第979話 ラーレは加減してくれていたようでした



「ティルラお姉ちゃん、怒られるの?」

「まぁ、仕方ないだろうね。ラーレがいるからとは言っても、やっぱり危険な事をしたのには変わらないんだから。それに、街の人達もラーレを見て驚いたり、騒ぎにもなっているようだから」


 ティルラちゃんが考えていた事を怒りはしないけど、行動に関しては叱る、という事だろう。

 ちゃんと順序を追ってスラムへ……というならまだしも、誰にも言わずに心配をかけてしまったからな。

 心配そうに見るリーザの頭を撫で、苦笑しながら言う。

 ……相談したら、スラムまで来れたかはわからないけど。


「タクミさん、怒られたくないです……」

「そう言われてもね……今回は反省して、次からは気を付けるようにするしかないかな?」

「うぅ……」


 すがるように俺を見られても、クレアを止める事はできない。

 というか、クレアを止めたとしても、セバスチャンさん辺りから言われるだろうしな。

 叱られて反省するしかないと思う。


「ティルラの事は、屋敷に戻ってからね。とりあえずあちらは……なんで倒れているのかしら? ティルラ、何をしたの?」

「私じゃありません、ラーレがやったんです。ラーレ凄いんですよ、翼を広げて風を起こして……!」

「キィ!」


 これ以上は、ここでずっと話すべきではないと判断し、クレアが立ち上がって倒れている人達の方を見る。

 そちらでは、まだコッカーとトリースが上に乗って、勝ち誇っていた……話している間、ずっとそのポーズだったんだ、疲れないのかな?

 ともあれ、落ち込んでいたティルラちゃんがすぐに持ち直し、ラーレがやった事を説明してくれる。

 なんでも、ラーレと一緒にスラムへ来た際、降り立つ場所として上空からでも開けた場所に見えた、ここに降りたらしい。


 ラーレから降りたティルラちゃんは、周囲に人がいるのを見てすぐに声をかけ始めたらしいけど……誰も話を聞いてくれなかったらしい。

 というか、ほとんどが逃げ出したり震えるだけだったとか。

 ティルラちゃんやコッカー達ならまだしも、ラーレもいるからな……そりゃ人を乗せられる巨大な鳥の魔物がいきなり降りて来たら、怯えるし逃げ出したくもなるか。

 そうした中、複数の人達……今俺達の目の前で倒れている人達が、剣とかの武器を持ってラーレに向かって行ったらしい……よく見たら、広場の端の方に剣や斧などが落ちていた、ラーレに吹き飛ばされたんだろう。


 向かってきた人達の足は震えていたり、剣を持っていても腰が引けていた……というのはラーレの言で、リーザが通訳してくれた。

 よくわからない状況だけど、逃げるだけじゃなく向かって行かないとヤバい、とか感じたのかもな。

 すぐにラーレが翼を広げて、ティルラちゃんが言うように風を起こし、羽を飛ばして向かってきた人達は気絶……どうしようかと考えていたところに、俺達が来たというわけらしい。

 風は魔法だとしても、ラーレが飛ばした羽はそこらに散乱している物か……突き刺さるわけでもなく、気絶させるというのがどうやるのかはわからないけど、まぁ考えるだけ無駄だろう。

 ……人間にできる事じゃないだろうし。


「それで、コッカー達が気絶した人達の上に乗っているのは?」

「キィ、キィー」

「自分達が倒した獲物! って言っているみたいだよ、パパ」

「自分達って、ラーレがやったのは見ているのに……まぁ、深くは考えないでおこう」

「ピピ……」

「ピピィ……」


 いやそんな、事情を知った俺達に向かって、「ちょっとやってみたかったんです……」みたいに鳴かなくても。

 自慢気にしていた鳩胸は下げ、広げていた翼の片方を後頭部に当て、首から上だけを上下に動かしていた……器用だな。


「ティルラやラーレに向かって来たのなら、むしろ命を取らないで済んで良かったわ……」

「ティルラちゃんはともかく、ラーレが本気を出したらあれくらいじゃすまなかっただろうからね。レオ、ラーレを怒るのも程々にな?」

「ワフ」

「キィ……」


 ラーレにとっては、降りかかる火の粉を振り払ったとか、その程度なんだろう。

 いくらスラムにいる人とはいえ、殺してしまっていたらかなり面倒な事になっていただろうから、気絶で済んでホッとしているクレア。

 それに、ラーレがやった事でもティルラちゃんに人が死ぬところを見せてしまうし……ラーレはティルラちゃんの従魔だから、その責任もティルラちゃんに向かってしまうだろうし。

 反省したり、色々と謝る必要はあるだろうけど、最低限で済みそうなのは良かった――。



 ――とりあえずティルラちゃんやラーレに聞ける事は聞いて、場所を移す。

 ちょうど、話しが終わった頃にヨハンナさんがセバスチャンさんや衛兵さん達を連れて来た。

 スラムの広場では、打ち捨てられた建物や、物陰からこちらの様子を窺っているような人もいたため、その場は衛兵さん達に任せて、さっさと退散。


「ティルラお嬢様、今回は以前クレアお嬢様が森へ行った時と同様、肝を冷やしました」

「セバスチャン、私の事は今出さないでいいのよ」

「そうですな……今回はラーレがいるので、ティルラお嬢様に害が及ぶ可能性は低く、森へ一人で行ったクレアお嬢様の方が、危険でしたな。タクミ様やレオ様のおかげで、無事に済みました」

「……ティルラに言うはずなのに、私が説教をされているようになっているわ」

「はははは……」


 西門の詰所の中で、セバスチャンさんが早速とばかりにティルラちゃんへの説教……と思いきや、以前の事を思い出したのか、クレアにまで飛び火。

 まぁ、危険という意味では、クレアの方が危なかったのは間違いないから、何度でも注意したいんだろう……実際、オークに襲われていたからな。


「ティルラお嬢様やクレアお嬢様には、屋敷に戻り次第、私からの説教を受けてもらうようにしましょう」

「私は以前にも言われたわよ? 今回はティルラだけで十分じゃないかしら……」

「ほっほっほ、年よりの小言を聞くのも、若い者の定めという事で……それでクレアお嬢様、連れてきた者達はいかがいたしましょう?」

「話を逸らしたわね……屋敷に戻ったら逃げなくちゃ。そうね、気絶していた者達は、ラーレに驚いて向かって行ったのでしょうから、罪はないわ。怪我などの確認をし、必要なら治療を。なければ、気が付き次第解放して構わないわ。あ、でも一応ラーレが来た時の事情を聞いておきなさい。あくまで確認のためで、罪に問う事は一切ない事を忘れないで」

「畏まりました、そのように手配いたします……」



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