第1372話 二階の次は三階に上がりました



「リーザ、自分の部屋があって嬉しい!」

「良かったな、リーザ」


 ブラッシングを終えて、すっかりライラさんの術中にはまったリーザは、先程までと違って自分の部屋がある事を喜んでいた。

 子供心をくすぐる隣の部屋と繋がる扉に、身だしなみを整えるための鏡台がブラッシングにも使えるとあって、受け入れてくれたようだ。

 まぁ、それでもやっぱり寝る時はまだ俺と……なんて言っていたんだけど。


 まだ親離れをしてくれないのは、俺としても嬉しい。

 ただクレアもシェリーも合わせて一緒に、とリーザを誘っていたのでこれまでみたいに、毎日というわけでもないだろうけど。

 その後は、リーザの部屋を出て廊下を移動……階段を挟んで逆側、二階部分の屋敷の左側へと向かう。


「ここなら、お父様を押し込んでも問題なさそうね」

「押し込んでもって……」


 いくつかの部屋は俺やクレアの寝室程ではないが広く、それを見たクレアは満足そうだ。

 二階の左半分はいわゆる貴賓室と寝室。

 基本的には一階にある客間で事足りるので、使用頻度は高くないようだけど、エッケンハルトさんやユートさんのような貴族など大事なお客様をもてなすための部屋だ。

 寝室はその人達が寝泊まりするためだな。


 押し込むというのはともかく、クレア達曰く本来エッケンハルトさんはむしろ狭い部屋を好むらしいのだけど、それは閉塞感からか外へ飛び出して体を動かしたくなるからと言うのが理由らしい。

 広い部屋であれば、多少は……ほんの少しくらいはおとなしくしてくれるのだとか。

 半分以上希望が入っているような気はしたけど、そういった理由でなら確かに押し込むと言うのが正しいのかもしれない。


「こちらはメイド達、あちらには執事達の部屋があります」


 二階から三階に上がり、各部屋を見て回る。

 執事さんやメイドさん達が特に忙しく動いているので、邪魔するのも悪く感じて軽く見て回る程度だ。

 三階の右側はメイドさん達の私室になっている。

 二人一部屋が基本で逆の左側も同じような配置で執事さん達の私室があり、俺とクレアの使用人さんは特に別けられていない。


 二人一部屋なのは、ミリナちゃんのように見習いが来る事にも備えてだ。

 使用人見習いは、教えてくれる人に付いて生活するのが基本だかららしい。

 ただ一部だけ例外があって、ライラさんやエルミーネさんのようなまとめ役の人は一人一部屋だとか。

 使用人待機室があるのにと思うけど、あちらは交代しながらの部屋なので私室とは言えないからな。


 ちなみに、アルフレットさんとジェーンさんは夫婦なので同室だし、数室は余裕をもって空室にしてある。

 他に、階段近くの左右一室ずつを広く取り、そこがメイドさんと執事さんの執務室になっているようだ。

 要は、それぞれの部署の集合的な部屋ってところだろう。

 机が並んでいて、生活のためではなく書類仕事なんかはここでする事が多く、別邸でもセバスチャンがよく仕事をしている時にいた部屋だな。


「後は一階だけですが……おや?」

「キャウー!」

「きゃ! ありがとうございます、タクミさん。――もうシェリー、急に飛び込んできたら危ないでしょ? ふふふ……」


 三階の案内が終わって一階へと降りてきた時、玄関から入って来てクレアに飛び込んだのはシェリーだ。

 成長して重くなったシェリーを抱き留めて、クレアがバランスを崩しそうになったので後ろから支える。

 俺にお礼を言った後は、すぐにシェリーを撫でて柔らかく微笑んでいた……驚いたけど、嬉しくもあるんだろう。


 シェリーは村のマルチーズと一緒にいたんだけど、こちらに来たらし。

 よく見ると、玄関の方からティルラちゃんやセバスチャンさん達も入ってきているので、馬車や馬、フェンリル達の世話が終わったみたいだな。

 全員じゃないので、まだ村の人やフェンリル達と一緒にいる人もいるんだろうけど、シャロルさんとか。


「一階では……」


 シェリーの乱入があったが、ともあれ屋敷探訪の続き……最後は一階部分だ。

 後から来た人達は荷物の整理などの手伝い、一部の使用人さんはエッケンハルトさんやユートさんのお世話をするために客間へ向かってもらう。

 その際、数人がかりで大荷物を運び込もうとしていたのを見かけたけど……別邸で積み込んだ物とは違って見覚えのない物だったような気がする。

 あれはなんだったんだろう? まぁ、後で聞いてみるかな、とにかく今は屋敷内の把握に努める事にした。


「あ、タクミ様、クレアお嬢様に皆様も。すみません、昼食はもう少しお待ち頂けると……」

「ヘレーナさん。いえ、昼食の催促とかではなく、屋敷内を見て回っているだけですよ」


 一階のホール右側、まずは厨房。

 そこではヘレーナさんを始めとする料理人さん達が、食材を運び込んで料理を開始していた。

 昼食ついでに、新しい厨房での使い勝手などを確かめるためだろう。

 ちなみに夕食は、村の人達も集めて広場でとなっていたりする。


「……なんというか、以前とは結構違いますね」

「新しく作ったので、料理人達が使いやすいように色々と気を遣ってもらいました」


 厨房を見回して呟く俺に、調理をしながら応えてくれるヘレーナさん。

 俺は料理ができなくもない、という程度でしかないので厨房に関してはこちらの設備に詳しくないのもあって、ヘレーナさん達料理人さん達にお任せしていた。

 実際使う人が使いやすくできるのが一番だからな。

 まず目についた別邸との違いは、コンロっぽい物がある事だろうか。


 ヘレーナさんの邪魔はできないので、ライラさんに聞いてみると、中に魔法具を仕込んで火の調節ができる優れものらしい。

 火力調節用のつまみがあって、そこから魔力を注入するとともに点火……まんまコンロだな。

 形はかまどなんだけど、薪を入れる場所がないけど。

 あと、俺が知っているコンロよりも火力調節は大雑把らしいし、火は円を描くように出るわけではなく焚き火のように真ん中から一つの炎を出す感じだな。


 一応、通常のかまどや土間なんかもあるけど、ヘレーナさん達は早速とばかりにその魔法具を使って調理中だ。

 他には、食材などを入れる箱は二メートルほどの高さで金属製。

 箱は横に開閉するのが二か所、三分の一を占める上部を開いてその中に氷を入れ、下部に入れた食材を冷やしたり冷暗所として保管するためのとか。

 ……こちらは簡易的な、というか昔の冷蔵庫みたいな感じだな、冷たい空気が下に行くのを利用した電気を使わないタイプだ――。



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