第1367話 フェンリルは獰猛ではないと言えるようでした



「それにしても、今更になってしまうかもしれんが……あのフェンリルの数は驚いたな」


 大きな屋敷に歩いて行く途中、思い出したように呟くエッケンハルトさん。

 特に気にした様子はなかったようだったけど、まぁあれだけのフェンリルがいれば驚くのも当然か。

 おとなしくてのんびりしている様子だし、人を乗せるのも撫でるのも特に嫌がる様子はないから忘れがちだけど、本来は獰猛と言われて恐れられる魔物でもあるわけだからな。


「ははは、そうですよね。人に慣らすためもあって、フェリーが連れて来たんですけど……俺も最初は驚きました」

「あれは驚くよねぇ。僕なんて、最初は戦争でも仕掛けるのかと思ったし」

「戦争って……」


 まぁ、フェリーとフェンの戦いを見ていると、大量のフェンリルがいる事での戦力と考えれば、ユートさんが言うのもわからなくもないかもしれない。

 フェンリル達からは、そんな殺伐とした雰囲気は一切感じないけど。

 というか、あのフェンリル達を見て獰猛な魔物……というのがあまり頭の中で繋がらない。

 他の魔物を狩る時の姿なんかは、確かに獰猛と言えるのかもしれないけど……。


「多少恐れる者もいますけど……見慣れない者や街の者達も。ですが、フェンリル達を見ているとどうして獰猛な魔物と言われているのか不思議にすら思えますね」


 俺と同じ事を考えていたのか、隣を歩くクレアが首を傾げて呟いた。

 撫でたり褒めたり、犬とそう変わらない反応で尻尾を振っている姿は、獰猛とはかけ離れている。

 それに、ユートさんが魔法を放とうとするのに対して警戒した時はともかく、基本的にフェンリル同士や子供達、使用人さん達などの人間とじゃれ合ったりしていて、穏やかな印象ばかりだ。

 特に何もない時は丸まって寝ているだけならまだしも、お腹を見せてそこらに転がっていたりもするからな……ランジ村への移動中、そんな野生が一切感じられないフェンリルの姿を何度も見た。


「私もフェリー達も含め、タクミ殿の近くにいるフェンリル達を見ていたらそう思う。だが、フェンリルに襲われたなどの話がないわけではないからな。オークなどのように、他者を見ればとにかく襲い掛かる……という事はないのだろうが」

「そこらの人間、どころか多少訓練しているような人でも、襲われたらひとたまりもないからね。僕は何度か遭遇した事があるけど、大体はこちらが何もしなければ攻撃して来る事はないかな」


 おそらくだけど、フェンリルだから、魔物だから、という理由で攻撃するなどをしてフェンリル側が反撃したとかだろうと思う。

 もしくは、魔物を狩る場面を偶然見て逃げ帰ったとか……とにかく、のんびりしているフェンリルの姿を見ていない、見る人もほとんどいない中で、おそらく獰猛だろうという話が広まったのかもしれない。

 見ていればわかるけど、フェンリルにもそれぞれ個性がある事から、もしかしたら中には獰猛なフェンリルもいるのかもしれないけど。

 人間だって、喧嘩っ早い人がいれば、穏やかな人だっているわけだからな。


「といっても、例外はあるかな」

「例外?」

「タクミ君の近くにいるフェンリル達からは感じられないけど、一応野生動物……野生魔物? とにかく、野生の存在だからね。当然、気性が激しくなってしまう事だってあるよ。それこそ、妊娠とか」

「あー、成る程。子供を守るためって事だ」

「そうそう」

「まぁ、そういう状況なら仕方ないでしょうな」


 ユートさんも俺と同じく、フェンリル達からは野生を感じられなかったのか……さもあらん。

 ただまぁ、妊娠や出産などで気性が荒くなるというのは、わかる話だ。

 それだけで獰猛と決めつけられないけど、そのタイミングで遭遇すればそういうイメージになっても仕方ないのかもしれない。


 フェンリルに限らず、野生の獣がそういった状況の時に近付くのは危険だからな。

 例え、普段は触れられるくらい近付く事ができていてもだ。


「子供を大事に、というのはフェンを見ていたらわかりますね。フェンリルに限らず、大体そうなんでしょうけど」


 フェリーを含め、フェンリルの森にいるフェンリル達の群れは、レオの気配に怯えて逃げていたのにシェリーを探してフェンがリルルと一緒に来たくらいだからな。

 ……俺がリーザに、エッケンハルトさんがクレアやティルラちゃんに対するような、親バカな部分がフェンからは感じられるけど、それは大事だからだし。

 リルルも、フェンと比べたら放任している部分もありつつ、ちゃんとシェリーに色々な事を教えようとしているのを見かけるから。

 獰猛かどうかはともかくとして、子供を大事にするのというのは種族関係なく当然の事か……こちらも例外はあるけど。


「うむ、そうだな。っと、話しているうちに到着したな」


 フェンリルの話をしているうちに、新しく建てられた屋敷の前に到着。

 その屋敷は、近くで見ても別邸の方よりは確かに小さいんだけど……十分過ぎる程に豪邸と言えた。

 別邸の方にあった、出入り口の門や囲いなんかは三メートルくらいの高さで、人が覗き込めないようになっている。

 門を通ると屋敷の正面玄関へと続く道……数十メートルくらいの道があった。


 別邸ではここに、庭があって多少の植物と共に馬車や馬などの準備をする空間にもなっていたんだけど、ここではそこまでの広さはなさそうだ。

 まぁ、屋敷の周辺にいくらでもと言えるくらい土地があるし、村も近いから囲いの外でという事だったはず。

 屋敷の方は、正面玄関が真ん中にありそこから左右に伸びる建物の端まで大体二百メートル……三百メートルくらいはあるかな?

 端から端まで、五百から六百メートルと考えると屋敷内を移動するのも時間がかかりそうではある。


 ……これまでいた別邸の方は、もっと大きかったんだけど。

 屋敷を囲む壁はさらに遠く、敷地面積は千坪を下らないだろう。

 クレアさん達公爵家と共同とはいえ、持ち家というには大きすぎるなぁ……これを持ち家と言えるようになるまで、しばらくかかりそうだ。


 窓を見る限り三階建てでこれは別邸と同じだけど、一階ごとの天井が高いのか十五メートル以上はあるように見える。

 これなら、レオも余裕をもって建物内を歩けそうだ――。



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