第1048話 もやしの試作料理を味見しました



「ダ、ダグビ様……もうじわげあびばぜん……」

「パパ、尻尾が気持ち悪い……」

「あ~、ははは……まぁ、やっちゃったことは仕方ありませんから。とりあえず、チタさんと一緒にお風呂に……着替えも一緒にして来て下さい。――リーザも一緒にな?」

「ばび……」

「うん!」

「それではタクミ様」

「はい、お願いします」


 真っ赤になったゲルダさんが、チタさんに連れられて入り口の近くにいた俺に、泣きながら申し訳なさそうに声をかけて来る。

 泣いているからだろうけど、俺はダグビという名前ではない……というツッコミは今しない方が良さそうだ。

 苦笑して、尻尾を気にしているリーザと一緒にお風呂に行くように言って、見送った。


「……ゲルダさん達はチタさんに任せよう。俺は……ヘレーナさん、野菜と一緒に炒めたんですか?」


 ゲルダさんの事は、ここで心配していても仕方がないので任せるとして、とにかくもやし料理の話をヘレーナさんとしないと。

 そう思って、改めて受け取ったお皿に乗っている料理を見ると、見慣れた感じすらある炒められた料理……野菜炒めがあった。


「はい! まずはあまり手の込んだ事をせず、簡単な調理法を試しました」


 色んな調理法を試す前に、まず基本的な調理を試したって事だろう。

 ゲルダさんの事や、調理台の惨状はまだ片付いていないのに、料理がどうなのかが気になるのか、頷くヘレーナさんは元気だ。

 ある意味、料理長としては正しい意気込みなのかもしれないけど……。


「ふむふむ。んぐ……味付けは塩だけなんですね……」


 俺でも作れる、というか大雑把な男料理として何度も作った事のある、もやしを使った野菜炒めを、味見のために一口食べる。

 塩加減が丁度良くて、もやしや他の野菜のシャキシャキ感も残っており、俺が作るよりもいいできと言えるかな……できれば胡椒の味も欲しいけど。

 若干、苦味や香りを感じるのは、炒める時に使う油が違うとかかな? まぁ、日本で俺が使っていた油と違って、こちらはオリーブオイルっぽい物を使っているからだろう。

 菜種油とは、違う風味になるのは当然か。


「うん、美味しいですね。もやしの食感も活かしていますし、これだけでも十分なくらいですよ」

「もやしは、噛むと少し気持ちがいいですね。ですので、他の野菜と一緒に食感を残すように調理しました。なのですけど……ゲルダさんには、少し炒め過ぎだと言われました」

「あれ、ゲルダさんも食べたんですか?」

「いえ、出来上がった物を見てそう言っていました。……ハンバーグ作りを始める前ですね。私や他の料理人達も試食したのですが、確かに少し炒め過ぎたようで、少しだけ食感が損なわれているようです」

「そ、そうですか……」


 俺は料理人どころか、大雑把な料理をするくらいしかできないので、細かい食感や味の違いまではわからない。

 けどヘレーナさん達が言うなら、本当に炒め過ぎていたんだろう……それを、見ただけで当てるとは……ゲルダさん、恐ろしい子!

 本当に、料理が得意というか素質があるんだろうなぁ。


「まぁでも、少し練習したら完璧な物ができそうですね」


 炒める加減は、何度か調理しているうちにちょうどいい具合を覚えられるだろうし、もやし料理の第一弾としては成功だろう。


「はい。では、その他の試作料理を……」

「え、まだあるんですか?」


 もやし入りの野菜炒めだけかと思ったら、他にもまだ試作した物があるらしい。

 そういえば、炒める意外にも茹でたりとか言っていたような……?


「もちろんです! 色々な調理、味付けを試さなければいけませんから! 皆!」

「「「はい!」」」


 首を傾げる俺に、深く頷いたヘレーナさんが、厨房にいる他の料理人さん達に声をかける。

 すると、待ってました! と言わんばかりに複数の料理人さん達がそれぞれ、手にお皿や器を持ってザザッと俺の前に来る。

 えーっと……皆、俺に期待した目をしていますけど、細かい味見役としては不十分だと思うんですけど……多分、言っても止まらないんだろうなぁ。

 少しずつだけ味見して、夕食に差し支えないように気を付けよう。


「んー、これはちょっと……こっちは美味しいですね……」


 などなど、なぜか俺がもやしの試作料理を品評する役になっていた。

 頑張って、汚れた調理台を掃除しているシャロルさんには申し訳ないけど、もうしばらく待って欲しい。

 次々と持って来られるもやしの試作料理は、種類も数も結構あった。

 ただ、半分以上は味のわからない俺でも、失敗作と言える物だったりもする……まぁ、大体そういう物はヘレーナさん達の評価も芳しくない物だったらしいけど。


 まず、炒める時にケチャップで炒めたのか、真っ赤なもやし……他の食材はなく、ただもやしをケチャップで炒めただけの物。

 これは、見た目が真っ赤でちょっと口に入れるのを躊躇したけど、味はそれなりだった……ケチャップが多いのか、酸味が強かったけど。

 他には、茹で過ぎたもやし、あえて焦がしてみたもやし、ビネガーに浸けたもやし等々……何故そうしたのかすらわからない物や、美味しいのか美味しくないのかすらわからないような物まで、多種多様なもやしの味見をした。

 とりあえず、料理として出せそうなのは最初のもやし野菜炒めと、食感を得るためにサッと茹でたもやしを入れたスープなど、数種類が合格といったところだ。


 意外だったのは、ソーセージともやしをケチャップで炒めて、辛味の付く調味料を加えた物を、パンに挟んだ物だ。

 しんなりするまでもやしを炒め、水気をなくし、ピリッと辛い味が癖になる感じかな……食卓に並ぶ料理というよりは、屋台などで手軽に作って、手軽に食べる物という感じだったけど。


「うぅ……夕食が食べられるか少し心配だ……シャロルさん、すみません任せっきりで」

「いえ、これくらいはなんともありません。少々、オークの血と挽き肉が混ざって、手間はかかりますが……」


 少しずつ味見するようにしていたんだけど、数が数だったのでそれなりに食べてしまい、夕食が入るか心配になりながら、なんとか試作料理品評会を終わらせ、黙々と掃除をしていたシャロルさんに謝る。

 ちなみにヘレーナさんは、俺や他の料理人の意見を参考に、またもやし料理を考えるらしく、厨房の隅に行って唸っていた――。



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