第1065話 気になる視線と言葉が聞こえました



「これも、またヘレーナさんと相談する必要があるけど……ただ、少しお金がかかるかもしれない」

「お金がかかる……特別な物を使うのですか?」

「まぁね。屋敷に戻ったら、ヘレーナさんと話してみるよ」


 カツオ節は少なくともこの街にはないと思われるので、屋台の主人に聞いて仕入れ先を当たるか、他の場所で探すために時間がかかる。

 この場でカツオ節に関しての仕入れをクレアと話さないのは、先日のもやしの反応を見たからだ……ニャックの時もそうだけど、大量に購入しようとしたら止める人が今いないからな。

 まぁ、ヘレーナさんと相談して仕入れるかどうかを検討するとして……それとは別に、俺が考えているのは醤油うどん。

 お金がかかるのは、醤油を使うからだが……ただ醤油を使うだけでなく薬味なども使う、ぶっかけうどんみたいな物だ。


「わかりました。タクミさんの考えた料理は美味しいですから、期待できますね!」

「いやまぁ……絶対美味しい物にできる保証はないんだけどね……」

 

 期待して待つというクレアに、他の人達も同意するように頷いている……醤油を使うから、量が限られて多くは試作できないし、次に醤油が手に入るまで何度も食べられるわけでもないんだが。

 あと、絶対美味しくできるかもわからない。

 とはいえ、ラクトスで売っているうどんもどきとは、また違った方法で美味しく……いや、うどんらしくできる自信が少しはあったりする。

 屋敷に帰ったらヘレーナさんと相談だな、それまでに色々と思い出しておかないと、作り方とか。


 まんまとクレアが逸らした話に乗り、これからの新しい食に期待感を膨らませながら、昼食の時間を過ごした。

 いつもより短めのティータイムの後、リーザやティルラちゃんを連れて、スラムへと向かった――。



 街の喧騒が遠くなり、雰囲気が変わる。

 以前来た時は夜で雨が降っていたし、リーザを見つけた時はあまり周囲を見る余裕もなかったので、改めて肌でスラムの雰囲気を感じる。

 建物一つに道一つ隔てただけで、ここまでがらりと雰囲気が変わる物なのか……同じラクトスとは思えない程だった。

 レオがいるのと安全のため、狭い道を通る事はせず、大きめの通りを進む。


「ワッフワッフ」

「そんな中でも、レオは気楽だなぁ。まぁ、何が来ても大丈夫だからなんだろうが」

「ティルラ、リーザちゃん、レオ様から降りてはいけませんよ?」

「うん、クレアお姉ちゃん!」

「はい!」


 重いようなまとわりつくような……今いる場所が建物の影だからかもしれないが、じっとりとした空気の中、特に気にしないようにのそりのそりと歩くレオ。

 そのレオを挟んで反対側、ヨハンナさんと右側にいるクレアが、レオの背中に乗っているティルラちゃんとリーザに声をかける。

 レオに乗っていれば、離れる事はないし安全だからと、二人は乗ったまま移動する事になった。


「ここがラクトスのスラムですか……」

「どうですか、アロシャイスさん?」

「私が昔いたスラムとは違って、雰囲気が明るい気がします。まぁ、そこらに飢えた人が捨てられていないせいかもしれません」

「……」


 俺と一緒に、レオの左側を歩くアロシャイスさん。

 特に気にしていない様子で、あっけらかんと言われて絶句してしまった……人が捨てられているって、相当過酷な環境だったんだな。

 細い路地には、ぼろ切れを纏った人や汚れたままの服や髪、体の人を見かけたり、今もすれ違ったりしている。

 けど、アロシャイスさんの知っているスラムと比べたら、これでも明るい雰囲気と言えるのかも……しれないのかな?


「ま、まぁアロシャイスさんのいた場所と比べるのはいいとして……さっきから気になる視線というか、言葉が聞こえるんだけど……」

「タクミさんもですか? 私もです」

「ワフ?」


 クレアやレオが目立つから、見られるのは覚悟していたけど……俺達とすれ違う人達、レオを恐れているのか、避けるように端に寄ってすれ違うのはともかく。

 その時に何度か同じ言葉を聞いた。

 クレアも同様なようだが、レオは首を傾げるだけだ。

 まぁレオは、気にしていないだけかもしれないけど。


「どうしたんですか?」

「いや、なんだか皆が一点を見て、同じ事を言っているみたいなんだよ」


 レオの背中から、俺とクレアの様子を見て声をかけるティルラちゃん。

 すれ違う人達は、レオの方……いや、少し上を見ながら皆が皆、同じ言葉を発していた……全て聞こえたわけじゃないが。


「ティルラを見ていましたよね……?」

「多分、そうだと思う。目立つレオじゃなくて、その上の方に視線が行っていたはずだし……リーザって可能性もあるけど」

「私ですか?」

「んー? 私は多分、見られてないと思うよ。尻尾がむずむずする感じがしないから」

「尻尾がむずむず……視線が集まってたら、そんな感覚になるのか。まぁとにかく、リーザじゃないって事は……」


 クレアの言葉にレオを挟んで反対側にいる俺が頷き、ティルラちゃんを見る。

 一緒にレオの背中に乗っているリーザをって可能性もあるけど、すれ違う人の視線を辿ると、どうもティルラちゃんの方だった気がするんだよなぁ。

 リーザは、首を傾げながら片方の尻尾を自分で撫でながら、否定する……獣人って、注目されるとむずむずするのか、リーザだけかもしれないけど。

 ともあれ、リーザでないとしたらすれ違う人……だけでなく、細い路地からこちらを見ている人の視線もか、それらは全てティルラちゃんに向かっている事になる。


「……この中で、俺やアロシャイスさんを除けば、ティルラちゃんが一番目立たない気もするけど」


 リーザは耳付き帽子を被っているうえに、尻尾も隠さず出したまま……ラクトスでは広まって知られているみたいだから、今更隠さなくてもいいからな。

 クレアは美人なうえに目立つ金髪で、雰囲気も目を引く。

 レオは言わずもがなで、大きな体だし……平凡な恰好をしている、俺やアロシャイスさんが一番目立たない。

 ティルラちゃんも耳付き帽子をしているけど、リーザの尻尾と戯れていたりするくらいで、あまり目立たないと思っていた。


「私達は……目立ちますね、はぁ……」


 フィリップさんが、抗議の声を上げようとしていたけど、ヨハンナさんに肩を叩かれて諦め、溜め息を吐く。

 街中で、旅装ですらなく完全武装で鎧を着て剣を下げていたらなぁ……ブレイユ村へ行く時より確実に目立っていた――。



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