コトリ倒れる
帰りのエレベーターに乗り込み、扉が閉まった瞬間にコトリ部長はエレベーターの壁にもたれかかられました。
「だいじょうぶですか、コトリ部長」
「だ、だいじょうぶ、かな。やっぱりマンチーニ枢機卿みたいな雑魚とは桁が違いすぎたわ。よく無事で帰れたと思うもの。まともにやり合っていたら、絶対勝てなかった。やっぱり首座の女神はたいしたものね。だからコトリは次座なんだと思い知らされた気分よ。でも、納得してくれて良かった。さて、パアッと飲みにいこうか。あなたたちも知りたいでしょ」
「コトリ部長、今日は無理ですよ」
「そうですよ、コトリ先輩」
「これぐらい、ビールをグイッと飲んだら吹き飛ばせるわ」
そうこう言ってるうちに一階に着きました。コトリ部長の足取りは重そうでしたが、玄関を出て車寄せのところまで来た時に、
「シノブ」
「ミサ~キ」
佐竹課長とマルコが迎えに来ていました。もう人目も何もありません。ミサキは夢中でマルコに抱き付きました。シノブ部長もそうです。
「ミサ~キ、だいじょうぶか。ボクはミサ~キがたとえ老婆に変わっていても、ミサ~キを愛する気持ちは変わらない」
「やだマルコ、浦島太郎じゃないんだから」
「タロウって、男に変わるかもしれなかったのか」
「それは・・・後で話すわ」
ふと振り向くと、コトリ部長が寂しそうに笑ってました。
「もう、見せつけてくれるんだから、トットとお帰りよ。コトリはその辺でタクシー拾って帰る・・・」
その時です。コトリ部長は突然崩れ落ちるように倒れられました。もう驚いてしまって、とにかく急いで駆けつけて、
「コトリ部長、だいじょうぶですか」
「コトリ先輩、コトリ先輩」
「小島部長、しっかりしてください」
「コト~リ、コト~リ」
こう口々に呼びかけても返事がありません。誰しも動転してしまったのですが、その時に玄関の自動ドアが開き、山本先生が駆けつけて来ました。素早く脈を取り、呼吸を確かめながら、
「誰か救急車を呼んでくれ」
我に返った佐竹課長が救急車を呼びます。やがて到着した救急隊員に山本先生は容体を手早く説明し、
「ボクが一緒に行くから、家族に連絡を取ってくれ」
救急車が走り出した後、シノブ部長は、
「ミサキちゃんとマルコは会社に連絡しながら病院に向かってくれる。私とミツルはコトリ先輩の御家族に連絡取りながら病院に向かうから」
病院に着くと山本先生がいました。
「ありがとうございました。助かりました。ホントによく来てくださいました」
「あぁ、ボクもビックリした。ベランダからお見送りしてたら見えたんだ」
「コトリ部長はだいじょうぶですよね」
「救急車の中でも意識は戻らなかった。とりあえず他のバイタルは安定しているようだ。後は検査してみないとわからん」
「万が一ってことはないですよね」
「コトリちゃんが死んだりするものか」
山本先生は少し難しそうな顔をされてました。やがて駆けつけてきたシノブ部長と佐竹課長にも同じような話をして、後は病院の待合室のベンチで座って待つしかありません。長い時間でした。やがてご家族も駆けつけてこられました。診察室から看護師が出てきて、
「小島知江さんの御家族の方はおられますか」
コトリ先輩の御両親が呼ばれました。やがて出て来られたご両親は、とりあえず命に別状はなさそうだが、意識が戻らないのでこのまま入院になる事と、後は家族で見るのでお引き取り頂きたいと丁寧に仰られました。
月曜日に出勤してみると、コトリ部長が倒れられたニュースは既に誰もが知っており、どこもかしこもその話題で持ちきりです。誰もが仕事に手が付かない状態で、意味もなくソワソワと落ち着かない体たらくです。そうしてたら総務次長に呼ばれました。
「悪いが小島部長のお見舞いにしばらく通ってくれないか。誰もが行きたがってるのだが、あまり大勢で押しかけるとかえって迷惑になるとの社長の御意向だ」
「わかりました。ところで、どうしてわたしなのですか」
「結崎情報調査部長の御推薦だそうだ」
病室に行くとご両親がおられ、ミサキが社を代表してお見舞いに通わせてもらう事の御了承を頂きました。まだコトリ部長は意識を取り戻されていないようでご両親は、
「検査では、とくに異常はないそうなのですが・・・」
