コトリの部屋にて

 どこかのお店に呼ばれるかと思っていたら、コトリ部長の部屋に招待されました。


「ピンポン」

「ミサキちゃん、待ってたよ」


 部屋に案内されるとシノブ部長は先に来てました。テーブルにはイタ飯の数々、


「シノブちゃんと頑張って作ってみたの」


 これはイタリア旅行の時にトラットリアで食べた料理です。


「ビールが良ければ冷蔵庫に入ってるから自分で取って来てね。とりあえずはスパークリングで乾杯。残念だけどフランチャコルタじゃないけどね」


 コトリ部長はなんでも出来る人だけど、料理も出来るんだ。それにしても美味しい、イタリアの時の味と同じだ。


「イタリアと同じ食材が手に入る訳じゃないから、少しアレンジしてみたけど、どう」

「とっても美味しいです」

「良かった、頑張った甲斐があったわ」


 コトリ部長とシノブ部長はハイタッチして喜んでました。


「ところでなんですが・・・」

「ミサキちゃんは自分が天使かどうか聞きたいのでしょう」

「は、はい」


 やっぱりわかってたんだ。


「イタリアに行く前には確信はなかったの。でも、そうだとわかったわ」

「やっぱり、わたしは天使なのですか。どこでわかったのですか」

「そうねぇ、たとえばイタリア語」


 コトリ部長に言われて思い出したのですが、ミサキは確かにイタリア語を話せますが、正直なところ日常会話レベルがせいぜいでした。読んだり、書いたりはともかく話すとなれば不安があったのは確かです。イタリアに語学留学もしましたが、ネイティブ相手にどこまで通用するかはイタリア旅行の時の不安でした。イタリアに行って最初の数日は全身を耳にして緊張していましたが、途中からなんの問題もなく話せている自分に気づき驚いたのでした。


「あれが天使の能力の一つよ」

「でも、ヴェンツェンチオーニ枢機卿には見えてなかったじゃないですか」

「まだ、あの時には無理だったと思うわ。天使は宿すもので、宿った天使は多くの場合眠ってるの。眠ったままで一生が終わることもあるの。それと、目覚めてもいきなり全開ってことはなくて、段々に天使の能力として開花していく感じかな。コトリとシノブちゃんはほぼ目覚めていたから気づかれたけど、あの時のミサキちゃんじゃ、わからなくて当然かな」

「では今は」

「綺麗になったじゃない」

「そんなに変わりましたか」

「誰かに言われなかった」


 これはマリちゃんにも言われたから『そうだ』としか言いようがありません。


「これから、どうなっちゃうんでしょうか」

「そこなのよね。シノブちゃんとも話していたのだけど、ミサキちゃんを天使として目覚めさせてしまったのが良いのか、悪いのか考えてたの。イタリアに行く前は、目覚めた方が良いと思っていたけど、コトリもシラクサで記憶の封印がかなり解けて、ちょっと悩んでるところ」

「なにか良くないことがあるのですか」

「それがね、思い出せないのよ。どうにも記憶の封印は何重にもがんじがらめにかかっているみたいで、シラクサで解けたと思っていたけど、まだまだ完全じゃないのよ。それだけ守られる秘密があるってことは、知らない方が良いことかもしれないじゃない」

「たしかに」


 コトリ部長はスパークリング・ワインをグッと飲み干してから、


「コトリはビールにするわ。シノブちゃんとミサキちゃんは」

「お願いしま~す」


 コトリ部長は冷蔵庫から缶ビールを取り出してきてグビグビ飲みながら、


「それでも、だいぶ思い出したの。もう天使じゃなくて女神というけど、シラクサにいた五人の女神は首座の女神の決断で日本に来たのは事実よ。だからコトリもここでビール飲んでるわけじゃない。首座の女神は日本に着いた時に女神たちの記憶を厳重に封印したのもまた事実よ」


 この話はイタリア旅行の時に聞いています。


「その記憶の封印は、主女神と首座の女神に会えば解かれるのですよね」

「それも封印の一つでウソよ」

「ウソ?」

「そうよ、コトリは主女神にも首座の女神にも会ってるの。でも封印は解けなかったの」

「では、封印が解けたのは」

「聖ルチア女学院の三人の神父のおかげよ」


 聖ルチア女学院では三人の天使が見つけ出されたとなっているはずですが、


「人としては三人だったけど、女神としては一人だったの。なんの因果か三回も聖ルチア女学院に入学してたわけ」

「では秘儀で目覚めたってことに」

「秘儀の殆どは無効だったけど、ベネデッティ神父はエレギオンの血を引くもので、そこにエレギオンの古い言葉が残されていたの。ベネデッティ神父も言葉の意味すらわかってなかったけど、おまじないの言葉として残っていたぐらいかな。それを秘儀の中に織り込んでたのよ」

「それを三回にわたって受けて目覚めてしまったってことですか」

「そういうこと」

「じゃあ、シノブ部長はどうなんですか」


 コトリ部長は新しい缶ビールを開けながら、


「ここがわからなかったの。わかっているのは首座の女神がシノブちゃんを女神にしたこと。これは事実よ。でもシノブちゃんには最近というかここ数百年の記憶がほとんどないの。もちろん封印されてるだけかもしれないし、シノブちゃんが言うように記憶は伝えなかったのかもしれない」


 少しだけ考えてから、


「コトリは別の可能性を考えてるの。首座の女神は誰かに女神を譲り渡す力があるのは間違いないわ。現実にシノブちゃんがそうなってる。でもね、女神は一人なのよ。誰かに女神を譲り渡せば、その人に女神がいなくなるはずなの。でも、首座の女神は今でも間違いなく女神よ」

