第1357話 眠れない夜は穏やかに話しました



「レオ、ありがとうな。一緒にいてくれて」

「ワウゥ? ワフワフ!」

「ははは、レオも一緒にいて楽しいって? そうだな。俺もレオと一緒にいられて楽しいよ」


 レオに寄りかかり、空を見上げながら改めてお礼を伝える。

 ランジ村に移住という転機だから、前もって言いたかった事。

 本当は、明日ランジ村に到着する前に言おうと思っていたんだけど、いい機会だし他に誰もいないから、今伝えておこうと思った。

 誰かに聞かれるのは、少し恥ずかしいからな。


「そういえば、レオと一緒に夜こうしていると……」

「タクミさん?」


 夜空を見上げながら、似たような状況があった事を思い出していると、想像していたように誰か……クレアの声が聞こえた。

 思い出していたのも、まさに探索のために森に入った初日の夜、クレアから謝られたり色んな話をしていた時の事だ。


「こんな風に、誰かが来る事が多かったなぁって……クレア、眠れないのかい?」

「ワフ?」


 呟きながら少し体を起こして声のした、レオの尻尾がある方……女性用テントの方にクレアが立っているのが見えた。

 男性用テントは、逆にレオの背中側だな。

 丸まっているから、顔と尻尾が同じ方向になっていて、今俺はその間に収まっている。


「はい……恥ずかしながら、昼の移動中に寝すぎてしまって……」


 どうやらクレアも、俺と同じように寝付けなくなってしまったらしい。

 苦笑しながら、以前も似たような事があったなぁなんて話しつつ、クレアを隣に招いた。

 まぁ、一昨日もクレアと夜中に話していたけど……その時はリーザやシェリーもいたし、やっぱり思い出すのは森の探索の時だ。

 クレアもそうだったらしく、なんとなく同じ事を思い浮かべていると笑い合いながら、身を寄せ合ってレオに寄りかかる。


「焚き火がなくて真っ暗ですけど、レオ様のおかげで暖かいですね。隣にタクミさんがいる事もありますけど」

「ワフ」

「夜はちょっと寒いくらいだけど、レオに寄っかかっていれば焚き火に当たらなくても大丈夫そうだ。このまま寝てもいいくらいかな?」

「ふふふ、タクミさん。それじゃ体を壊してしまうかもしれませんよ?」

「はは、体を壊しちゃいけないね。明日にはランジ村に行くわけだし、初日から体調が悪かったら格好悪い」


 まぁ格好いいかどうかで体調に気を付ける物じゃないけど、さすがにレオの体温や毛に包まれていれば暖かいと言えど、外だからな。

 風も吹くし、体調が悪くなる事は避けておいた方がいい……別に自分から望んでいるわけじゃないんだし。

 あと、真っ暗と言っても、野営しているあちこちに用意されたランタン内に点けられた、魔法の明りで多少は明るい。

 すぐ隣に座っているクレアの顔や表情くらいは、はっきり見えるくらいだな。


「そういえば、どうしてここに?」

「ちょっと風に当たろうとしたのですけど、テントから出たらレオ様の声が聞こえたので……誰と話しているのかな? って」

「近付いて見たら俺だったわけだ」

「はい」


 さっき、俺がレオにお礼を言った時だろう……少し大きめの声で鳴いていたからな。

 夜は声も通るし、一番近いテントの中には話し声も届くだろうから。

 その一番近い男性用テントからは、健やかとは言い難い歯ぎしりやいびきの音が、微かに聞こえて来ているんだけど。


 確かあのテントには、フィリップさんがいたか……セバスチャンさんに寝不足な事を、ちょっとだけ叱られていたから夢見が悪いのかもしれない。

 歯ぎしりとかいびきって、夢見が悪いから出るものだっけ? まぁ、不健康な感じはしないからいいか。


「タクミさんも言っていましたけど……こうしていると、以前森の中でシルバーフェンリルについて話した事を思い出しますね」

「ワフ?」

「レオの事じゃないからな? シルバーフェンリルの事を聞く、考えると胸が躍るような沸き上がる気持ちがってやつだね」

「そうです。あの時よりは、タクミさんとの距離が近いですけど……ふふ」


 そう言って、触れあっている肩をさらに寄せて来るクレア。


「そうだね……あの時とは違って、こういう事もできるようになったよ」

「ふわ? ふふ、タクミさんったら」

「嫌だった?」

「いえ、全然。むしろずっとこうしていたいくらいです……」


 身を寄せるクレアをさらに近付けさせるため、左腕で引き寄せ、肩を抱くようにする。

 一瞬驚いたようだけど、すぐに受け入れて笑ってくれるクレア。

 あの時は、こんな事は絶対にできなかったからな……度胸とかではなく、俺とクレアの関係性の問題だけどな。


「あの時話していた、シルバーフェンリルに対する想いみたいなの、今は?」

「シェリーを見つけたからでしょうか、それとも気持ちに整理を付けると決心していたからか、以前ほどではないですね。レオ様は変わらずタクミさんと共に一緒にいてくれていますし……完全になくなったわけではないですけど」

「成る程ね……」

「ワフ」


 シルバーフェンリルに対して、特別な想いを抱いていたクレア。

 それは、公爵家の初代当主様、ジョセフィーヌさんの生き写しとも言われえる程に似ていたからとか、本邸の使用人さん達の間で流れていた噂の影響もあったのかもしれないけど。

 でも、あの時探索でシルバーフェンリルに関する何かを見つけられなかったら、その想いに区切りをつけると言っていた。

 実際、シェリ―を見つけてフェンリルがいる事は間違いないとわかったけど、シルバーフェンリルに関する事は何も見つけられなかった。


 だから、今はあの時言ったように区切りがついていて、以前ほどではなくなったんだろう。

 フェン達と初めて会った時に、シルバーフェンリルの事を聞いたのも、一応の確認のため……と言ったくらいで意気込みとか、熱意みたいなものはあまり感じられなかったから。

 それこそ、森を調べる事をセバスチャンさん達の制止すら聞かず、強行するようなあの時の雰囲気も一切なかったくらいだ。


「タクミさんと、レオ様のおかげです。あの時森の探索ができた事もそうですし、話を聞いてくれました。誰にも話せなかった事ですけど……もしタクミさんとレオ様がいなければ、私は今もくすぶって屋敷で今よりもほんの少し我が儘に過ごしていたかもしれませんから」

「ほんの少し?」

「もう、意地悪ですタクミさん……」


 少しだけイタズラ心が沸いて、クレアを窺いながら聞いて見る。

 すると、口を尖らせて抗議するように拗ねた声を出した……さすがにこの状況でからかい過ぎるのは良くないな、可愛いけど――。



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