コトリとユッキー

「カランカラン」


 コトリ部長の好きなバーで、木製のドアにカウベルが付いています。今夜はコトリ部長と二人で飲みに来ています。あれこれ話をしていたのですが、


「ミサキちゃん、面白い昔話をしてあげる。完全に理解するのは難しいかもしれへんけど、五千年前は今とは感覚が全然違うねん。ユッキーは大神官家の娘やったから貴族階級、だいたいで言えば貴族の中の上ぐらいやってん。ほんでな身分の差は絶対やってん」

「コトリ部長の身分は低かったんですよね」

「はははは、低いんじゃなくて身分が無かったの。奴隷はね、人間じゃなくて牛や馬と同じ分類で人間の言葉が話せる動物だったのよ。つまりは家畜だったってこと。物心ついてからずっと鞭で追われまくって働かされてた」

「えっ」

「コトリは男の性欲処理係やってたけど、あれだってラッキーだったのよ。だってそうじゃない、性欲処理するにもその気が起らない相手はいらないじゃない。性欲処理係に選ばれたから室内労働に回してもらえたの。奴隷にとっても室内と室外じゃ天国と地獄ほどの差があったから、奴隷仲間からは羨ましがられていたぐらいなの」


 たしかに本当のところを理解するのに感覚が追いつきません。


「そうやっているうちにユッキーの侍女になる話が出て来たんだ。たまたま人間で適任者がいなかったからみたい。奴隷が侍女になるのは珍しいけどゼロじゃないから、コトリは喜んじゃった。そうだねぇ、奴隷で望みうる限りの大出世みたいな感覚かな」

「そ、そうなんですか」

「喜び勇んでユッキーの部屋に挨拶に行った日のことは今でもよく覚えてる。そしたらね、ユッキーがこう言うの、


『侍女とは思わない』


 この時にやっぱりアカンかったと思ったよ。侍女昇格はやっぱり夢だったんだって」

「どういうことですか」

「うんとね、奴隷も二種類おったんよ。コトリみたいに生まれながらの奴隷と、人間から奴隷に落とされた者。奴隷から侍女になれる者もいたけど、生まれつきの奴隷から侍女になった者の話は聞いたことがなかったの。そりゃ、そうね、生まれつきの奴隷で室内労働している女は性欲処理係だから、そんな女を侍女にしたいとは思わへんもんね」

「そんなあぁ」

「そしたらね、ユッキーはこう続けてくれたのよ、


『コトリはお友達よ』


 ユッキーが何を言ってのかしばらく理解できへんかってん。奴隷であって性欲処理係のコトリに『お友達』って言ってくれたのよ。どれほど感激したか理解するのは難しいと思うけど、涙がいつまでも止まらへんかった」


 おそらくコトリ部長は生まれてここまで、こんな優しい言葉をかけてもらった事がなかったぐらいにしか想像できません。


「侍女になってなにが一番うれしかったかって、昼間の鞭で追われる重労働から解放されたこと。これもね、まだ重労働はエエのよ。とにかく鞭は辛かった、あれだけは数えきれんぐらい叩かれたけど慣れへんかった」

「痛かったからですか?」

「もちろん痛かった。それだけやないねん。奴隷を鞭で叩くのに理由などいらへんのよ。気まぐれでも、ヒマつぶしでも叩かれた。どんなに頑張っても叩かれる時は叩かれた。後から考えたらそんな理不尽がやりきれなかったのかなっと」


 サラッと話されますが、人間の奴隷に対する扱いの酷さに胸が締め付けられます。


「メシもよく抜かれた。これだって気まぐれみたいな罰やった。鞭で叩かれまくって『メシ抜き』宣言されたら、たまらんかった。それが侍女になればなくなるのよ。奴隷にとっては夢のような生活やった。ただやねんけど、ユッキーが望んだのは遊び相手みたいやってん。これにはコトリも困り果ててもてん」

「遊び相手ぐらいなら・・・」

「そう思うやろ。コトリはね、物心付いてから遊びなんてやったことなかったのよ。小さい時は鞭で追われて労働、もう少し大きくなればこれに加えて男との相手。やってきたのはそれだけで、ユッキーが男でコトリを抱きたいんやったら、いくらでも相手出来たんやけど」


