第961話 エッケンハルトさんからの報せが届きました



 エッケンハルトさんの報せ……そろそろ本邸から執事さんが来る頃のはずだし、それに関してなら俺宛てで間違いないのか。

 セバスチャンさんに言って少しだけ待ってもらい、考えるのに夢中でほとんど食べていなかった昼食を急いで食べる。

 報せというのは、セバスチャンさんが持っている手紙の事だろうし、食事をしながら手紙を読むのは行儀が悪いからな。


「ふむ……ふむ……」

「タクミさん、お父様はなんと?」

「俺が雇っても良さそうな執事さん達が、本邸を出発したって内容だね。この報せが届いてから、おおよそ三日程度で到着するだろうって書いてある。あとは、執事さん達の名前が書かれているね」

「そうですか……お父様が、何か無茶な事をタクミさんにお願いするんじゃないか、と心配しました」

「ははは、エッケンハルトさんはそんな無茶な事を……しないとは言わないけど、それなら自分がこっちに来そうじゃない? 面白そうだとか言って」

「あり得ますね」


 手紙の内容は大体執事さんに関する事……いつ到着するかとか、名前や人数、さらに俺が好きに選んで雇えばいいとも書いてある。

 何から何まで、ありがたい限りだ。

 クレアはきっと、俺に直接報せを送ってきたから無茶な事が書かれていると心配しているようだけど、そういった事はまったくない。

 まぁ、エッケンハルトさんの事だから、俺やレオに何か無茶な事を言い出す時は、面白そうだとかで仕事を放っておいてこの屋敷まで来そうだからなぁ。


 いや、レオには公爵家とシルバーフェンリルの関係があるから、言うとしたら俺だけか。

 ともかく、そういう事は一切書かれておらず、あとはディームを捕まえた際に一緒にいた少年達が、エッケンハルトさんの所へ到着した事。

 先に本邸へ向かわせていたマルクくんと一緒に、兵士となるべく訓練を始めたという事など、一応俺に関係していた事の報告みたいなものも簡単に書かれていた。

 そうか……半強制みたいな感じではあったけど、兵士として訓練させるという手もあったか。


「すみません、セバスチャンさん。ちょっといいですか?」

「なんでございましょう?」


 クレアにも手紙が来ていたらしく、渡されて読み始めているのを横目に、セバスチャンさんを呼ぶ。


「エッケンハルトさんから、マルクくん達の訓練を始めた……とあるんですけど」

「……相変わらずの、悪い癖ですな」

「その、兵士になるとかエッケンハルトさんの訓練を受けるのに、条件ってありますか? まぁ、最低限悪人ではないとかはあると思いますけど」

「そうですな……タクミ様が仰ったような事もありますが、一番は旦那様が気に入るかどうかです。兵士としては、別に募集している方へ希望されれば、旦那様が直々にという事ではなく、採用される各地で訓練などが行われます」

「エッケンハルトさんが気に入るかどうか……えっと、直々に訓練をしている人って、護衛兵士になる人ですよね?」

「そうなります。フィリップなどもそうですが、この屋敷の護衛の者達が受けておりますな。厳しい訓練なので、例え旦那様が気に入っていても、軽い気持ちの人は逃げ出す事も多々あります」


 フィリップさんが、訓練を思い出して泣き始めるくらいだ……生半可な訓練じゃないのは間違いないだろう。

 ある意味、相応しいというかなんというか……本当に抜け出したいのなら、必死に頑張る人もいるだろうし……とりあえず提案してみるか。


「これはあくまで提案なので、却下されても当然の考えなのですけど……」

「何か、面白い事を考え付かれましたかな?」


 セバスチャンさんが、ニヤリと笑って少し楽しそうになる。

 クレアも、手紙を読み終えたのかこちらに注目した……ティルラちゃんやリーザは、食べ終わってからは丸まったレオにくっ付いているので興味はない様子。

 まぁ、あっちはレオの毛に包まれる方が大事だろうからな。


「面白いかどうかは微妙ですけど……スラムの話がありましたよね? 多くの人が働かせて欲しいと言って来ているって」

「そうですな。まさか、タクミ様?」

「さっきニックにも相談されたんです。スラムの人達は、全員かはともかくある程度真面目に働こうとしているようなんです。そこで、ある程度の人数はエッケンハルトさんから厳しい訓練を受けさせる事はできないかな? と……」

「……むぅ……それは考えもしませんでした。しかし、スラムの者達を護衛兵士にするのですか?」

「当然、悪人かどうかを調べる必要はあると思います。それに、悪事を働いていなくとも、護衛を任せる程の信頼に足る人物かどうかもわかりません。俺が考えたのは、厳しい訓練をすれば多少真面目になるんじゃないか? という事と、護衛にするか兵士にするかは訓練後に考えればいいんじゃないかな? という事です」


 それこそ、更生のために過酷な状況下で働かせる……というのに近い感じだ。

 まぁ、この国や公爵領に、罪を償うための強制労働とかがあるかどうかは知らないし、犯罪者ではない人物が更生というのもおかしな話かもしれないけどな。

 本気でスラムを抜け出したい、真っ当に暮らしたいと考える人であれば、厳しい訓練でもある程度耐えられるかもしれないとは考えている。

 それこそ、さっきセバスチャンさんが言ったような、軽い気持ちで受けて逃げ出す……というのは少なくなるのかもしれないと。


「とにかく、本当に兵士や護衛になれるかはわかりませんし、訓練後にエッケンハルトさんや他の人が判断するのでも構いません。現状スラムの人達が働きたい、抜け出したいと考えている今がチャンスではないかと思うんです」

「ふむ……確かに、一度スラムに住み着いた者は、中々真っ当に働こう、抜け出そうと考える者は少ないですな。私も、昔は似たような考えで抜け出す事を考えてはいませんでした」


 スラムにいる人の気持ちは、俺にはわからない。

 経験した事がないから当然なんだが……想像する事はできるし、話しは少し聞いた事もある。

 セバスチャンさんも、俺が考えていたように抜け出す事は考えられなかったらしい……というのは経験談だな。

 日々生きる事に必死で、抜け出す事へ考えが向かない事の方が多いんだろうと思う。

 セバスチャンさんやリーザの話を聞いていると、食べる物を確保するのも一苦労みたいだからなぁ――。



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