ミラノへ
関空からルフトハンザでまずはフランクフルトに出発。関空は一〇時出発ですが、フランクフルトまで約一二時間、現地時刻の一五時ぐらいに到着予定です。機体は747、いわゆるジャンボです。
ビジネスクラスは一階と二階に設定されているのですが、今回は二階の席が取れました。えへへへ、二階席に一度は乗ってみたくて頑張って取りました。あのジャンボの二階席にはどうやって上がるのかと思っていたのですが、なんてことはなく階段でさすがにエレベーターではありませんでした。
客室は二席ずつが三列並んでおり、コトリ部長とシノブ部長には窓際の席を、ミサキは通路を挟んで中央列のシートにしました。ビジネスクラスはミサキも初めてでしたが、コトリ部長も初めてだったみたいで二人ではしゃいでました。
「あれ、シノブちゃんは初めてじゃないの」
「新婚旅行の時がビジネスクラスだったの」
そっか、シノブ部長は結婚式の時に時に部長でしたし、結婚式や披露宴は輝く天使のブライダル・プランのイメージの撮影で使われて、会社持ちでしたからビジネスクラス使っても不思議ありません。それにしてもなぜかふくれっ面。
「聞いてよ。あの時の撮影って、飛行機の中どころか、新婚旅行先も全部付いて回られたのよ」
「じゃあ、新婚旅行代も会社持ちだったの」
「それが、私たち持ちだったの。それなのに、あのムジナめ、私たちの結婚を骨までしゃぶり尽くすように利用したのよ。私の大事な結婚式と新婚旅行だったのに」
「でも微笑む天使の時には新婚旅行シーンの撮影は無かったよ」
「あれはね、新婚旅行もパッケージにする案が当分中止になったからなの。今でも腹立たしいけど、どこの新婚旅行に、旅行先まで撮影隊が付いてくる話があるのよ。ホント、朝食から夕食まで貼りつきだったのよ。二人っきりになれたのは夜だけだったもの。下手すりゃ、夜のベッドまで撮影する勢いだったんだから」
シノブ部長がオカンムリになる理由は良くわかります。やがてウエルカムドリンクが配られるのですが、コトリ部長もシノブ部長も選んだのはゼクト、つまりはスパークリング・ワインです。ミサキはオレンジジュースにしましたが、フランクフルトに着くまでどれだけ飲む気だろうってところです。
そうこうしているうちに離陸、水平飛行に移ります。CAが機内食のオーダーを取りに来られます。洋食と和食がありましたが、三人とも洋食を選んでます。一時間ほどすると配膳が始まります。さすがにビジネスクラスで、ちゃんとテーブルクロスが敷かれ、陶器の食器で料理が出てきます。飛行機に乗ってからテンションが高めのコトリ部長はさっそくビールをグイグイと、
「コトリ部長、ワインじゃないのですか?」
「なに言ってるのよ、ドイツと言えばビールじゃない」
そう言えばルフトハンザだった。でも、しっかりお代わりにはワインを頼んでました。
「ドイツと言えばビールじゃなかったのですか」
「なに言ってるのよ、モーゼルワインを知らないの」
まあ、なんでも良いようです。食事も終りエスプレッソを頂いていると、
「ミサキちゃん、ちょっと席替えしてこっちにおいで」
シノブ部長と席を代わってもらいコトリ部長の隣に、
「ミサキちゃん、とりあえずこれを読んで」
渡されたのは一通のエアメール。
「ミサキちゃんなら読めるけど、コトリが読むのは大変だったのよ。せめて英語にしてくれたら良かったのに」
そこには流麗な文字でコトリ部長へのイタリア語の手紙がありました。読んでみると、
『親愛なる最後の天使、小島知江嬢へ、
貴女に会えたのは私の人生最大の喜びだった。まさか私の在任中に天使が出現するとは思いもよらなかった。
ただ心残りなのは、大学が廃校になってしまい、卒業まで天使を見続けることが出来なかったことだ。もっと残念だったのは、最後の秘儀を貴女に授ける時間がなくなってしまった。
私も天に召される日が近づいている。なんとかヴェネツィアまで来ることは出来ないだろうか。
パスクァーレ・スタニスラオ・マンチーニ』
「マンチーニさんて誰なんですか」
「学校の神父さん」
聞くと、コトリ部長は聖ルチア女学院に入学しルチアの天使に選ばれたものの、大学四年の時に倒産廃校になってしまったそうです。
「秘儀とはなんですか」
「わかんないから、これから調べにいくのよ」
これでコトリ部長がイタリアに行く目的がやっとわかりました。
「どうしてシノブ部長も誘われたのですか」
「あははは、ちょっとした悪戯。天使が二人並ぶのを見たら、あの神父さん、なんて言うかと思って」
「それだけですか」
「それだけじゃないけど、今はまだ話せないの」
そこから聖ルチア女学院の天使はルチアの天使と呼ばれていたこと、これは一年がかりで選ばれること、さらに滅多に選ばれることはないことをコトリ部長はわたしに話してくれました。