 遊んだことがない、遊ぶのに困惑するって、コトリ部長の過ごした奴隷生活の凄絶さを想像しきれない自分がいます。


「そしたらね、ユッキーは、


『お勉強ごっこに付き合って』


 文字を教えられ、さらに当時の学問や教養に必要なことを手取り、足取り教えてくれた。コトリは必死になって覚えたよ。この『お勉強ごっこ』でユッキーに気に入られなかったら侍女から追放さるって思ったのよ。そうしたらユッキーは、大神官家のあらゆる書物といっても紙じゃなくて日干し煉瓦に刻んであるものだけど、これを持ちだしてきて、全部コトリに教えようとするの。でも、ひたすら楽しかった。ユッキーは、コトリが一つでも覚えたら、


『コトリはエライ、こんなお友達が出来て幸せ』


 今から思ても夢のような時間やった。ユッキーから褒めらるのが、もう嬉しくて、嬉しくて、あんな楽しい時間はなかったよ。このコトリが褒められたのよ」


 もう聞いてる方がたまりません。コトリ部長はユッキーさんに出会うまで人に褒められた経験すらなかったしか思えません。


「勘違いされそうやから念のために言うとくけど、ユッキーの侍女になっても性欲処理係は続いてたよ。これが出来なくなったら室外労働に回されるし」

「でも、もう侍女だから」

「そうとうは限らないのが奴隷なのよ。だから、泣かない、泣かない。当時のコトリにとっては寝る前の一仕事って感覚。だいたいは長くても一時間ぐらいで寝れたけど、部屋に行ったら三人も四人も待ちかまえていた時はちょっと大変だった」


 それが寝る前の一仕事ってさらっと言われても・・・


「主女神の女官になれたのも、ユッキーがコトリと一緒じゃなくちゃイヤだと駄々こねたのもあったのよ。そうじゃなきゃ、コトリの身分で神殿の女官になるなんて、考えられないというか、ありえない事だったの」


 コトリ部長の顔が微笑んでいます。


「ユッキーは最初から上位女官だったから女神の祭祀とかの表の仕事だったけど、コトリは下位も下位、最下層のそれも一番下っ端の裏方でコキ使われてた。それでもね、コトリはムチャクチャ嬉しかった。女官の端くれになったということは、奴隷から人間になったのよ。この嬉しさも今の感覚じゃ、わからへんやろけどな」


 ミサキは胸がいっぱいになって言葉出ませんでした。


「奴隷から人間になるってのは、奴隷が侍女になるより遥かに難しいのよ。人間と奴隷の間には途轍もなく高くて分厚い壁があって、これを乗り越えるのは不可能に近いって感覚かな。だから奴隷に落とされるって言うのは人間にとって相当重い罰になってたの。ある意味死刑より辛いかもしれない。今で言うとムチャクチャ酷い無期懲役みたいな感じでも足りないぐらい」


 じゃあ、生まれつきの奴隷のコトリ部長はどうなるんだの質問は出来ませんでした。


「女官になったんですから性欲処理係からも解放されたんですよね」

「それがね・・・」


 コトリ部長が言うには、神殿の女官になるのに純潔が要求されたそうです。まあ、この辺はアラッタだけの特殊事情と言うより、神に仕える女性はだいたいそんなものです。ところがコトリ部長は性欲処理係の女奴隷上がりです。そんな女が女官になったのは初めてだったそうです。


「だからね、神官連中に結構襲われた。でも、毎日じゃなくなったんだ。初めて襲われずに寝れた夜は嬉しかったな。逆に変な感じがしたぐらい」


 コトリ部長の神殿での扱いも涙が出そうです。


「別に男とやるのは、この頃は正直なところ慣れっこやったから、たいしたことなかったんよ。参ったのは神殿では女の相手もせにゃならなくなったの。コトリはレズっ気がゼロで、今だってゼロやから、あれはホンマに参った」


 男を禁じられた女の園ではしばしば起こるとは聞いていますが、当時の神殿女官のそうだったようです。とくに上位女官がこの傾向が濃厚で大変だったとか、


「まさかユッキーさんも?」

「通過儀礼みたいに先輩女官に軒並み花開かされたって言ってた。上位女官になったと言うても新入りの末席やから、ここで抵抗してもイジメにあうだけやんか。そやから割り切って身を委ねたって言ってたっけ。もっとも・・・これは後で話すわ」