静かに眠られているコトリ部長の顔にはわずかに微笑みが浮かんでいる気がしました。翌日も翌々日もコトリ部長は眠られたままです。山本先生と加納さんも一緒にお見舞いに来られましたが、
「主治医の先生はボクの後輩だから聞いてみたけど、とくにこれと言った異常はないみたいで、後は待つしかないと言ってた」
ミサキは心配で、心配で、
「なにか、出来ることはないのですか。たとえば病院変えるとか、主治医の先生変えるとか、これじゃ何もしていないのと一緒では・・・」
「アイツは信用できる腕を持ってる。この病院のレベルも一流や。医療は待つのも大事な時間やねん。ミサキちゃんって言ったかな、コトリちゃんは必ず元気になるよ」
そう言って帰られました。
お見舞いも行くだけなら、そんなに大変ではないのですが、とにかく各部署からのお見舞いの品を山のように託されるもので、これを運ぶのが大変です。とくにお菓子やましてや果物になると重くて、重くて。そこで情報調査部から山村さんと鈴木さんがヘルプに来てくれました。
三人でも運ぶのはラクじゃありませんが、これもコトリ部長の回復を願うみんなの気持ちが込められていると思うと頑張って運び込みました。お蔭でというか、当然そうなるのですがコトリ部長の病室はお見舞いの品で埋め尽くされてしまいました。これじゃ、いくらなんでもと総務部次長に、
「お見舞いの品を制限して頂かないと・・・」
まだコトリ部長の意識が回復されていないので、お菓子とか果物の類は禁止になりましたが、その代り花とか寄せ書き、千羽鶴、治癒祈願のお札、お守りの類がテンコモリ押し寄せてきました。
「次長、あれでは御家族にも迷惑です。なんとかして下さい」
これは仕事の話になってしまいますが、こういう状態になったらコトリ部長ならもっと上手く処理するのにと痛感しました。ミサキじゃ、上手い処理法がなかなか思いつきませんでしたが、コトリ部長の言葉がふと浮かびました、
『それを何とかするのが、総務のお仕事。ミサキちゃんなら出来るよ』
とにかく次長はコトリ部長が倒れられてから目も虚ろ状態でアテになりませんから、シノブ部長に相談です。
「わかったわ、ミサキちゃん、私が必ず話を通しておく」
続いてマルコにもお願いしました。
「コト~リのためなら全力を尽くすよ」
ミサキが捻くり出したアイデアは、コトリ部長のためにマルコに回復祈願のアクセサリーを作ってもらう事でした。これもタダ働きではマルコにも悪いので、募金をしようです。コトリ部長回復祈願の募金箱にたくさんの募金が集まります。マルコは部屋に籠って一心不乱に何か作っています。
でもコトリ部長は眠られたままです。三日、四日、五日と過ぎても眠られたままです。一週間目にマルコが、
「コト~リのためにエレギオンの秘術を尽くして作った回復のブレスレットだ」
これをコトリ部長に付けてみましたが、やはり目を覚ましてくれません。さすがに社内でもコトリ部長はこのまま目を覚まさないのではないかの不安の声が広がり始めました。ミサキは最後の決断をしました。シノブ部長に、
「もうアレしかありません。可能性はそれしかないと思います。でも、わたしではどうやったら出来るのか見当もつきません」
「ミサキちゃん、かなり危険よ。でもミサキちゃんの意見に賛成するわ」
連絡はシノブ部長に取ってもらいました。店は計画通り個室を取ってもらい、待つことしばしで、
「やあ遅くなってゴメン」
山本先生が現われました。しばらくはコトリ部長のその後の容体を話していたのですが、シノブ部長が意を決して立ち上がります。シノブ部長は今まで見たことがないぐらい光り輝いています。
「山本先生、申し訳ありませんが、少し失礼させて頂きます」
その時です。山本先生は突然眠り込んでしまわれました。
「ダメよ輝く女神。わたしがいる限りカズ坊に手を出すのは許さない。まったく無茶するんだから困っちゃうわ」
首座の女神の声です。
「でも、こうでもしないとお会いできません」
「わからないでもないけど、まったく。知恵の女神でさえそうだったけど、力加減が昔からヘタクソなんだから、あのままやったら下手すりゃ死ぬよ。今後は使わないほうがイイと思うよ」
だからあの時も首座の女神はコトリ部長にさせなかったんだ。
「お願いですユッキーさん、コトリ先輩がこのままでは」
