第1485話 フェルは長距離移動も平気そうでした



 クレアを撫でる俺、それを多くの人に見られるのは恥ずかしいけど、中庭にはあまり人はいない。

 テオ君とオーリエちゃんはフェリー達と、リーザはレオやシェリーと一緒にフェルと過ごしていて、こちらに注目していない。

 まぁ、テオ君達を見守る近衛護衛さんはいるんだけど……あ、今日は女性の方が二人なんですね。


 俺がそちらを見ると、ちょっと恥ずかしそうにしてあからさまに目を逸らしていたから、結構初心な人なのかもしれない。

 見るに堪えない、というわけじゃないだろう……二人ともだし。


 ちなみに女性とわかったのは、近衛護衛さん達は屋敷や村で過ごす時に備える事がなければ軽装で過ごしているからだ。

 兜もないから当然顔もわかるため、男性か女性かを見分けることができる。

 頭の先からつま先まで、完全防備の全身鎧だったら男女の区別もつかないからな。


「あー……でも」

「え……?」


 ふと視線に気付いて、言葉を濁す。

 俺に頭を撫でられたまま、クレアはキョトンとした。


「フェンリル達には、見られているなぁって……はは、使用人さんとかじゃないけど、それでもちょっとだけ恥ずかしいかな」


 フェリーとフェン、リルル以外の屋敷の敷地内にいるフェンリル達、六体くらいがジーっとこちらを見ていた。

 エッケンハルトさんやエルケリッヒさん、それからセバスチャンさんが見ている、とかだったらもっと恥ずかしくて、すぐに撫でるのを止めていただろうけど。

 でもフェンリル達だからなぁ……凄く綺麗で純粋な目でこちらを見ているのは、確かに恥ずかしいんだけど、まだ我慢できる。


「っ! た、確かに見られています。これは、少々……いえかなり恥ずかしいですね……」

「あ、クレアはそうなんだ」


 俺とは感覚が違うんだろうか、クレアの方はフェンリル達に見られているとわかって、ほんのり赤みがかっていた頬が、首元まで真っ赤になった。

 相変わらず、すぐに赤くなるなぁ……俺も人の事は言えないし、そこも可愛いと思うけど。


「す、すみません。タクミさん、これ以上はちょっと……」

「ははは、デリアさんを撫でる前払いと思ったけど、これくらいにしとくね」

「はい……できれば、あまり人……いえ、誰の目もないような時にしてもらえると、ありがたいです」

「うん、わかった」


 消え入りそうなくらい小さな声でそういうクレアに、笑って頷く。

 使用人さん達の前でもハグは大丈夫なのに、撫でられるのは恥ずかしいのか……冷静に考えると、どちらも恥ずかしい気もするけど、クレアにとっては明確に違いがあるのかもしれないな。

 ともあれ、これ以上クレアを恥ずかしがらせても駄目だから、おとなしく撫でる手を止めた。

 サラサラで綺麗なクレアの明るい金髪は、ずっと触っていても飽きないくらいでちょっと残念だったけど……また別の機会に撫でさせてもらおう。


「キャウ、キャウ!」

「ガフ? ガフガフ!」


 恥ずかしさのせいか、深呼吸をしているクレアに声を掛けておいて、俺は楽しそうにじゃれ合っているフェル達の所へ。

 シェリーは仰向けになったままのフェルのお腹の上で、上に下にと転がって楽しそうだ。

 フェルの方は、特に重いといった様子はなく、もうレオが前足を置いてないのにされるがままになっている……リーザがまだシェリーの邪魔にならないように、お腹を撫でているというのもあるんだろうけど。


 やっぱりフェルは、一匹狼みたいに群れずに過ごしていても、面倒見はいいんだろう。

 じゃないと、赤ん坊だったデリアさんを助けないし、その後も見守るためにブレイユ村の近くにいたりはしないか。


「フェル、お疲れ様。デリアさん達を連れて来てくれたんだな」

「ガフ!」

「キュウ!? キャゥー、キュゥー」


 俺が言葉をかけると、目だけでこちらを見て一声吠えた。

 その拍子にお腹に力が入ったんだろう、シェリーが転げ落ちたけど、再びよじ登ってフェルのお腹で転がり始めた。

 ……何かのアトラクションのように思っているのだろうか?

 楽しそうなのはいいけどシェリー、フェンが羨ましそうにこちらを見ているから、フェルだけじゃなくフェンとも遊ぶんだぞ?


「よしよし……ここまで来るのに、疲れていないか?」

「ガフ、ガフガフ!」

「思いっ切り走ったわけじゃないから、大丈夫だってー」


 リーザの隣に行き、フェルを撫でながら問いかけると、元気のいい鳴き声。

 通訳してくれているリーザによると、あまり疲れとかもないみたいだ。


「そうか。フェルはこれから、どうする? 他にフェンリルの仲間もいるし、ここにいてもいいんだけど……デリアさんもここにいるわけだし」


 元々、デリアさんを見守るためにブレイユ村近くにいたわけだから、フェルとしてはここにいたがるかもしれないと思い、先に聞いておく。

 まぁ、ブレイユ村の方には連絡しないといけないと思うけど。

 でも基本的に、フェンリルの意思を尊重するのであれば、ブレイユ村の人達から文句を言われたりする事はないだろう。


「ガフ? ガフ、ガッフガフ!」

「えっとねー……」


 リーザの通訳によると、フェル自身はここのフェンリルの群れとは別の群れだった事、その群れも抜けている今、新しく別の群れに加わるのは気が引けるとか。

 だから、またブレイユ村の近くの森で過ごさせてもらうとの事だった。


「そうか、わかった。フェルがそう言うなら引き留められないな」

「ガフガフ。ガッフ!」


 頷く俺に、フェルからデリアさんを任せたと言うように鳴かれ、それにもちゃんと頷いておく。

 まぁデリアさんも立派に育っているから、俺の心配とか任される必要はあまりないのかもしれないけど……年上だしな。

 とはいえ獣人である事で、リーザもそうだけど何かしらの問題がこれから発生する可能性もある。

 それに対しては、ちゃんと責任を持って対処する事を約束しておこう。


 幸い、ランジ村や従業員さん達は獣人への偏見はないようだから、むしろブレイユ村より過ごしやすいかもしれない。

 でも、これから先他の場所から人が入って来るとしたら、全員が偏見を持たないという保証はないからな。

 以前ラクトスで、スラムにいたマリク君がリーザに対して石を投げたような事や、似たような何かからは、できるだけ守れるようにしないと。

 ……レオやフェンリル達、公爵家の後ろ盾がある現状で、表立って何かするような人はほとんどいないだろうが、念のための注意は必要だからな――。



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