 こりゃ、すごいまるでレズの楽園だ。


「上位女官同士の時は、恋人同士のあれやねんけど、下位女官も呼び出されるんよ。その時は上位女官の座興というかレクリエーションのためだから、どれだけ女がよがり狂えるかの人体実験みたいにされた。とくにコトリは男を十分すぎるほど知ってるから、面白がられて目を付けられてトコトンやられた」

「トコトンって・・・」

「今でも悔しいけど相手はレズのベテランやんか。どう頑張ったって我慢なんかできへんのよ。ヒーヒー言わされて、白目剥いて泡吹いて、そこから延々とのたうち回されて、さらすだけ、さらされた」

「ひぇぇぇ」

「コトリの時は女官だけではなくて神官もよく来てた。女の後に引き続いて、やりまくるんだけど、ありゃ強烈なんてもんやなかった」

「げぇぇぇ」


 なんともおぞましすぎる状態です。


「とにかく狭い社会だし娯楽の少ない時代だから、コトリも含めた下位女官の醜態はヒマつぶしの茶飲み話の話題にもってこいで、ユッキーだって知ってるどころの話じゃないの。下位女官が呼びされてやられるところは、上位女官用の広間みたいなところでレクリエーションのショーみたいに行われるから、ユッキーも居合わせていることは何回でもあるの。そうなの、コトリの醜態を全部見られてるの」


 コトリ部長が少し涙声になってる。ユッキーさんにも見られてしまって悔しかったんだろうな。


「それでもだよ、今までだよ、二百年や、三百年じゃないよ、今の今までだよ、一言だってコトリがそんな女だと言ったことないし、一度だって蔑ずんだ態度を見せたことはないの。たとえどんなに大喧嘩しても、口も利きたくないぐらい険悪な関係になってもだよ。あの頃だって、全部知っていて、全部見ていたのに、会えば、いつもニッコリ笑って、


『コトリはお友達よ』


 これしか言わないの。信じられる。コトリはその程度の身分の女だったのよ。男にも、女にもオモチャにされて当然で、それを受け入れるしかない女なのにそこまで言ってくれるのよ」


 コトリ部長の目に涙がハラハラと、


「コトリも頑張って女官の出世階段を上がって行ったの。これはね、ユッキーが『勉強ごっこ』で知識と教養を付けてくれてたお蔭なの。これはミサキちゃんも少しぐらいわかるかもしれへんけど、当時の女に学問が与えられるなんてまずなくて、上位女官でも文字を読むのも怪しいのは珍しくなかったの。神官連中でもコトリの知識と教養を越えているのは一握りぐらいだった。あの知識と教養がなければ女官になれても下っ端のオモチャでコトリは終ってた」


 ユッキーさんがコトリ部長に施した『勉強ごっこ』の高度さがわかります。ユッキーさんは奴隷だったコトリ部長を救い出すために神殿の女官に採用させただけではなく、女官になっても身が立つように豊富な知識と教養を与えていたのです。


「その代り、どれだけ陰口を叩かれ、どれだけイジメられたか。昇進した時なんてとくに大変で、呼び出されて行ったら、『おまえの身の程を教えてやる』ってビックリするぐらいの人数が待ち構えているのよ。さすがに見ただけでクラクラした。ありゃ、参ったよホンマ。出世するのもエエことばかりやないってところかな」


 コトリ部長は笑い話みたいにしていますが、陰惨すぎる成り上がり者への制裁に震えてます。


「コトリが下位からなんとか中位女官に這い上がった頃にはユッキーは筆頭女官になってたんだ。主女神からの信頼も絶大で、主女神から女官たちの綱紀粛清を依頼されたのよ。女官達のあまりの所業に主女神も眉をひそめたってところかな」

「それって憎まれ役になっちゃうんじゃ」

「ユッキーを舐めたらあかんよ。ユッキーは冷酷とは対極の人だけど、やらなければならない時には氷の冷静さで徹底的にやる人なの。そうじゃなきゃ、何千年も首座の女神として統治なんかできるはずがないやんか」


