思ったとおりでしたわ」


 グレイスだけが、いや、それから、ビームを見た直後から女神様も、納得したような顔をしていた。


「先ほど、パーティの登録証を頼りに探査魔法を発動させたときに気付きましたの。

わたくし達は直線の道を通ってきましたし、イーリスさん達はわたくし達が通って来た道と同じ道の上にいましたわね。

でも、探査魔法の光は少しだけ曲がっていました。皆様の位置によっては曲がるかもしれないと思いましたが、さすがにレイサモンのビームまで曲がっては、見間違いではありませんね」


 ほわんとしているようで、グレイスはしっかり見ている。

 俺なんか、急いで駆け付けなきゃって頭がいっぱいで、そんな観察をしている余裕はなかった。

 俺の目が節穴だから、ではないはず。


「この森にかかっている迷いの魔法の正体は、景色を歪めて見せるというものですね」


 女神様の確認に、グレイスはこくんと頷く。


「わたくし達は、静寂の森の中をぐねぐねと歩かされていたのに、直線だと思わされていたのですわ。逆に、ビームは真っ直ぐに進んだはずなのに、曲がって見えた。あべこべなんです」


 道理で、いつまで経ってもどこにも辿り着かないと思った。

 森の中をただ彷徨い歩いていたなら、出られもしないわけだ。


「では、私が森を抜ける標となる光線を出しましょう。グレイスもベルも、先ほどのように光線を出すと力が減るでしょう?」


 女神様、グレイスの探査魔法もベルのレイサモンも光線で一纏めにした……。

 とは言え、森を出るまで魔法を使ったり、エレメントを動かしたら、2人が疲れ切ってしまうので、女神様の申し出は有り難い。


「では、女神様、お願いしますわ」


 女神様は頷いて、人差し指をまっすぐ前に突き出す。

 すると、女神様の指先から金色の光が出て、真っ直ぐ……ではなく、少し曲がって伸びていく。


 俺達は、道の通りではなく、女神様の指から出ている光に沿って歩いた。

 けれど、不思議なことに、道を逸れることもない。

 まるで道の方が俺達の行先に合わせて動いているみたいだ。


 しばらくすると、ぱりん、と小さな音が聞こえた気がした。

 そして、風が木々を揺らす音や、鳥の声が。


「静寂の森を抜けました」


 女神様は、手から光を出すのを止める。

 色々な自然の音が戻って来て、俺は、とても安心した気分になった。


「同じ森の中のはずなのに、急に景色が変わったねぇ。ほら、あっち、塔が見えるよ」


 ベルが指差した方向には、とても高い塔がそびえている。

 途中から雲の中に入っており、どこまでの高さがあるのか想像もできない。

 まるで。


「アヴァベルのよう、ね」


 イーリスの言葉と全く同じことを、俺も考えていた。


「アヴァベルというのは、皆様のような冒険者が集う塔のことですね?」


 女神様の質問に、俺達は頷いた。


「あれは無限の塔……魔王に従う悪魔族や、魔王に与し、信奉する者達が集う場所です。皆様のいたアヴァベルのような、夢のある場所ではありません……」


 悲しそうな女神様の声を聞いて、そうか、とも言えず、俺は黙ってしまった。


「精霊族に悪魔族って、この世界には色んな種族がいるんだな? あ、あと人間か」


 気分を変えるように、マキアが種族について尋ねる。


「ええ、それから野獣族、この4つの種族がこの世界におります」


 へえ、と頷きながら歩いているうちに、木々の密集度がまばらになっていく。

 


「皆様、あれが精霊族の村の門です。今度こそあと一息ですよ」


 女神様は、木製の門を指差す。

 門の辺りには人影……いや、精霊族の影は見られないが、村の中には精霊族がいるのだろう。


 俺達は、早く村に入ろうと、散々森を迷わされた疲れを忘れて門に急いだのだった。

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