サンタ・ルチア
「今夜、空いてる」
コトリ部長から誘われて和食屋さんに、店に入ると、
「ミサキちゃん、こんにちは」
シノブ部長が待ってました。話はイタリア旅行というか、出張視察が決まったとのことです。
「一か月で粘ったんだけど、三週間で押し切られちゃった。でも期間が足りなきゃ延長すれば良いだけだし」
「ところでイタリアでなにするのですか」
「宝石屋巡り」
「はあ」
聞いてみるとブライダル事業本部ではアクセサリー部門の強化を考えているそうです。今のも素敵だと思うのですが、
「あれはコトリが適当に見繕ってるの」
そうは言われますが、ブライダル事業の大きな魅力になっています。そこで単なるアクセサリーではなく、ジュエリー部門として大きくして、独立事業として育てたいの構想が出てきているようです。ただシノブ部長は、
「構想自体は悪くないと思うんだけど、やるとなればまた丸投げされるから・・・」
こうブツブツ言っておられますが、ジュエリー強化の方針自体は既に既定路線になっているようなので、開き直って積極的に乗って利用するぐらいのお話でしょうか。
「だってさ、だってさ、逃げようと思っても、最後は『うん』と言わされちゃうし。あの時だって、この時だって・・・」
コトリ部長が憤慨するシノブ部長を宥めながら、現状を話してくれました。ブライダル事業の本部長は綾瀬副社長が兼任されておられるのですが、ジュエリー強化について副社長は自社生産というか自前国産路線を考えておられたようなんです。
「自前国産は成功すれば旨みも大きいけど、リスクも高いのよね」
「どういうことですか」
「なんでもそうだけど、ブランドって大きいじゃない。たとえばだけど、同じようなデザインでも聞いたこともないメーカーのものと、ティファニーだったらどっち選ぶ」
「財布が許せばティファニーですね」
「じゃあ、財布が許さなかったら」
「無名のメーカー・・・」
「違うと思うよ、買わないのよ。アクセサリーだから、食料品とは違うの」
副社長の考えは、輝く天使・微笑む天使ブランドと結び付ければ成算ありとしていたようですが、
「コトリは甘いと考えてるの。とにかく、うちの会社は今までアクセサリーは本格的に手がけたことが無かったから、ノウハウも人脈もないのよね」
「では、コトリ部長のお考えは有名海外ブランドとの提携ですが」
「そうだけど、ちょっと違う。既に日本に上陸して成功しているブランドじゃ、新味もないし旨みもないのよ」
たしかにそうだけど、
「コトリとシノブちゃんが考えているのは、まだ日本に知られていない新進のジュエリー・ブランドとの提携導入よ。そうすれば、相手は日本への販路が広がって儲かるし、うちの会社も日本での独占販売権も握れるじゃない」
「でも、無名ブランドのリスクは」
「ぐるっと話が回るけど、基本はデザインと技術力よ。無名であっても、それさえあれば新たなブランドとして必ず認知されるはずよ。その時に利用するのが微笑む天使・輝く天使ブランドって計算」
なんとなくコトリ部長の考えがわかってきました。ポイントは天使ブランドの活用法で、副社長は質が落ちても天使ブランドで抱き合わせたら売り込めると考えているのに対し、コトリ部長は天使ブランドが採用した点を強調して高品質のものを売り込み、日本で新たなジュエリー・ブランドとして認識させたいぐらいです。
「でも、そんなに上手い具合に適当な新進ブランドが見つかるのでしょうか。海外提携自体もいろいろとリスクがあると聞きますし」
「こういうものにノー・リスクなんてないのよ。リスクが怖ければ手を出さなきゃイイだけのお話。メリットとリスクを天秤にかけて賭けなきゃしょうがないってところかな。まあ、副社長は以前に海外提携して痛い目に遭った事があるから、自前国産に傾くのはわからなくもないけどね」
副社長は以前に海外提携を手がけて、ブランドとして認知させて成功を収めたそうですが、契約の不備と言うか、穴みたいな点を上手く突かれて煮え湯を飲まされた事があるそうです。
「日本だってそうだけど、海外となると商習慣も考え方も違うから、トラブルが生じやすいのは確かよ。でもね、商売の基本はやはり人と人との信用・信頼だと思うの。その上での契約って感じかな」
「それはそうなんですけど」
「だから直接見に行くのよ。提携するのに相応しい相手かを見分けるには、直接会うしかないでしょ」
なるほど! そういう話になるんだ。
「ところでですが、本当に副社長の自前国産案は良くなかったのでしょうか」
「あははは、ミサキちゃん、さすがだね。議論だから叩き潰したけど、一概に悪いと言えないよ。ただね、今回はどうしてもイタリアに行きたかったのよ」
視察の目的は天使ブランドに相応しいジュエリー・ブランドを見つけることになりますが、
「でもそれなら、わたしでなく専門の通訳を雇われた方が、海外事業部にも協力を求めて・・・」
「仕事だけなら、それでもイイんだけど、仕事はダシよ」
「ダシって?」
「本命はサンタ・ルチアなの」
サンタ・ルチアってなに?
「ナポリに行かれるのですか?」
「行くかもしれない」
「じゃあ、ヴェネツィアに」
「ヴェネツィアは予定している」
「いったい何をしに行かれるのですか?」
「マジカル・ミステリー・ツアー」
どうにもお二人が本命とされているサンタ・ルチアが良くわかりません。シノブ部長にも聞いてみたのですが、
「サンタ・ルチアってなんですか」
「これはまだ言えないわ。これを知っているのは、社長と副社長と専務、それと私とミツル、ミツルって佐竹営業一課長ね、それとコトリ先輩だけなの。社内秘以上の極秘情報だから」
これって、ひょっとしてシノブ部長が特命課でやったとされる最重要業務に関連するお話とか。これはこれで興味があります。でも、これじゃなんにもわからないのと同じですから、
「極秘の部分は教えて頂けなくとも結構ですから、なにをしにイタリアに行かれるのですか?」
「それはねぇ、コトリの昔の知り合いに会いに行くの。もうお歳だから、このチャンスを逃すと、もう会えないかもしれないし、永遠に知ることが出来なくなるかもしれないの」
「なにを知りたいんですか」
「それはまだ言えないし、行ってみないと判らないことがたくさんあるの」
だからマジカル・ミステリー・ツアーだとか。
「でも、わたしが行く許可は出るでしょうか」
「あははは、コトリもシノブちゃんもブライダル事業本部長代理なのよ、押し付けられたにしろね。そのうえ総務部長。一任取り付けてあるから、ダメなんて言わせないからだいじょうぶ」
懇親パーティでのお二人と綾瀬副社長、それだけでなく専務や、さらには社長の様子を考えるとコトリ部長の言葉はウソやハッタリとは思えません。このお二人に迫られたら、会社のトップ・スリーでもNOと言えるとは思えません。
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