 そうだった。単に甘ちゃんの優しい人だけじゃ、国民を率いることなんて出来ないものね。ユッキーさんがエレギオン国民を率いた期間は日本の歴史を全部合わせたよりも遥かに長いんだもの。


「ユッキーはね、コトリや下位女官をオモチャにした女官、さらにそれに加担した神官連中を根こそぎ一人残さず処分しちゃったんだ。神官は神殿から身分を剥いで追放、女官は無位女官に叩き落としてしまったの」

「無位女官って?」

「うん、コトリも神殿に仕えた時の階級は低かったけど、どん底の下位でも有位女官だったの。無位にされるって言うのは、今の会社でたとえると、重役からヒラどころかアルバイトまで降格って感じ」

「裁判とか審問会とかは?」

「神官にはやったらしいけど、女官に対してはこれも今でたとえると人事異動とか、配置転換で対応したみたい。ただし、当時の身分差、階級差は絶対だったから無位になるってのは人間としての最底辺に落ちる感じかな」

「ひぇぇぇ」

「さんざん下位女官たちをオモチャにしてたから、無位にされた元上位女官の扱いは凄かったみたい。下位女官たちは躾けって呼んでたけど、やぱりやりかえしたんだろうな。有位女官に対して無位女官は絶対服従になるからね」

「そこまで・・・」

「でも誤解しないでね。当時やったら、こういう場合は男でもそうだし、とくに女なら奴隷に落とされて叩き売られて当然だったの。これが最底辺でも人間として残されただけ常識外れの温情措置ってところ」


 ユッキーさんが友達のコトリ部長に対して行われた仕打ちへの怒りの大きさがわかります。それとこの辺は当時の感覚がわかりませんが、ユッキーさんは元上位女官をあえて神殿に残して見せしめにした気もします。それでもコトリ部長に言わせれば奴隷よりはるかにマシの温情措置って言いますから、奴隷への扱いの酷さにゾッとします。


「上位女官はゴッソリって感じで処分され、中位女官もかなり抜けたので、空席を埋めるための会議が開かれたんだ。そこで問題になったのがコトリの上位女官への昇進。序列的には問題なかったんだけど、どこから見ても純潔ではないコトリを上位女官にするのに猛反対されたの。そしたらユッキーが出席者を威圧するようにこう断言したんだって、


『コトリは正真正銘の純潔。それは大神官家時代からの友人であり筆頭女官のこのわたしが保証します。どこにも問題は存在しません』


 粛清の断行者であるユッキーに睨まれた出席者は声すら発せなくなりコトリは上位女官に昇進。このことはユッキーからコトリには今まで一言も話したことないし、このことで恩を着せようとしたこともないけど、これを後で知った時にワンワン泣いたよ」


 うわぁ、そこまでやってのけたんだ。


「こうやって上位女官の末席まで昇進した時に、ユッキがー抱きしめるように迎えてくれたの。


『やっと本当のお友達として話せるようになって嬉しい。ずっと待ってたの』


 ここまで言ってくれたのよ。それもどう見ても、どう聞いても心からものにしか感じなかったの。この時にユッキーのためだったら何でも出来ると思ったもの。だからあそこまで二人で頑張れたんだと思ってる」


 ユッキーさんってそんな人だったんだ。前に会った時にはどこか怖い感じもしたけど、本当はこんなに友達思いの強くて優しい人だったんだ。


「相性が悪いと言い合ってるのも、とにかく長過ぎただけ。とにかく四千五百年以上だからね、中断も入れたら五千年よ。中国四千年も越えちゃうの。そりゃ、喧嘩もするし、意見が合わないことだってあるよ」


 そりゃ、そうだ。シューメールのアラッタから延々と二人でコンビを組んでいたようなもので、よほど仲が良くなければ続くわけがありません。それにどんなに仲の良い親友でも、喧嘩する時は喧嘩するものね。


「ユッキーの顔が怖くなったのは主女神のコントロールを二人でやり始めてからなの。あれこれ苦労した末に、役割分担としてユッキーが苦いことを話し、コトリが甘めにフォローしようって言うのよ、コトリは大反対で逆が当然のはずって言ったのだけど、