「どういうことですか」

「首座の女神がシノブちゃんに与えたのは、首座の女神ではなく別の女神だと考えてる」

「でも首座の女神は輝く女神ではないのですか」

「それもまた封印の一つだったみたい。コトリは次座の微笑みの女神だけど、首座の女神には呼び名は・・・ちょっと呼べないわ。普段はただ首座の女神と呼ばれるだけなの。輝く女神は四座の女神なの。やっと、これを思い出したわ」


 そうなるとミサキは首座の女神にも、主女神にも会ってないことになる。


「それとこれは重大なことだと思うけど、五人の女神がそろっているのよ」

「えっ」

「だってそうじゃない、主女神はシオリちゃんだし、首座の女神はユッキー、四座の女神はシノブちゃん、そして三座がミサキちゃんだよ」


 コトリ部長の言葉がミサキの心に沁み込んでいきます。


「それも主女神を除いて目覚めかけてる。これって何かの啓示だと思うのよ。単なる偶然にしては出来過ぎてる。もっと言えば次座の女神がご丁寧に三回も封印を解きにかかられているのも偶然としては出来過ぎてると思うの」

「ところで首座の女神のユッキーという方も目覚めてるのですか」

「たぶん間違いなく」

「では、首座の女神に聞いたらどうでしょうか。とにかく記憶を封印したのは首座の女神ですから」

「それはそうなんだけど・・・」


 ここでシノブ部長が、


「そのことについて、コトリ先輩とずっと話し合っていたのよ。ユッキーさんはコトリ先輩の同級生だし、私だって見ず知らずってわけじゃないの」

「じゃあ、聞いてみたら」


 ここでコトリ部長とシノブ部長が顔を見合わせて、


「コトリとシオリちゃんの恋愛バトルの話を聞いてるよね」

「はい」

「勝ったのはシオリちゃんで、カズ君と結婚してるわ」

「それも聞いてます」

「首座の女神のユッキーは、カズ君の中にいるの」

「えっ、女神が男性に宿っているのですか」

「そうなのよ。カズ君の心の中のユッキーと話すためには、カズ君に眠ってもらわないといけないの。そういう力はコトリにもシノブちゃんにもあるけど、首座の女神であるユッキーに抵抗されたら勝てるかどうかわからないの」


 そこでコトリ部長は一つため息をついて、


「それとね、カズ君を眠らせる時に主女神のシオリちゃんもいるけど、これをどうするか難しいのよね。知る限りシオリちゃんは目覚めてないのよね。目覚めるとカズ君の心の中にユッキーが住んでいるのがわかっちゃうから、夫婦関係がどうなるか予想がつかないの」

「あ、そっか。じゃあ、加納さんも眠ってもらったら」

「簡単にいうけど、相手は主女神だからコトリの力が通用するかどうかはわからないし、首座の女神だっているのだから、邪魔されたらどうなるかなのよ。とにかくユッキーはカズ君の幸せを邪魔する者を容赦しない気がするの」


 ここで一つの疑問を、


「主女神ってどんな存在なのですか」

「ははは、わかんない。全部思い出しきれてないけど、なんて言うか会社で言うと実務みたいなのを全部取り仕切っていたのは首座の女神なの。ただ、首座の女神にとって主女神はある意味、絶対だったぐらいかな。これも理由を聞いてみたいと思ってる」


 ミサキにも段々わかってきました。コトリ部長の懸念は女神としての懸念と、人としての懸念が複雑に入り混じっているものです。女神としての懸念は五人の女神がそろい、これがすべて目覚める時に何がおこるかわからない点です。そうさせないように、首座の女神がこれだけ厳重に記憶を封印したのは何か理由があるはずってところです。

 人としての懸念は、コトリ部長の大切な人であったカズ君と呼ばれる男の幸せです。結果として主女神の加納さんと結ばれて幸せに暮らしているようですが、主女神を目覚めさしてしまうことでどんな影響が出るかです。ここは、それだけじゃなく、首座の女神もカズ君を大切に想っています。その幸せを乱そうとする行為に首座の女神の全力をかけても阻止に動くはずだの予想です。

 さらにになりますが、現在主女神と首座の女神は一緒に暮らしており、この二人の女神の関係は特殊と言うか、非常に結びつきの強いものです。


「コトリ部長、もしかして主女神と首座の女神は恋愛関係とか」

「どうなんだろ、そう見るのも一つだけど、それがすべてかどうかもわかんないよ」

「で、どうするのですか」

「だからミサキちゃんにも来てもらったの」


 コトリ部長が言うには、最後の記憶の封印を破るためには、結果がどうなるにせよ、主女神と首座の女神に会いに行かいといけません。会った後に起る事は、良い事ばかりとは限りません。悪いことが起る可能性も多分にあります。それが起った時には、まだ目覚め始めたミサキにも影響が出る可能性があります。


「コトリとシノブちゃんは、それでも会ってみようと思ってる。それも、この際だからミサキちゃんも一緒に行ってもらって、五人の女神がそろう状態にしたいと考えてる。ただね、ミサキちゃんが怖いのならやめとく。別に知ったからって、人としての暮らしに変わりはないし、ミサキちゃんも今の状態で能力が花開けば、会社でも成功間違いなしよ」


 知りたいという気持ちと、怖さがミサキの心の中で渦巻いています。


「少し時間を頂けますか」

「イイよ、時間ならいっぱいあるからね。本当のことを言うと、コトリもシノブちゃんも相当迷ってるの。そうそう、話は変わるけどね・・・・」


 コトリ部長はわたしをまたもや驚かす話を持ちだして来ました。ひょっとして、もともとはこっちの話をするのが狙いだったとか。

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