第1215話 モコモコした物体が出てきました



「そ、そうなのか……? 見えないけど、本当にいるんだな」

「チィー!」


 俺の言葉に、大きく鳴いて頷くトリース。

 リーザの通訳や、コッカーとトリースを信じない……という選択はない。

 いや、信じがたい事ではあるけどな。

 ただ、こういう事で嘘を吐いたりするわけないし、そもそもこれまでレオを始めとした魔物達が、嘘を吐いた事なんてないからな……嘘を吐くのは、大抵人間だ。


「でも困ったな……コッカーがあれだけくちばしを突き出していても、姿を見せないし。このままじゃ料理が進まない。それに、ゲルダさんの失敗の理由も判明しそうだってのになぁ……あ、そうだ。レオを連れて来て聞いてみるか?」


 いや、さすがにレオでもわからないか? シルバーフェンリルだからってなんでもできるってわけでもないだろうし。


「チ!? チチチチ! チチー!」

「姿を現さないと、ママに言いつけるぞー! って言っているね」


 どうしようかと考える俺が漏らした言葉を聞いたコッカーが、さらに激しくくちばし連続突きを繰り出しつつ、何事か鳴いている。

 リーザが通訳してくれるけど……レオに言い付けられたくなかったら、早く出てこいって事か。

 ママって言ったのは、リーザのアレンジだろうけど……さすがに、コッカー達がレオをママとは呼んでいないはずだ……呼んでないよね?

 というか、レオに言い付けるで通じるのか? いや、もしかしてレオはもともと知っていた、とかか?


「わ、わかりました、わかりましたから! シルバーフェンリルに怒られたら、チリも残さず消えちゃいますからぁ! あと、そのくちばしを止めて下さいよう!」 


 唐突に聞こえる、誰かの声……間違いなく女の子だけど、ティルラちゃんやリーザよりもさらに幼く聞こえる声だ。

 そして、その声が聞こえると同時、ポンッという音と共にそれまで何もなかったはずの虚空から、姿を現した何か……。


「「「……え?」」」

「わぁ……」

「チチ」

「チィ~……」


 同時に、よくわからないといった声を漏らす、俺とゲルダさんにジェーンさん。

 リーザは驚きというより、その姿を見た感動の方が勝っているようだ。

 コッカーとトリースは、ようやくか……と言うように頷いて鳴いた。


「はぁ、ずっと隠れていたのにぃ……こうして姿を現さなくちゃいけなくなるなんて……」


 溜め息を吐くように、姿を見せたそれは言葉を話す。

 それ、ゲルダさんのすぐ前にいるのは、緑色の羊の毛のようなモコモコ……というかなんというか、毛玉?

 人間の物とほぼ変わらない顔や手足が、そのモコモコから生えているけど、どう見ても人間とかではないようだ。

 大きさというか身長は二十センチくらいかな。


 横幅も同じくらいだけど、それはモコモコした毛皮のような物に包まれているからだろう。

 バレーボールサイズくらいのモコモコした毛から、手足が生えているというのが一番近いかもしれない。

 一部、そのモコモコがへこんでいるのは、コッカーが連続突きを繰り出していた部分だと思われる。

 モコモコした部分以外で、人間と違うのは耳が少し長く尖ってい所か。


「えっと……?」

「こ、これは一体なんなのでしょうか……タクミ様!?」

「いや、俺に聞かれてもわからないんですけどね? 君は一体?」

「……こうなったら、私の存在を示すしかないじゃないのよう。仕方ないわ。――初めまして人間。妖精族よ」

「妖精族!?」


 そんなものまでいるのかこの世界……いや、獣人とか魔物とかがいるんだから、妖精がいたっておかしくないけど。

 もしかしたら、日本で読んだファンタジーものの物語によく出てきた、エルフとかドワーフというのもどこかにいるのかもしれない……ユートさんに会ったら聞いてみよう。

 ちなみに、こんな騒ぎになっていてライラさんやティルラちゃんとかは、俺達の様子を見に来ているけど、ヘレーナさんや料理人さん達は別の事に夢中で気付いていない。

 少し距離があるからでもあるけど、何か別の物を作っているらしいから、そちらに集中しているんだろう。


「そう、妖精族。人の前に姿を見せる事はほとんどないんだけど……こうして見つかっちゃったからには、仕方ないわ」

「チチ~」

「チィ、チィ~」

「コッカー達は、最初から知っていたみたいだよ?」

「そ、そうなのか。ん? コッカー達が知っているって事は、レオやフェリー達、あとラーレとかはどうなんだ?」

「チチ、チチー!」

「もちろん、知っていたって言っているよ、パパ」

「……知らないのは人間だけって事か」


 妖精さんの言葉に、呆れたように鳴くコッカー達。

 最初からわかっていたみたいなので、リーザにレオ達はどうなのか聞いてみると、皆知っていたらしい……知らぬは人間ばかりなり。


「あ、あの~……私はどうすれば?」


目の前のモコモコした物体……もとい、妖精を見て戸惑うゲルダさん。


「えっと、とりあえず落ち着きましょう……話を聞いてみないと、どういう存在かわからないですし。というか、レオ達が知っていたのに、今まで黙っていたのはなんでだろう?」


 知らなかったのなら仕方ないけど、知っていたのにレオが黙っていたという事は、何か理由があるのだろうか?

 そういえば、レオはゲルダさんのドジを見るため、ヘレーナさんと相談していた時に溜め息を吐いていたな……もしかしなくても、妖精の事を知っていたからか。


「レオってのは、シルバーフェンリルの事だよね? だったら、私から黙っておくようにお願いしたのよう。初めて貴方達がここに来た時にね。見つからないよう姿を消していたんだから……私、頑張ってたんだよう?」

「そ、そうなんだ。でも、頑張っていたのは見えなかったから、まったくわからないんだけど……」


 って事は、俺がこの屋敷に来た時からか。

 ゲルダさんがライラさんと一緒に、俺の世話係になった際、レオと目の前にいる妖精との間で、なんらかの話があったのかもしれない。

 まぁ、レオがこれまで気にしていなくて、特に俺に話していないって事は危険な存在じゃないんだろうな。

 何を頑張っていたのか、全然わからないけど。


「ゲルダちゃんに、男が近付かないようにしてたのよう! ゲルダちゃん傷付かないように!」

「わ、私……ですか?」

「ゲルダさんが……」


 そういえばさっき、ライラさんが言っていたけど……ゲルダさんのドジが増えて危険なくらいになったのは、孤児院で男女の話が盛り上がっていた頃だとか。

 男を近付けないようにって、もしかして……。



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