「シノブちゃんが言うには、ルチアの天使は、実は天使じゃなく聖ルチアの生まれ変わりを探していたんじゃないかと考えてるの。そう言われると、そうかもしれないって思ってるのよ」
「どういうことですか」
「ルチアの天使は特別の服を着せられて、ミサとかに引っ張り出されるんだけど、座る場所が変わっているの」
「どう変わってるのですか」
「聖堂でのミサの時は祭壇の傍らだったけど、天使の教会の時は・・・ゴメン、これは秘密になってるの。今度の旅が終わる頃には話せるかもしれないけどね」
ここで気になるのはコトリ部長が天使なのはルチアの天使だったからで説明が付くにしても、シノブ部長はどうなんだです。
「それは、シノブちゃんも教えてくれないの。会社の極秘事項だから話せないのは当然だと思うけど、それ以外の理由もありそうなの」
それからもルチアの天使、さらには聖ルチアのことをあれこれ教えて頂きました。そうこう時間を過ごして、
「シノブちゃん、お待たせ交代」
コトリ部長はシノブ部長と席を代わりました。シノブ部長の話は主にコトリ部長のお話の補足でした。それとシノブ部長が天使になった経緯はやはり、
「ゴメンね、とにかく会社の極秘事項だからあんまり話せないの。話せないだけでなくて、最後のところはよくわかんないのよ。あれこれミツルと推理して、こんな感じなら、どうにか説明できるぐらいのレベルなの」
そこから、ちょっと違うお話を教えてくれました。コトリ部長の恋愛話です。そういえば、シノブ部長は佐竹課長と御結婚されていますが、コトリ部長は独身です。ですから結婚願望は強くないと勝手に思い込んでいました。ところが実はそうでなくて、長い間、恋い焦がれた相手がおられ、これをライバルと熾烈な争いを繰り広げた末に敗れたそうです。
「ライバルって誰ですか?」
「加納さんだよ」
「加納さんって?」
「フォトグラファーの加納志織さん」
ひぇぇぇ。ライバルがあの加納志織とはなんと豪華な頂上決戦でしょうか。
「やっぱり加納志織さんの方がお若かったからですか」
雑誌とかで見たことはありますが、どう見ても二十代半ばぐらいです。コトリ部長もそれぐらいに余裕で若く見れますが、実年齢は三十代後半ですからね。
「そんなことないよ、加納さんはコトリ先輩と同い年だよ」
これまた、ひぇぇぇです。そのうえ、コトリ部長と加納志織は高校の同級生だったと聞いて二度ビックリ。
「高校の時のコトリ先輩のあだ名が天使で、加納さんが女神様だったんだ。私も何回かお会いしたことがあるけど、そりゃ、もう綺麗なんてものじゃなかったよ」
「でも、コトリ部長は天使なんでしょ、加納志織さんがいかに美人でも天使のコトリ部長に勝てるものですか」
「その謎も、今度の旅行で解けるかもしれないと期待してるの。さすがにこっちは無理かもしれないけど」
コトリ部長と加納志織が争った男性のことも聞いてみたのですが、
「お世辞抜きの世界一イイ男」
「そんなに!」
「と、コトリ先輩も加納さんも言ってた。私も何度かお会いさせてもらったけど、そうかもしれないと思ったぐらいだもの。でもね、あんまり格好の良いイケメンを想像しないように。見た目はイマイチだからね」
それからもあれこれと、コトリ部長の恋愛話を聞かせて頂きました。そうこうしているうちに、
「ゴメンね、ミサキちゃん。ちょっとコトリ先輩と仕事の打ち合わせをしたいから席変わってくれる」
コトリ部長は映画の真っ最中だったので、それが終わるまで待って代わりました。とにかく十二時間は長くて夕食も頂いて、やっとこさフランクフルト国際空港に。現地時刻では十五時ですが日本時刻で午後十時。乗り継ぎ待ちが一時間ほどあって、そこからミラノのリテーナ空港まで一時間ちょっと、現地時刻の十七時過ぎに到着。
そこから入管手続き、空港で軽く食事を済ませ、タクシーを拾いホテルに到着したのが十九時回ってました。日本時刻で夜中の二時ですから、もう眠たくて、眠たくて、コトリ部長は、
「失敗した。もうちょっと遅めの便で来てたら、ホテルでバタンキュー出来たのに」
三人とも眠たいのをひたすら我慢して十時に入眠。聞くとコトリ部長は海外旅行があまり好きでないというか、時差ボケが治りにくい体質みたいで、
「なんでこんなに辛い目にあわないといけないの。だから海外旅行は嫌いなの。でも、時差ボケ解消にはこの手が一番のはず」
そう呪文のように唱えておられました。とにもかくにも十四時間に及ぶ長旅はついに終わり、ミラノに到着したのです。ミサキも眠たくてベッドに入ったらバタンキューでした。
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