シラクサへ

 ヴェネツィアからシラクサの移動はまずはテッサレ国際空港に行くのですが、


「絶対水上タクシーで行くの」


 お二人の観光気分は徹底するとこうなると良くわかりました。テッサレ国際空港からはボロテア利用で一〇時発。一時間四十五分のフライトでシチリアのカターニア・フォンターナロッサ空港に到着します。ほぼ予定通りの到着になり十一時には出発ロビーに。

 ここからはインターバスの直通バスでシラクサに向かうことになるのですが、一三時四〇発なので、とりあえずランチ。定番の


「ワイン」

「イタ飯」


 でしたが、軽めにすませてもらってバスを待つのですが、さすがはイタリア、なかなか来ません。それでも三十分遅れぐらいで無事乗り込めました。そこからは一時間十五分程度と聞いていましたが、一時間半以上はかかりようやくシラクサ駅のバス停に到着。

 ここからホテルにチェックインしたいのですが、ホテルがあるのは旧市街が広がるオルティージャ島。歩いて行けない事もありませんが、タクシーでホテルに。もう十六時を回ってました。しばらくはホテルで休憩。その間にマンチーニ枢機卿にコトリ部長は連絡を取られてましたが、


「晩メシ、一緒にどうかって」


 夜は枢機卿宿泊のレストランに御招待の運びになりました。いつもの、


「ワイン」

「イタ飯」


 と違い、かなりというか、ガチでフォーマルな装いで指定されたレストランに向かいました。それと今回もシノブ部長は欠席。これもコトリ部長に聞いてみたのですが、


「サプライズよ、サプライズ。今日のディナーは前夜祭かな」


 ホテルについてロビーで待っていると枢機卿が登場。お供もつれておられます。挨拶を交わして、レストランに案内されると、なんと個室。さらに枢機卿の随員は入ってこられません。つまりは枢機卿とわたしたち三人だけになります。

 しばらくは近況的なこと、コトリ部長の聖ルチア学院時代の思い出などが話されていましたが、話題が途切れた頃に枢機卿が、


「ところで最後の秘儀のことだが、明日にもどうかね」


 秘儀を受ける教会の位置を示した地図を枢機卿がコトリ部長に渡されます。


「とにかく来てもらえば準備は整ってる。それとミサキさんは来てもらっても良いが、教会には入れないので了解しておいてもらいたい」


 時刻とかの打ち合わせが終わったところで、


「今度の教会は新設されたのですか」

「うむ、神戸の教会から運んだものもあるが、足りないところは新調した」

「やはりエレギオンですか」

「もちろんだ、そうでなければ意味がない」


 今夜のコトリ部長の微笑みはいつも以上の感じがします。やはり最後の秘儀を受ける興奮のためでしょうか。ミサキはエレギオンが話題に出て来たので、枢機卿に聞いてみました。


「マンチーニ猊下。エレギオンについて知ってられる事があれば、教えて頂けますか」

「チエは相当詳しいはずだが、ミサキさんのために話しておこうか。古代エレギオンはまさに富栄えていた。ポンペイウスがあれだけ短期間で海賊征伐が出来たのも、エレギオンが加担したためと言われている」

「なぜ、ポンペイウスにそれほど加担したのですか」

「単純だよ。エレギオンは商品を売ってこそ富が貯えられるわけで、海賊の横行は排除したかっただけだ」

「なるほど。では、カエサルはあれほど徹底的にエレギオンを破壊してしまったのですか。カエサルのやり方として違和感を感じるのですが」

「それについては、はっきりした理由が残されている訳ではないが、ポンペイウスと覇権を争ったカエサルは軍資金で困っていたとの説がある」


 カエサルの偉業の一つとしてガリア征服がありますが、征服したガリアのオリエントに較べるとはるかに貧しい地域です。カエサルはガリア制服のためにローマ軍団を預けられていますが、これでは足りず自前の軍団を作っています。カエサルの借金については有名で、ガリア方面担当になるまでにも天文学的な借金を作っています。ガリア制服事業の成功により借金はかなり返したとは言われていますが、征服したガリアに対して重税を課したというより、むしろ公平で軽い税金であったともされています。