「知ってるよ。わたしもお見舞いに行ってるし、検査も見せてもらった。生身のユッキーだった頃は医者もやってたから信用してもらってもイイと思うわ」
「でも、もう十日間です」
「まだ十日間よ。たしかに知恵の女神とは相性悪いところはあるけど、別に仲が悪いってわけじゃないの。考え方の違いかな。随分助けてもらってるんだから」
「だったらコトリ先輩を助けて下さい」
「だから仲は悪くないって。まだ、わからない。知恵の女神ならすぐわかるんだろうけど、あなたたちにはまだ無理か」
「どういう事ですか」
「本当に知恵の女神が危ないのなら、もう助けに行ってるよ。ちょっと寝てるだけ。そうねぇ、後三、四日ぐらいしたら目を覚ますわよ」
少しだけ安心しました。こんな機会はそうそうないので聞いてみたいことが、
「首座の女神様、お聞きしたいことが」
「みんな聞きたがるね。イイよ、もう知恵の女神も気が付いてるみたいだし。そうだよ、あなたも最近よ」
「では抱えたままだったのですか」
「そういうこと、どうしても相性の悪い知恵の女神だけは抱えきれなかったの。抱えてみて、ホントに思い知らされたもの。日本に来るまでの三年間はさすがのわたしでも苦し過ぎたってところ」
「記憶の封印は」
「あれも知恵の女神が出したアイデアよ。わたしも賛成して互いに封印しちゃったの。後は知恵の女神に聞かせてもらいなさい」
そこまで言うと首座の女神の声は消え、山本先生が、
「あれ、どうしてたんだろう」
ここは取り繕って、
「どうかされました」
「いや、なんでもないけど、なんか一瞬意識が飛んだ気がした」
「そうだったんですか。ちっとも気づきませんでしたが」
なんとか誤魔化してこの日は終りました。首座の女神の予言通りに四日後にコトリ部長は、
「わぁ、よく寝た。これでスッキリってところかな。ほぉ、このブレスレット綺麗じゃない、どこでもらったんだろ。うん、うん、ここはどこなの、あれコトリはどうしていたの」
この瞬間に居合わせていたミサキはまず茫然となり、続いてベッドに駆けよってひたすらワンワン泣きました。席を外していたご両親も駆けつけて来られて同様です。やがて医師や看護師も来られて、あれこれ検査しているようです。
「もう帰る」
コトリ部長は仰いましたが、さすがに二週間も眠り込まれていましたからそうはいかず、引き続いて入院です。そりゃ、起き上がろうとして満足に立てないぐらい弱っていたからです。そこから連日、
「焼き鳥食べたい」
「焼肉食べたい」
「ビールが飲みたい」
そう言われるのを宥めすかしながらお見舞いを続けました。会社の方もコトリ部長が意識を取戻し、近いうちに退院の見込みと聞いて一気に活気づきました。またまた山村さんと鈴木さんヘルプしてもらってお見舞い品運びです。
大量のお見舞い品が運び込まれるのですが、コトリ部長は少しでも動けるようになると、あちこちに配り歩くように指示されました。乳幼児施設、高齢者施設、障害者施設とお見舞い品によって宛先を変えながらです。これに振り回されて、ミサキも、山村さんも、鈴木さんも、
「これじゃ、宅配業者みたい」
そう笑ってました。退院されて出社された日も大変な騒ぎで、それこそ手の空けれる社員は総出でお迎えです。ずっとお見舞いを抑えられていたのが爆発した感じでしょうか。コトリ部長も笑顔で手を振っておられました。それはもう零れるばかりの楽しそうな笑顔でした。社長まで出迎えに出られていて自然に全員を代表する形になり、
「小島総務部長の復帰を心から歓迎する。ここで万歳三唱をしたい」
なんで万歳三唱かとも思いましたが、気がついたらミサキも声を限りにやってました。ここでも花束が渡されましたが、これがもう次から次状態になり、それこそ総務が総出で運ぶ羽目になった次第です。
つくづく思い知らされたのは、コトリ部長がどれだけの人に慕われているかです。コトリ部長の後姿を見ながら、あれこそが微笑む女神だとはっきり目にした思いです。みんなが笑っています。心の底から微笑んでいます。会社中が笑顔に包まれています。これですべてが元通りになったはずです。
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