第1102話 セバスチャンさんが乱入してきました



「そんな事は……! レオ様もフェンリル達も近くにいて、何ができましょうか。それに、タクミ様が悪いわけではなく、私の打ち消せない考えが悪いのです。もちろん、タクミ様に危害を加えようなどとは思いもしません!」

「それなら、尚更問題ありませんね?」

「ですが……私は分不相応にも貴族になりたいと考えてしまっています。そんな者がタクミ様やクレアお嬢様の近くにいては……」


 一番の悩みの正体は、これかな。

 自分でも打ち消せない考え、やり場のない感情も手伝って、こんな自分が……と後ろ向きに考えてしまう。

 そして、どうにもできない中で俺という公爵家の中で目立つ存在が現れて、複雑な感情を抱いてしまったんだろう。

 それが今、俺と話す事で自分が使用人として相応しくない、という考えに向いている……いや、元々考えていた事が膨れているのかな?


「貴族になりたい、と思う事の何が悪いのですか? 多分ですけど、街や村に住んでいる人達の中には、もしなれるのならなりたい……と考えている人もいるはずです」

「そうかもしれませんが……」

「悪い事を画策し、人を陥れてでもとまでなると話は別かもしれませんけど。でも、真っ当な手段で貴族になりたいと思う事に、悪い事なんてありませんよ」


 実際のところはともかく、貴族は華々しい生活や贅沢な暮らしをしていると思っている人は多いんじゃないかな。

 そうした考えから、貴族に憧れていたりあわよくばと思う人だっているだろう……本当になれるかどうかはともかくとして。

 本当のところは、使用人さんがいたり大きな屋敷で暮らして、多少贅沢と言えるとしても、貴族としての責任はあるし、食べている物は特別な物でもなんでもない。


 公爵家に限って言うなら、税を低くしている代わりに商売を成功させて利益を得て、そのお金で生活レベルをあげているに過ぎないからなぁ……しかも、孤児院の多めの援助をしながら。

 やる事は多いし、考える事も多い……近くで見ている部分があるからだろうけど、俺からは貴族になりたいとは思えないくらい、大変な事だ。

 っと、考えが別の方に行きかけているな、悪い癖だ。


「本当に貴族になれるかどうか……先の事はわかりません。ですけど、使用人として真っ当に働いて覚えを良くして、推薦される可能性を上げる事はむしろいい事じゃないかなって思うんです。誰だって、出世はしたいですからね」


 と言う俺自身は、あまり出世欲はないんだけど。

 このあたりは、日本で務めた会社の影響で考えを潰されたというのも大きいか……今思うと、あの会社で出世しても、将来的にいい事はなかっただろうから。


「そうは言いますが……使用人は仕える者に忠誠を誓う事が絶対だと……」

「その考えが、まず間違っているのですよ……」

「セバスチャンさん……って、いつの間に!?」

「ほっほっほ……話は聞かせてもらいましたよ」


 俺の言葉に反論し、まだ納得がいかない様子のウィンフィールドさん。

 どう話したものかと悩む間もなく、部屋の入り口から聞こえる聞き慣れた声……いつの間にか空いていた扉から入って来るのは、セバスチャンさんだった。

 窓の外から覗いていたのに、いつの間に屋敷内に入って来ていたのか……そういえば、エッケンハルトさんの話が出たくらいから、セバスチャンさんの姿が見えなくなっていたような気がする。


 途中から部屋の出入り口前に移動して、話を聞いていたのか、窓から入って来るよりはマシかもしれないけど。

 ちなみに窓の方では、リーザだけでなくクレアも一緒に手を振っていた……悪い事は起こりそうにない雰囲気になったので、安心したんだろう。


「それでウィンフィールドさん。いつか貴族になりたいと考えながら、使用人として働くのは不適切……と考えているようですね?」

「は、はい。公爵家やそれに連なる方に仕える者として、自分も貴族にと考えていてはいけないのではないかと……」


 驚く俺に笑いながら、ウィンフィールドさんに問いかけるセバスチャンさん。

 使用人の心構えみたいな話になっているから、ここは任せた方が良さそうだ。


「使用人の仕事は仕える方の補助、世話など多岐にわたります。公爵家では、それぞれが違う役目を担う事もよくありますな」

「はい……」


 この屋敷でさえ、直接クレア達のお世話をする人、ヘレーナさんのように料理を担当する人の他にも、掃除をする人とか配膳をする人がいる。

 簡易薬草畑で観察してくれている執事さんもいるし、街や村との連絡役の人だっているからな。


「そこに、貴族になりたいと考えているかどうか、というのは関係ないのです。必要なのは仕える方に対して、不誠実ではない事」

「……ですから、私のような考えでは……」

「考えは関係ありません。そうできるかどうかなのです。それともウィンフィールドさんは、旦那様やクレアお嬢様、タクミ様に対して不誠実な行いをするのですか?」

「いえ、そのような事はしませんし、しようとも思いません」

「それで良いのです。つまり、個人の考えがあれど使用人としての仕事を全うしていれば、それだけで良いのですよ」


 悪い事を考えているわけでもなし、思想的な事は人それぞれ……ちゃんと使用人として働いていれば、咎められる事なんてない、と言いたいんだと思う。

 まだ会ってそんなに日数は経っていないけど、ウィンフィールドさんは能力も申し分ないし、使用人候補ではあるけどちゃんと働いてくれている。

 ウィンフィールドさんが使用人として不適切だとか、不十分、不誠実だとは思わない。


「まぁ、タクミ様自身は貴族になるつもりはないようですので、覚えが良ければ推薦されるかもしれませんな?」

「そ、そうなのですか?」


 俺の名前が出て来て、ウィンフィールドさんがこちらに問いかける。

 元々、俺が推薦されるんじゃないか? という疑念があったのだから、気になるのも当然か。

 推薦されるかどうかは、俺がはっきり答えられる事じゃないけど……。


「はい。まぁ、エッケンハルトさん達公爵家の人達と、仲良くしてもらってはいますけど、俺自身が貴族になって領地を治めるなんて、一切考えていません。そもそも、俺にそれが務まるとは思いませんし……」

「もったいないですなぁ……レオ様やフェンリル達を従えていれば、誰も逆らう事などできないというのに……」

「セバスチャンさん、俺にその気がないからってわざと言っていますよね?」

「ほっほっほ……」


 笑ってごまかされた……。



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