第36話 竜の咆哮

 前回のあらすじ!


 第7階層を進んで行きエオラヒテと合流した一向。ライオスとエオラヒテが仲良く(?)喧嘩をしている最中、第8階層への坂道を見つけるのだった。だが、そこから聞こえてきたのは明らかに巨大な生物の咆哮だった。




 *******




「おい、あれだけの咆哮という事はかなりデカい魔物だぞ? ゴダドールの地下迷宮にはいなかった規模じゃないか……あれ? ヨハンどこ行った?」


 第8階層への坂道から聞こえてきたのは明らかに巨大な生物の咆哮だった。次の部屋でジジイとエオラが魔法合戦をやってるけど、ヨハンはそっちに向かって走って逃げたみたいだった。


「ど、どうするの?」


 魔物の咆哮を聞いてティナが若干ビビッてしまっている。そりゃ、あれだけの咆哮は俺も聞いたことがない。ミルトもコスタも真剣な表情だ。


「とりあえず、様子を見てくるか。あまりにもデカい魔物だったらここの通路は通れないだろう」


 まだ第7階層である。通路はそれなりに大きかったが、超大型の魔物が問題なく通れるかと言われるとそうでもない。


「ティナとコスタはここに残ってくれ。ミルトはジジイとエオラとヨハンを連れてくること。俺が様子をみてこよう」

「危険ですよ、ヒビキさん」


 コスタが心配してくれる。だが、これは俺以外に適任はいない。


「もし、何かあったらすぐに戻ってくる。大丈夫だ。それよりも転移テレポートができるジジイかエオラを呼んできておいてくれ」


 ミルトが頷いて次の部屋へと駆けだした。


「無茶しちゃダメですわよ」


 ティナが俺に防御力上昇の神聖魔法をかけてくれる。これがあるだけでもかなり助かる。


「ありがとう。まあ、大丈夫だから」


 俺はオリハルコンの杖を握り直すと、坂道を音をたてないように下って行った。




 ***




 第8階層にはヒカリゴケが多かった。光源ライトの魔法はできるだけ薄くして、なんとか歩いているところだけが分かるようにして進んでいる。向こうから光源ライトが見つかってしまえば魔物が襲ってくるかもしれなかった。しかし、あの咆哮からすると、ゴダドールの地下迷宮にいた巨人族よりもデカい魔物かもしれない。そのくらいの大きさになるとクラーケンか、ヒュドラか……それとも。


 坂道が終わるとすぐに大きな広間に出た。周辺には異常なまでのヒカリゴケと、なにやら金属の鉱石のようなものがばらまかれている。ヒカリゴケが発する光を鉱石が乱反射するために、松明や光源ライトは必要ないほどであった。だが、第8階層にこんな部屋があるというのはドワーフたちからは聞いていない。そもそも第8階層にまで降りて戻ってきたドワーフがほとんどいなかったのだ。だから十年ほど昔の話を元にしている。という事は何かが変わっていてもおかしくない。


「なんだったっけか。第8階層にいる魔物の鱗を拾ってくると薬になるとか」


 黒色の鱗を見たことがある。ドワーフ達が大切に持っていたそれは第8階層から拾ってきたものだそうで、残り少ないからできたら採取してきてほしいと言われていた。だが、その鱗が何の魔物なのかは分かっていないという。ただ、今考えるとその鱗は異常なほどの大きかった。一つが握りこぶしほどの大きさなのである。その魔物は巨大な図体をしている可能性が高い。


 広間の奥で何かがのそりと動いた。何かというよりは山のようにでかい。ヒカリゴケの光だけでは暗いためにシルエットだけしか見えないが、巨体であることは間違いなさそうだ。

 壁際によってできるだけ発見されにくい場所に移動する。鉱石の影に隠れた俺はその巨大な魔物をさらに観察した。


 動いているのは胴体の部分のようだ。そしてそこからはかなり長い尾が見える。胴体部分には突起のようなものが見え、背びれのように見えた。そして、さらに両側についているのは翼だろうか。だが、その胴体からすると大きさが足りない。少なくともあれで飛べることはないだろう。迷宮の中であれば飛ぶ必要もなさそうである。


 その魔物が首を上げた。首が驚くほどに長い。そして頭には角が付いている。大きく息を吸って、吐くと、その息は炎となって部屋の中を明るく灯した。


「マジかよ、ドラゴンか……」


 成竜である。翼があれほど退化したドラゴンを知らないし、色がかなり黒い。この迷宮内での進化によるものだろうか。足で地面を踏みしめるわけでもなく蛇のようにスルスルと音を立てずに移動している。歩行というよりは忍び足をしているような移動方法だ。太い後ろ脚の腿の部分に比べると、足首などは細目である。さらには鋭い爪が付いていた。頭部はやや大きめであり短めの角が付いている。


