第994話 スリッパの試作品を見せてもらいました



「本来はお客様のお召し物を作り、売るのですが……これの事もありますので、タクミ様との縁は大事にしておきませんとな」

「そ、そうですか……ラクトスでは、随分と流行っているようですね?」


 ハルトンさんがこれと言って示したのは、本人が今被っている耳付き帽子。

 最初はリーザの狐耳を隠すために、急ごしらえで穴をあけた帽子に耳部分を付け加えただけの物だったはずだけど、今ではしっかりラクトス中に広まるよう商品化されているようだ。

 実際、ラクトスに行ったら見かける人の半分くらいは、帽子を被っているのを見かけるくらいだからなぁ。


「おかげさまで、ラクトスで帽子を作っている商店や他の商店との繋がりもできました。クレア様には以前より贔屓にさせて頂いておりましたが、手広くやれるとは考えていませんでした」

「ははは……本来は、服に関する事で利益が出た方がいいんでしょうけど」

「いえいえ、帽子とはいえ身に付ける物の一つです。用途はそれぞれにありますが、服と同じく着飾る物であり、身を守る物でもあると考えれば、大きく外れてはいません」


 帽子がラクトスに流行っていると聞いた時も思ったけど、ハルトンさんはやり手なんだろう。

 仕立て屋としての商売から大きく離れていないと判断し、ラクトスの中で協力してくれる店を探して、利益を求める……真っ当な手段だし、商人として間違っていない……と思う。

 帽子も布を使って作る物だし、刺繍とかを施すために縫ったりもするからな。

 リーザに買ってあげた帽子は、他の商店から仕入れていた物だったようだけど。


「ただ、私も含めて店で働く者達も、外へ出る際には常に帽子を被る事になりましたが……」

「ははは……まぁ、似合っていると思いますよ?」


 ハルトンさんが苦笑しているのに、俺も苦笑で返す。

 耳が付いている事以外、帽子がおかしなデザインというわけじゃないんだが……男が被って可愛くなってもなぁ。


「タクミ様にそう言って頂けると、安心しますな。子供や女性ならかわいらしいとは思うのですが、何分男性が被るのは……街で売る側の私が、そういった事を言うのは憚られますが」

「まぁ、そうでしょうね」


 確かに街で見かける、耳付き帽子を被った女性は可愛く見える。

 元々狐耳のあるリーザはともかく、ティルラちゃんとかかわいらしいし、クレアも……おっと、勝手に思い出してちゃいけないな。


「それで、スリッパの試作は……」

「おぉ、話しが逸れてしまいましたな。申し訳ございません」

「いえ……」

「それでは、こちらが作らせて頂いたスリッパの試作となります」


 スリッパの試作を見るはずなのに、話しが帽子の事ばかりになっているので、本題に戻す。

 ハルトンさんが一度頭を下げ、袋の中から試作したらしいスリッパを取り出した。


「見た目は華やかにかわいらしく、と考えて作りました。いかがでしょうか?」

「……俺が考えていた形には、確かににているます。ですけど……ここでも耳ですか?」


 テーブルに並べられた、いくつかのスリッパ。

 それらはクレア達に説明した通りの形で、ほぼ俺が知っている物になっている。

 だけど、スリッパの甲を覆う部分? そこに本来不必要な獣耳が縫い付けられていた……。

 二つで一足のスリッパの両方に二つずつの耳が付いていたり、片方に一つの耳で両足を揃えれば二つの耳が揃う物だったり……一番のこだわりを感じる。


 厚めの布を重ねたり縫い合わせているようで、通常の靴と比べると軽そうではあるけど。

 使っている布も柄が入っていたり、無地でも色がついていたりと様々だ。


「これも、帽子と組み合わせて履いてもらえばよろしいかと考えました」

「うーん、確かに可愛いんですけど、室内で履く物ですからね……誰かに見られる事はあっても、外に出るわけではないので……」


 リーザやティルラちゃんは喜ぶかもしれないけど、日常的に男性が獣耳を生やしたスリッパを履いている、というのはなんとなく落ち着かない気がした。

 想像したのは、俺自身以外にエッケンハルトさんやセバスチャンさんで、思い浮かべる相手が悪いのかもしれないけど。


「ふむ、そうですか……。では、耳付きと耳なしの両方を作る事にいたしましょう」

「初めての事なのに、複数の種類を作っても大丈夫なんですか? その……利益とか……」


 俺の意見を聞いて、耳ありとなしの両方を作ると決めるハルトンさん。

 商品としての種類に幅を持たせるのは、いい事だと思うけどその分費用がかさんで採算が取れるのか心配だった。

 作ってもらおうとしていてなんだけど、損をさせたいわけじゃないからな。

 というか、スリッパも商品にする方向で進んでいるのか……商魂たくましいと言えるのかな。


「問題ございません。まだ試作ですし、初めての事なのです。いくつか試して、売れない物はなくなって行くでしょう。それに、意匠を凝らすという程ではありませんし、作りも簡素なのであまり費用はかかっていませんから」

「そうなんですか?」

「はい。布を多く使う耳付き帽子の方が、費用としてはかかりますな。まぁ、新しく作るのである程度人手を使って考えておりますが……それくらいは初期によくある事ですから」


 帽子は結構丈夫に作られているし、スリッパより大きなものだから、確かに費用としてはそちらの方がかかるのか。

 ともあれ、新しい物を作り出そうとすると、デザインなども含めて色々考える必要があるので、費用がかるのはよくある事だ。

 ある程度決まって量産体制に入れば、コストを削減できるはずだし、ハルトンさんが言うなら本当に問題ないのだろう。

 赤字になるようなら、俺達が使う分だけを作ってもらって、その後の商品化は見送った方がいいと言おうと思ったけど、その必要はなさそうだ。

 ……ハルトンさんの方が、そのあたりはよくわかっているだろうから、余計な事かもしれないけど。


「では、形や見た目に関してはこれで問題はなさそうですな。あとは……履き心地ですが、少々問題がございまして」

「履き心地がですか? 厚手の布を重ねているようなので、柔らかそうですけど……?」


 履き心地の方で、何やらハルトンさんには不安があるらしい――。



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