第1213話 不自然な失敗を見ました



 落ち込むリーザと前向きなティルラちゃんには、食べ物で遊ばないよう注意しつつ、近くにいた料理人さんに頼んで冷やしてもらう。

 ……城を作るまでに、結構生暖かくなっていたから、傷んじゃいけないからな。


 焼くからある程度は大丈夫だろうけど、せっかくだからお腹を壊さないように注意は必要だ。

 ちなみに、食べても大丈夫かどうかは冷やしてもらった料理人さんに確認してもらったところ、問題ないらしかった。


「で、できましたー!!」

「お?」


 リーザ達への注意を終えて、そろそろゲルダさんの所に……と思った瞬間、そのゲルダさんから大きな声が聞こえた。

 そちらを見てみると、何やら万歳しているゲルダさん。

 声と様子から察するに、失敗せずにできた……とかかな?


「タクミ様、なんとか一つ完成しました!」


 様子を見にゲルダさんの所へ戻る俺に、嬉しそうに報告するゲルダさん。


「これは確かに……うん、ちゃんとできてますね」


 調理台に置かれている物を見てみると、確かに楕円形で標準的なハンバーグが形作られていた。

 ちゃんと、中央に窪みを作っていてひび割れ対策もしてある。

 散々失敗していたのに、一度目の成功でしっかりと整った形になっているのは、ゲルダさんが実は料理上手という事の証左かもしれない。


「ようやく、ようやく作れました……!」


 俺の頷きを見て、達成感からか両手を握りしめて顔を俯かせながら喜ぶゲルダさん。

 完成させる時、俺はリーザ達の所にいて見ていなかったけど……もしかして誰かが近くにいない方が、失敗しないとかかな?

 俺が離れている時に成功するのは、それはそれで複雑な気分。

 いや、ゲルダさんがちゃんとした成功体験ができるのは、いい事で俺も嬉しいんだけど。


「それじゃ、もう一つ作ってみましょうか。次もちゃんとできるか、試してみましょう」

「え……?」


 まだまだ残っているハンバーグのタネを示して、成形を続けるように促す俺。

 さっきとにかく一つ完成させようと俺が言っていたからか、ポカンとするゲルダさん。

 決して、俺がいない時に成功したのが悔しかったとか、そんな意図はない。

 もしまた失敗するにしても、成功体験をもとに続けて何度か完成させられるって事を、ちゃんと経験して欲しいと思ったからだ。


 今みたいに、失敗する事が多くなる前にも経験した事があるんだろうけど、失敗を乗り越えて成功をする経験ってのは大事だと思う、多分。

 ちゃんと成功する場面を、この目で見ておきたいというのも少しはあるけど。


「わ、わかりました……タクミ様は、想像していたよりも厳しいです……」


 俺の意図が伝わったわけじゃないだろうけど、頷いて再びハンバーグのタネを手に取るゲルダさん。

 厳しくしているつもりはないんだけど……失敗続きだったゲルダさんには、少し酷だったかもしれない。

 もう少し、ちゃんと成功した事を褒めておけば良かったかな? と思っても、もう期は逃してしまっている様子。

 次に成功したらちゃんと褒めよう、うん。


「……うぅ、さっきはできたのに。どうして……」

「うーん……」


 再びハンバーグの成形にチャレンジしたゲルダさんだけど、これまでと同じく失敗を続けている。

 一度成功したおかげか、肩の力は抜けているし緊張しすぎているという事はないはずなのにな……。


「チチー……」

「チィ~……」


 地面では、落ちたハンバーグのタネをついばんでいたコッカー達が、もう食べられないとばかりに、ひっくり返っている。

 この分だと、夕食は食べられそうにないな……まぁ、そのくらいはわかっていたけど。

 ただ、これ以上失敗して地面に落としたら、その分捨てないといけなくなるからもったいないな。


 ゲルダさん自身も、成功からの失敗続きで落ち込んでいる様子だし……そろそろ止めさせた方がいいか?

 一度でも成功したからこそ、失敗するのが堪える事だってあるから。


「ゲルダさん、そろそろ……」

「んしょ……んしょ……あぁ!!」

「っ……っと!」


 成功体験に関しては、また別の機会にして今回は諦めようと思ってゲルダさんに声を掛けたその時だった。

 両手を使って、肉のキャッチボールに集中していたゲルダさんだけど、その肉……ハンバーグのタネが手を離れて明後日の方へ飛んだ。

 放物線を描いて放り出されるタネは、幸いにも俺のいる方向だったのでなんとかキャッチ。

 良かった、地面に落とさなくて……でも、今のって。


「申し訳ありません、タクミ様!」

「いえ、いいんですよ。気にしないでください。これくらいは織り込み済みですから」


 ゲルダさんのこれまでの失敗を考えたら、放物線どころか、直線で俺の顔面に向かってタネが放り出される事も覚悟していたからな。

 もしものために、濡れタオルも用意していたくらいだし。

 それと比べたら、緩やかに投げ出されたタネをキャッチするくらいなんて事ない。

 ただ、気になるのは……。


「今、ゲルダさんの手から離れる前、不自然じゃなかったですか?」

「え? そうなんですか?」

「うーん……ジェーンさんは、どうでしたか?」

「言われて見れば、と言うくらいでしょうか……真っ直ぐゲルダさんの左手に収まるはずのようには、見えていました」


 タネを調理台に置きつつ、ゲルダさんに聞いてみるがよくわからない様子。

 さっきのは確実に不自然な動きをしていたと思うんだけど……そう思い、見間違えかを確認するため、ジェーンさんにも聞いてみた。

 確実ではないけど、確かに不自然な動きをしたようには見えたらしい。

 そう、今俺が止めようとした時、ゲルダさんがキャッチボールをしていたタネは、真っ直ぐ右手から左手に向かっていたはず。


 それが、途中で軌道を変える……何かに叩かれたような、そんな感じで俺の方へ軌道を変えたように見えた。

 そんなの、ゲルダさんが取り損ねるのも当然なはずだけど……。


「すみません、ゲルダさん。もう一度やってみてもらえますか?」

「え、あ、はい……」


 もう止めにしようと思っていたけど、今の不自然さを鑑みてもう一度だけ試してみる事にした。

 ジェーンさんにも注意して見てもらえるよう、目配せする俺に頷き、ゲルダさんは再びハンバーグのタネを持って成形を始めた――。



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