 そんなカエサルですが対ポンペイウス戦が終わる頃には十分な富を築いています。その原因の一つとしてエレギオンの富を手に入れたからではないかと言われています。


「でもカエサル的なやり方からすると、エレギオンの降伏を許し、安定した資金源にする方が賢明ではないでしょうか。まるでカルタゴを滅ぼした時みたいな徹底的な破壊まで必要だったのでしょうか」

「うむ、なかなか鋭いと思う。カエサルは何かをエレギオンに求めていたとする説がある」

「何かとは?」

「あくまでも説だし、何の記録も残されていないが、カエサルがエレギオンを攻め滅ぼした時に、何かを懸命になって探させていたの滅び去った伝承の記録がある。これを見つけるために結果的にエレギオンをあそこまで破壊させることになったのじゃないかと」


 ここでコトリ部長が、


「マンチーニ猊下、教えて差し上げても良いのじゃないですか」

「そうだな、カエサル以来探し続けられて見つかっていないのだから、もはや伝説として良いだろう。オレイカルコスだ」

「それって、プラトンのティマイオスとクリティアスに書かれているオリハルコン」

「そうだミサキさん。アトランティスにあったとされる金やプラチナ以上とされた貴金属だ。カエサルはエレギオンからオリハルコンを手に入れようとした説がある」


 エレギオンの金銀細工師はエルフにその技術を習ったとの伝承がありますが、エルフはゲルマン神話に基づくものであり、時代的に合わない部分があります。


「ミサキさん、あなたは詳しいですね。エレギオンの民はアトランティスの遺民と称しているんだよ。エルフに教わったとするのは、ゲルマン民族の大移動で古代ローマ帝国が崩壊し中世になってからだ」

「ところで猊下、オリハルコンは本当に存在していたとお考えですか」

「わからないが、あったのかもしれない。あのカエサルがあれだけ執着したのなら、カエサルの時代には実際にあったのかもしれない」

「なぜ、なくなったのですか」

「とりあえず二つ考えられる。一つはプラトンのティマイオスやクリアティスを信じてとしてだが、アトランティスにはオリハルコンが存在していた。アトランティスは沈んでしまいもうないが、アトランティスの植民地の一つがエレギオンであり、そこにアトランティスから運び込まれたオリハルコンがあったが使い尽くされてしまった可能性だ」

「もう一つは」

「オリハルコンは金やプラチナと異なり、合金であった可能性だ。エレギオンはアトランティスからオリハルコンの製法を伝えていた可能性だ。これがエレギオン滅亡時に失われてしまったぐらいかな」


 ここでコトリ部長が、


「私は製法ではないかと見ています。エレギオンの民は帝政ローマ時代はその存在さえ不明ですが、キリスト教台頭とともにある意味復活します。キリスト教があれほど広まったのにエレギオンの存在が考えられないでしょうか」

「おもしろい見方だね」

「エレギオンの民が帝政ローマに反感を持つのは亡国の民として当然で、反ローマとも見れなくはないキリスト教と結びついても不自然とは言えません。そこにオリハルコンが加わったぐらいです」


 そこからもあれこれ話はあったものの、ディナーは終了。ホテルに帰ってから、


「枢機卿は口を滑らしてくれたね」

「どういうことですか?」

「天使の教会は適当に作ったものではないのよ。中は一種の魔法陣みたいになっているの」

「そうなんですか」

「だから取り壊される前に内装はすべて剥がされてしまったのだけど、足りない部分は新調したと言ってたじゃない」

「そうですが」

「ルチア・ベレ・エクレシアの内部は総オリハルコン作りだったの」

「ホントですか? では今もオリハルコンは存在する事に」


 中世で権力を揮った法王庁、さらには法王庁からエレギオンの金銀細工師を強引に連行したムッソリーニ、ムッソリーニの独裁下でもエレギオンを守り続けたヴァチカン。その背後にはエレギオンの民だけが作れるオリハルコンがあったとか。


「神戸のマルコさんが見せてくれたのはゴールドにみえましたが」

「あれはそうよ。エレギオンの金銀細工師と言えども、オリハルコンばかりを使っている訳じゃないよ」

「ところでコトリ部長。エレギオンが実在し、オリハルコンが実在するのは枢機卿の話から確実としても、それをどうやって我が社の商品にするのですか」

「それも考えてる。すべては明日かな」


 それ以上は話してくれませんでした。

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