「……ティラノサウルスみたいなやつだな」


 見た目は角がある恐竜である。前足にもしっかりとした鋭い爪が付いており、言う間でもなく牙はものすごい太く立派なものだった。噛みつかれたらどんな生物であろうとも生きていられないだろう。


「一旦撤退だな」


 正直、一人では勝てる相手ではない。そして今のパーティーの力量を考えると安心して戦える相手でもなかった。俺とジジイとエオラ3人であれば行けるだろうが、他のメンバーが加わると守り切れるかどうかが自信がない。壁を伝って坂道まで戻る。その間にドラゴンに気づかれることはなかった。ドラゴンは終始ヒカリゴケとその周辺に散らばっている鉱石を一か所に集める作業をしていた。光る物が好きなのだろう。たまに満足したかのような咆哮が聞こえる。足元に何かの魔物の亡骸が転がっていたから、一番最初の咆哮はその魔物への威嚇だったのかもしれない。その魔物が何であるかは鑑別不可能なまでに食われていたが、ドラゴンほどではないにしてもかなりの巨体である。エオラに何の魔物を放したのか後で聞いておこう。


 坂道を上がる。この大きさの通路なら、あのドラゴンは普通には追ってこれないと思われる場所にきて初めて走った。坂をあがる頃には全員が集合している。ジジイとエオラは反対の方向を見てまだ喧嘩中のようだった。


「あ、大丈夫だったみたいだね。それで、何がいたの?」


 いつでも逃げることのできる体勢を解きながらヨハンが言う。


「ああ、ドラゴンだ。それもかなりデカい成竜だな。オーガの倍ほどはある」

「なんじゃと? そんな生態系を壊すような魔物を放したのか?」

「私はそんな魔物は放してませんよ。第8階層に放ったのは数種類で大きい魔物はホーンガウルくらいでしょうか」


 ホーンガウルはかなり大きな角を持った牛の魔物である。もしかしたらドラゴンが食らっていた魔物がホーンガウルだったのかもしれない。ゴダドールの地下迷宮では出てきていない魔物であり、暖かい地方の草原などに生息する魔物だった。


「そのホーンガウルっぽい魔物を食ってた。さらにはヒカリゴケを集めてたな」


 ドラゴンが光る物が好きな習性があるというのは一般的に知られている。そのためにドラゴンの巣を漁ると財宝が出てきたなんていうおとぎ話が尽きない。実際にはガラクタなどが多いらしいが、ドラゴンを狩ることのできる者はほとんどいないし、そもそもドラゴンの巣は秘境にでも行かなければ存在しない。


「じゃあ、どこから出てきたのよ!?」

「知りませんよ、私じゃありませんし」

「どちらにせよ守護者ではないのじゃろ? であれば倒さねば先には進めんぞ」


 エオラが召喚した守護者であればエオラの言うことを聞く。だが、それ以外の魔物は迷宮の主であろうが命令などを聞くわけがなかった。


「じゃあ、一旦戻ってドラゴン討伐の作戦会議か」


 とりあえずはドワーフの集落へ、できたら地上へと帰って作戦会議が必要そうである。


「ねえ、エオラヒテ。第8階層には他にどんな魔物がいるんだい?」


 帰還の準備をしつつ、ヨハンがエオラにそんな事を聞いた。確かにドラゴンだけではなくて他の魔物にも注意が必要だ。


「ええ、先程言ったホーンガウルにジャイアントスパイダー、ジャイアントバッド、それにロックリザードに……あ、ドラゴンと言えばドラゴンパピーを数匹放しましたね。あの子たち可愛いんですよ」


 ドラゴンパピーはドラゴンの幼生であり、それなりの強さはあるが成竜に比べるとかなり弱い。おそらくはロックリザードなどの方が強いであろう。


 だが、ちょっと待てよ……。まあ、そういう事か。

 しかし、後で指摘しておこうと思ったが、先にティナに言われてしまった。




「あんた馬鹿じゃないの。あんたがドラゴンパピーを放ったのは200年前なんじゃない? もう立派に成竜よ」



 めずらしくエオラがティナに言い返さなかったな。めっちゃびっくりした顔してるけど……、あれ? おーい?

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