第903話 親方さんとデリアさんの話を盗み聞きしました



 寂しがっている様子かと思ったら、お肉を豪快に齧り付いて食べ、サーペント酒をかっくらう親方さん。

 どうやらデリアさんがいなくなったら、アウズフムラを狩れなくなるんじゃないか、と心配しているようだった……というのは、多分素直になれずに誤魔化したんだろうな。

 何せ、笑ったりからかったりしているのに、空を見上げたままだ……涙がこぼれないように、なんて有名な日本の曲が思い浮かぶ。

 デリアさんも、親方さんが素直になれないのはわかっているようだが、結局からかわれて大きくため息を吐いていた。


 デリアさんが村に戻る時は、レオに乗ってもらえばすぐに帰れるかなぁ? と思ったが、デリアさんが遠慮しそうだな。

 まぁ、休日を多めに取れるようにすればいいかな……いい村だと思うから、俺も余裕があればリーザやレオを連れて来るのも悪くないか。


「しっかし、デリアが働く先はあのクレアお嬢様が主導しているって話だろ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫かって……私は会って話をさせてもらったけど、しっかりしている方で優しくて、何も気にする事はないと思うわよ?」


 親方さんは少し落ち着いたのか、視線を落として眉根を寄せながら、デリアさんの働き先の心配をしているようだ。

 それに答えながら、こちらに顔を向けて窺うデリアさん……周囲にバレないよう、小さく首を振っておいた。

 本当はクレアではなく俺が、と言いたいんだろうけど、今は種明かしするには早いからな。

 あと、クレアの事を話していると伝えられたら、親方が責められないかという心配もあるのかな? クレアはそんな事をする人じゃないから、大丈夫だよー。


「クレアお嬢様と言ったら、ラクトスを越えた先の屋敷にいるって物好きとも言われているだろ?」

「まぁ、そういう話も聞くね」


 さらに不味い事を言うんじゃないかと、親方さんと俺を見比べるデリアさん。

 大丈夫と伝えるように、優しい眼差しを意識しながら頷いておいた……クレアはそんな事では怒らないだろうからな、多分……。

 というか、クレアって物好きと思われているのか。

 まぁ、本邸で父親の庇護のもと、村の人達が想像するような豪勢な貴族の暮らしもできるのに、離れた別荘にいるんだから、そうとられてもおかしくない……のかな?


「わざわざ父親から離れて暮らして……親子仲が悪いどころか、公爵様は子煩悩で知られているのにだ。まぁ、おかげでラクトスの治安は以前よりも良くなったとも言われているがな」


 エッケンハルトさん、領民の皆さんに子煩悩で知られているんだ……まぁ、俺は親バカっぽいところを直接見ているから、よく知っているけど。

 それはともかく、以前エッケンハルトさんの目が届きにくいラクトスの近くにクレアがいるのは、公爵家が見ているという監視の目が届きやすくもなるとか言っていた気がする。

 それだけで治安がすぐに良くなるわけではないだろうが、ある程度の抑止力にもなるんだろう。

 あと、実際にセバスチャンさんも含めて、ラクトスや周辺を管理して治安だけじゃなく住みやすくしようとしている様子も見られるから、その成果もあるか。


 だからこそ、俺が思い付きで言った駅馬の提案も、しっかり考えてくれているんだしな。

 でも治安に関して、最近ではレオがいる事の方が大きい気がしたりもする……俺も一枚かんでいるけど。

 ラクトスでは、悪さをしたらレオがやってくるみたいな噂も一部であるみたいだしなぁ、強力な抑止力とも言えるけど。

 ……無理矢理だけど、これもクレアやセバスチャンさんの努力があってこそ、繋がっているんだと思っておこう。


「そういや、ラクトスに行った感想はどうだった、デリア? 俺ぁ長い間行っていないから、最近のラクトスの様子を知らないんだ。以前行った時は、ならず者に絡まれたんだが……まぁ、返り討ちにしたがな」


 絡まれたのか、親方さん。

 結構な強面なのに、それでも絡むって以前は今以上に治安が悪かったんだろう……俺も初めて行った時は絡まれたしな。

 以前聞いていた、旅人や商人を狙って金品を奪い取ろうとする輩だろうし、スラムに住んでいる人達も拘わっていそうだ。


「うーん、私が行った時はそんな事なかったかなぁ。むしろ、転んじゃった私を助けてくれた人もいたくらいだよ」

「そうか……やっぱり評判通りになってくれていたかぁ。だが、その耳や尻尾は隠さなきゃダメだっただろう? ラクトスどころか、他に獣人がいないはずだからな」 

「ま、まぁ……最初は隠してたよ。帽子を被って尻尾はしまって……そのせいで転んだんだけど。でも、ラクトスでは獣人の耳みたいなのを付けた帽子が売られていたし、実際見せても、誰にも何も言われなかったかなぁ」

「そ、そうなのか? それは驚きだな……」


 転んじゃったの部分で俺を見るデリアさん……そういえばそんな事もあったなぁ、確か、尻尾をしまっていたからバランスを取るのが難しいのに、そのうえで走っていたから転んだんだっけ。

 あの時は獣人って事を知らなかったし、治安云々ではなく俺やセバスチャンさんの前で急に転んだからな……かなり勢いが付いていて痛そうだったのもあって、思わず助け起こした。

 まぁ、デリアさんとしてはラクトスの治安が良くなっている事を印象付けるために、あの時の事を持ち出したんだろう。


「俺が行った時は、おそらくスラムにいる奴らだろうが、ガラの悪い奴らに絡まれてなぁ」

「親方からガラ悪いって言われるのも、相当だね。絡まれたって事は、お金を出せとかそういう事を言われたの?」

「うるせい。……いや、俺にはなぜかそんな事を言わなかったな。むしろ、自分達の仲間になれとか、一緒に旅人や商人から金を巻き上げないかとか……そんな事を言われた」

「……それって、親方を見てお仲間だと思ったからじゃない? 知らない子供が見たら、泣かれてもおかしくない人相でしょ?」


 親方さんの絡まれ方って恐喝的な絡まれ方じゃなくて、自分達の仲間に引き入れるための誘われただけのようだ。

 本当にスラムにいた人達なのかはわからないけど、ニックを引き入れて悪さをしようと、俺やクレアに絡んできた連中のような人物なんだろうな。

 同類だと見て仲間に引き入れたり、あわよくばもしもの際に自分達の身代わりにしよう、と考えていたのかもしれない。

 確かに、親方さんの人相はどちらかというと悪いからなぁ……右こめかみから頬にかけて傷跡があったり、目つきが鋭かったりするし。


 まぁ、とはいえデリアさんのように正面から、それを指摘するような事は言えないが……デリアさんは親しいから言えるんだろう。

 あと、他に公爵様というもっと迫力のある人を知っているのもあるか――。



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