第939話 デリアさん以外にも雇用希望者がいるようでした



「それは……ちょっと面倒だなぁ。貴族同士の付き合いは、俺にはあまり想像できないけど腹の探り合いが多そうだ……って、セバスチャンさん?」

「はい、タクミ様。クレアお嬢様も。ただいま戻りました」


 でもそういう付き合いはそれはそれで、面倒が多そうだなぁ……と想像しながら話していると、不意に話に入ってきた声がクレアではない事に気付く。

 ふと後ろを見てみると、そちらでは恭しくお辞儀をするセバスチャンさんの姿が……いつの間に。

 今戻ったって、話しに入って来ているのだからそれ以前の事も聞いていそうだけど。


「セバスチャン。あちらの方は?」

「フェリー達は、森に入って行きました。まぁ、簡単な運動をするようですな。シェリーも付いて行ったので、フェンリルとしての教育をするのかと」

「そう。シェリーが一緒なら、すぐに戻るのでしょうね」


 驚く俺……だけでなくデリアさんも体をビクッとさせて、尻尾を立てているのに、クレアは平気な様子でセバスチャンさんと話し始めた。

 ……慣れているんだろうなぁ。

 場合によってはクレアも驚いたんだろうけど、今は外にいるしいつセバスチャンさんが戻って来てもおかしくないからだとも思う。

 それにしても、デリアさんにすら気配を感じさせずに近付くとは……さすがセバスチャンさん。

 デリアさんがハラハラしながら、子供達を見ていたせいもあるかもしれない。


「そうそう、タクミ様」

「はい?」

「戻る際に村長の所にも寄って話をして来たのですが……」

「村長と?」

「えぇ。今回の事の説明をもう一度と、急な視察の謝罪ですな。これをしておかないと、今後村長達はいつ来るのかと怯えて過ごす事になりかねませんので。レオ様やフェンリル達の事もですが」

「はぁ……」


 まぁ、レオやフェリー達に乗って来たのも驚きだろうけど、今回が特別だったと言っておかないと、村の人達がまた突然来るのでは? と考えて、緊張してしまうという事だろうと思う。


「その際に、村長に頼み込んでいる方がおりまして……その方は、なんでもクレアお嬢様の下で働きたいと」

「私? でも、セバスチャンはタクミさんに向けて話しているわよね?」

「はい。まぁ、クレアお嬢様にも関係はするのですが……どうやら、ランジ村で行われる薬草畑で働きたいとの事らしいのです」

「薬草畑で、ですか」

「募集の際には応募をしていない方でしたが、今回クレアお嬢様を見た事で決心したと。実際には、自分がもうこの村ではあまり必要とされていないのではないか、と最近考え始めたようですな。特に、タクミ様やデリアさんと話をしていて、強くそう感じたらしいのです」


 表向きはクレアを見たから、でも実際は自分が村にとって必要ないと感じたからって事か。

 薬草畑に関しては、公爵家がラクトス周辺で募集していたから、俺ではなくクレアの下でと言ったんだろう。

 募集する際に、俺の名前とかは特に広めていないしな……クレアも共同で始める事なので、俺の名前を出していても、ほとんどが公爵家主導と考えるだろうし。

 でも、俺やデリアさんと話していて、自分が必要ないと感じたって……もしかしてあの人だろうか?


「その人は?」

「ペータという名の方です。少々話をさせて頂きましたが、若い頃は公爵領内の各地を旅して、農作知識を学んだようです。そして、その知識を使ってブレイユ村の畑を大きく、そして多くの作物が育つように活用したと。ただ、最近は自分ではなく若い方主導での話が多くなり、自分はもうこの村に必要ではないのではないか、と申しておりました」

「そんな、ペータお爺ちゃんがいてくれたから、ブレイユ村の畑は大きくなって、村にも余裕ができたって聞いています。必要がなくなったなんて事は……」

「村長も同じ事を言っておりましたな」

「確かに、俺やデリアさんが話を聞いている時、もう若い者達も育って来ていて、任せるべきなのかも……といった事は言っていましたけど」


 予想通りペータさんだったけど、本人は俺達と話しているうちに自分が村に必要ない、と感じ始めていたらしい。

 何度か話している際に、もう次世代にとか言ってはいたけど……冗談めかしていたので、本気とは思わなかった。

 ただ、自分があまり口を出したり手を出したりするのは、嫌がられるとまでは言わなくとも、あまりいい顔をされなくなっていたとは言っていたっけ。

 だから、口や手を出さないように、畑から離れた場所で椅子に座って全体を見ているだけだとか……。


「新しい事への挑戦に、やりがいを感じる方なのかもしれませんな」

「新しい事ですか?」

「ランジ村での薬草畑ですが……これまで誰もそのような事をしておりません。いえ、正確にはやろうとしてもできなかった、が正しいですかな? 薬草も作物と一緒で、栽培するための条件などがあります。ですが、これまで畑を作り多くの薬草を作りだしたという事は……少なくとも、この国では成功例がないのです」

「まぁ、薬草は他の作物と違って、食料とは違いますし……成功すれば収入になるとしても、試そうとはしませんよね」


 これまで行われてきたかどうかはともかく、成功例がないのだから新しい事と言って差し支えがなさそうだ。

 そのうえ、『雑草栽培』のおかげでほとんど栽培して数を増やす事が約束されてもいる。

 薬草を栽培しようと考えた人は、それなりにいておかしくないだろうけど、ブレイユ村で過ごしていると生活をするので精一杯な部分もあって、成功するかわからない……むしろ失敗する可能性の高い事への挑戦は、中々しようとは思わないだろう。

 一部繁殖力とか適応力の高い物は、それなりに栽培できるかもしれないけど、優先するべきは生活する糧を得るための作物を育てる事だ。


 自然に生えていたり、薬にする必要のある物もあるからどうしても優先度は下がる。

 それなのに、公爵家が主導して薬草畑を作ろうという試みを、新しい事と考えてペータさんはやりたいと感じたのかもしれないな。


「ペータお爺ちゃん、この村でも新しい作物をやってみたいって、前に言っていた事もあります」

「この村では、結局それをやらなかったの?」

「はい、クレア様。この村は現在、畑から作物を得られ、森の木を伐り出しています。それで、現状満足している状況なのです。ペータお爺ちゃんは、そんな皆の事がわかっているから言い出せなかったようです。私でも、賛成してくれる人は少ないと思くらいですから」

「そうなのね……」



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