『コトリがキツイことを話すのは無理』


 これで押し切られちゃったの。それでもあんまり手間のかからない主女神の時には笑顔もあったけど、主女神を眠らせて首座の女神に着いてからは、笑顔どころか表情すらなくなっちゃった。怖い怖い氷の女神で押し通し、


『わたしは怖い存在になるから、コトリは微笑みでフォローしてね』


 このコンビで三千五百年ぐらいやってた。だからユッキーはひたすら国民や民衆から畏怖される存在になり、コトリは親しまれて愛される存在になってしまったの。でもね、ホントのユッキーは可愛らしくて、心優しい人なのを良く知ってるからあんまりだと言ったんだけど


『この体制で上手くいってるから変えない。コトリには微笑みが良く似合う』


 そんなことないんだよ。ユッキーの微笑みの方がコトリよりもっと素敵なんだ」


 遠い目をしながら、


「それでもね、ユッキーが怖い首座の女神になってからも、こっそり二人で話もしてたんだ。女神だって恋をして結婚だって出来たから、そんな話もいっぱいね」


 へぇ、女神だって恋をして結婚してたんだ。


「ユッキーとコトリが好きな男のタイプって妙に被るのよね。コトリの方がキャラ設定で人気者だから最初はリードするんだけど、ユッキーはとにかく一途で猛烈に追い上げてくるの。あのユッキーの一途さには敵わなかったな。コトリが勝ったこともあったけど、ユッキーに殆ど逆転された気がする」

「それじゃぁ子孫はいるのですか」

「えらいこと言っちゃったかな。ユッキーとコトリは子どもが出来ないの。主女神に永遠に仕えることを誓った代償」

「でもユッキーさんには・・・」

「あれはね、主女神を抱えていたから。ホントにユッキーはよくやってたと思うよ。いくら眠っているとはいえ主女神を抱えるのは大変な事なんだ。コトリなら一時間で音を上げるかもしれない。ただ主女神を抱える代わりに子どもも出来るんだ」

「わたしやシノブ部長もそうなんですか」

「あなたたちはだいじょうぶ。あなたたちは主女神に仕える義務も誓いもないの。だから結婚も出来て子供も出来る。そうそう記憶も受け継がないの。あなたたちの記憶はコトリとユッキーでガッチリ封印してる。まず解けないよ」


 そんなぁ、それじゃ、ユッキーさんもコトリ部長も可哀想すぎるじゃないですか。


「カズ君の家に行った時に、ユッキーが知らない方が良いと言ったのは正しいわ。忘れたままの方が幸せだった気がしてる。それでもね、ユッキーが思い出したのならコトリも思い出しておかないといけないの。ユッキーだけにこの記憶の重荷を背負わせてはいけないの」


 ここでコトリ部長はニコッと笑って、


「ユッキーはコトリのお友達なの。それもね、世界中でたった一人しかいない、昔話を一緒に出来る大事な大事なお友達なの。次は何年先,何十年先、何百年先になるかわからないけど、今度こそ昔に戻って心行くまで昔話をするんだ。ユッキーを一人になんかさせてたまるものか」


 ここまでコトリ部長の話を聞いて、ハッと気づきました。コトリ部長はアラッタ時代の話を酒の肴の座興として話したわけではないことを。これはミサキにあえて聞かせるために持ちだしたんだと。

 コトリ部長の奴隷時代の悲惨な話はウッカリ聞いてると、まるで今のコトリ部長の経験に思えてしまいますが、はるか五千年前のお話です。それをまるで昨日のことのように覚えておられます。永遠の記憶を持つというかことはそういう事で、決して忘れることがないのです。古代エレギオン王国の運営だって三千年です。それを全部覚えてるってことになります。

 良い事もあったでしょうが、悪いことも、アラッタの奴隷時代、神殿時代も含めて山ほどあったはずです。そのすべての記憶を背負って生き続けることは想像すら絶します。コトリ部長は大親友のユッキーさんが背負うなら、自分も背負うつもりです。ただその重さを背負い続けるのは二人で十分としているのです。コトリ部長は最後に、


「永遠の記憶を持つのは、やめた方が幸せなの。毎回新しい人生を素直に女神の能力を活かして楽しく暮らすのが一番よ」

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