第1178話 本当にお金を払う気はないようでした



「さすがに、金貨百枚で済ませられるような事じゃ……」

「そこは、色々とやりようがある。ここは公爵家の領地、つまりはそういう事だ、タク」

「そういう事って、それは……」


 公爵家の権力で抑えつけるというか、わざとそうさせるように仕向けるという事なのか。

 でもさすがにそれは、クレアが反対するんじゃないか?

 俺も、戻って来るとしてもデウルゴにお金を支払う、ヴォルグラウを金銭でやり取りするのに抵抗があるんだけど……。


「……とまぁ、本当に金貨百枚を払ったとしても、問題ない案ではありますが、実際は違います」

「え……?」


 再び、かなり小さめの声でいつもの口調になったセバスチャンさん。

 コロコロと口調や声量をよく変えられるな……俺は、親父と呼ぶ違和感と親子っぽい口調を意識するので精一杯なのに。


「デウルゴの出方を見たかっただけですよ。ほら、あちらをご覧下さい。自分が優位に立っていると、信じて疑っていない笑顔です」

「はぁ……」


 手足が縛られている状況すらも忘れたかのように、ニヤニヤしてこちらを見ているデウルゴ。

 何故その状況で、優位に交渉できると信じられて、しかも笑っていられるのか俺にはわからないが……小物臭は漂っている。

 その後ろでは、ハラハラとした様子で衛兵さんが俺達を見守っているのが、少し気の毒だ。


「タクミ様も感じられたでしょうが、このような状況であの様子。大物かあるいは小物か……まぁ、私やタクミ様が挑発した反応を見るに、間違いなく小物ですな。あれくらいの相手、私が若い頃にはそこらに履いて捨てる程……おっと、これは余計な事でしたな」

「ま、まぁ、確かに小物としか見えないけど……あんな簡単な嫌味や挑発に、わかりやすく怒っていましたからね」


 デウルゴが大物なようには一切見えない。

 そもそも本当に大物なら、ヴォルグラウが目の前に来ても動揺したり、わめき散らしたりはしないだろう……いや、それ以前に捕まる時も捕まった後も、暴れたりしないか。


「あの挑発は良かったですよ、タクミ様。壁一枚向こう側で、クレアお嬢様達も笑っておられるでしょう」

「いや、それはさすがにわからないんじゃ……?」


 ……セバスチャンさんなら、壁の向こうの様子を察する事ができてもおかしくない、と思えてしまうのが怖いところだ。


「と、こんな風に、デウルゴの様子を窺ったわけですよ。こちらが下手に出れば、何かしらの要求をしそうな人物に見えましたからな。なに、最初に挑発し過ぎましたから、これで話しがしやすくなりました」

「わざと優位に立っていると錯覚させたってわけか……」


 まぁ、ヴォルグラウが生きているはずが……! なんて言っていた状況と、わめいていた事への怒りから挑発してしまって、まともに話せる状態じゃなかったのは確かだ。

 考えて見れば、なんでヴォルグラウに怪我を負わせるような事をしたのか、という話も全くしていないからな。

 事情を聞く必要があるのかは疑問だけど、動機なんかを聞くためにはセバスチャンさんの言う通りにした方が良さそうだ。

 

「そういう事です。ですのでこれからタクミ様は……おっと。タクは、金貨百枚の支払いに承諾したようにみせるんだ」

「わ、わかったよ、親父」


 口調を元に戻したセバスチャンさんに頷き、できるだけ残念そうというか、渋々承諾したと見られるような表情を作る。

 そうして、ニヤニヤを崩さないデウルゴの向かいに、セバスチャンさんと共に再び座った。


「息子も、快く承諾してくれましたよ。金貨百枚、お支払いいたします」

「はっは、そんなにヴォルグラウが欲しいか! 最後の最後で、俺の役に立ってくれたなぁ!」


 無表情になったセバスチャンさんが、デウルゴに対して座ったまま少しだけ頭を下げる。

 気分が良くなったの、笑い声を隠しもせずこちらを見下すデウルゴ。

 お金が入るとわかってから役に立ったなんて、都合がいい男だ。


「ですが……」

「あん?」

「金貨百枚はお支払いたしますが……私共はヴォルグラウの事をまだ多くを知りません。つきましては、どうして先程役立たずと仰ったのか、貴方との間に何があったのかを、お教え頂きたいのです。あ、もちろん、どんな話であれ金貨百枚の約束は約束。ヴォルグラウとの契約を破棄してお譲り下さるのでしたら、金貨百枚はお支払いいたしますよ」


 丁寧にデウルゴに質問するセバスチャンさん。

 お金は払う約束でも、ちゃんとヴォルグラウの事を聞かせてくれって事だ。

 金貨百枚……という言葉を、途中でセバスチャンさんが何度も挟んで言ったのは、わざとだな。

 デウルゴはセバスチャンさんの言葉の途中で、よくわからないといった表情をしていたから。


 とにかく話をすれば金貨百枚がもらえる、そういう方向に意識を持って行かせたんだろう。

 欲に目がくらんだデウルゴには、今目の前に金貨百枚が吊り下げられているような、そんな風に俺やセバスチャンさんが見えているのかもしれない。 


「は、金さえ払ってもらえりゃ、どうでもいい。ヴォルグラウの話だったか……まったく、爺さんも変わりもんだな」

「ほっほっほ、よく言われますよ」


 さっき散々挑発されたというのに、怒っていた事すら忘れた様子のデウルゴは、その後饒舌にヴォルグラウとの事を話し始めた。

 セバスチャンさんはそんなデウルゴに話を合わせ、俺はほとんど相槌を打つくらいだ……時折、シェリーが怒ったり、ヴォルグラウが項垂れたりしていたので、コッソリ撫でていたりもしたけど。

 デウルゴの話によると、ヴォルグラウ……というかウルフを従魔にしようと考えたのは、レオというシルバーフェンリルを街中で見かけたからだとか。

 何者にも従わず、従魔契約をする事そのものが不可能とされていた、最強の魔物であるシルバーフェンリル。


 デウルゴ自身はその話を知っていたが、俺が連れ歩いているのを見て従魔にする事ができるんだと考えたとの事。

 レオは従魔ではないし、そもそも従魔契約をした覚えはないんだが……それはともかく、その時一緒にいたはずの俺の事も見ているはずなので、一瞬街中で見たと言われた時はヒヤッとしたけど、デウルゴは俺の顔を覚えていない様子だ。

 まぁ、レオは目立つからそちらに意識が向いていたんだろう――。



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