第861話 魔物の毒は三人でいればなんとかなりそうでした



 フィリップさんが俺の『雑草栽培』を頼りにしているように言うけど、その薬草そのものを知らなかったら作りようがない。

 まぁ、効果を想像だけで作れない事はないかもしれないけど、必ずできる保証がないからな……と思っていたら、ニコラさんから薬草についての情報が。

 コッカーとトリースをどうするかという話の時に、セバスチャンさんから石化する対処について聞いた時に出た薬草か。

 頻繁に作ってラクトスに卸している薬草なので、作ろうと思えばすぐにできるな。


「ただ、今は複数いるので大丈夫だろうが、一番厄介なのは一人で咬まれた時だな。サーペントの毒は咬まれた場所から順に麻痺して動かなくなっていく。サーペントもどうにかしないといけないし、対処をしているうちに毒が回って……気付いた頃には全身が動かなくなる、と」

「全身が麻痺して動かなくなる……それは怖いな……」


 麻痺って事は、マムシとは違って出血毒じゃなくて神経毒なのかもな。

 咬まれてすぐなら、場所にもよるけど動けるから対処のしようがあるが、サーペントを放っておくことはできないので、そちらを先にどうにかしないといけない。

 そうしているうちに、全身に毒が回ってしまうので一人でいる時は要注意というわけかぁ……治癒させる薬草が一般的で安く手に入っても、使えなければ元も子もないからな。


「まぁ、警戒するに越したことはありませんが、幸い周囲にはいないようです。跡が途切れているのは気になりますが、いないものは対処しようがありません」

「そうだな。まぁ、見た事があるからいればわかるか。気にしていても仕方ないし、朝食にしてさっさとここから離れよう」

「確かに……でも、草花の影に隠れると言っていたけど、簡単に見つかるのかな?」


 ずっとサーペントの事を気にしていても仕方ないと、朝食の支度をするために焚き火の方へと戻るニコラさんとフィリップさん。

 二人共、サーペントが近くにいない事を確信している様子だけど、隠れていてもわかるものなんだろうか? まぁ、体が長いから見つけやすいのかもしれないけど。

 と疑問に思っていたら、料理をしながらニコラさんが教えてくれた。

 なんでも、サーペントは体を周辺の草花と似た色にして擬態するため、知らないと発見が遅れてしまう事があるそうだが、唯一目と口の周りだけは色が変わらないらしい。


 目と口周辺が赤くなっており、今周辺には赤色がない事でサーペントがいないと判断したという事だ。

 ちなみに、赤い花が多く咲いているような場所では、逆に体が赤には変化できないらしく、擬態が不可能なためそれはそれで見つけやすいらしい……成る程な。

 余談だが、口の周りが赤いために人の生き血を啜っていると言われていた時期があるらしく、子供の頃に悪さをするとサーペントが生き血を吸いに来る、と言われていたりする事もあるようだ……子供を叱る際の脅し文句かな。

 実際には、血を啜る事はないし人間というより、サーペント自身よりも体温のある対象に襲い掛かる習性があるが、咬むか長い胴体で巻き付いて絞めるだけで、肉食ですらないらしい。



「干し肉よりはマシだが、やっぱり味気ないな……」

「贅沢を言わぬ方が良いでしょう。……とは言うものの、ラクトスで売っている食べ物やヘレーナさんの料理に慣れていると、確かに物足りないですね」

「これはこれで、野菜から出汁が出ていて美味しいけどね。まぁ、塩味以外が薄いのは確かだけど……」


 サーペントの事は警戒はしても気にし過ぎないようにし、朝食を食べている中で、フィリップさんとニコラさんが話すのに同意する。

 朝食は、布に来るんで持って来ていた小麦を練った物……パスタのように切り分けておらず、単純に練っただけの物を、一口サイズにちぎる。

 それと残っていた野菜を鍋に突っ込んで、味付けに塩などの調味料を少々というだけの簡単料理。

 調味料は唐辛子や香草を粉末にした物で、塩以外があるのはありがたいけど、入れ過ぎると匂いや辛みが強くなり過ぎるために少量。


 結果として、野菜の素材としての味以外には塩味強めのスープになっていた。

 ……見た目は、すいとんに近いんだけどなぁ……味噌や醤油と言わないまでも、せめて煮干しや鰹節が欲しい……海が近くにないから、入手は困難だろうけど。



「味はともかく腹は満たせたから、そろそろ出発するかな。ニコラ、そっちは?」

「大丈夫です。荷物は全てまとめました」

「こちらも、焚き火の火を消しておいたよ」


 朝食の味への不満はともかく、お腹を満たして栄養も取れた。

 各自で手分けして後片付けをして、ブレイユ村へ出発だとフィリップさんから声がかかる。

 水をかけて火を消し、さらに土をかけて完全に焚き火が消化されたのを確認し、フィリップさんに頷く。


「それじゃ、馬に乗って……」

「……ミ……さ……」

「ん?」


 馬へ荷物を持たせて、乗り込んで移動を開始しようとした時、どこからか声が聞こえた気がした。


「今、何か声が聞こえなかった?」

「遠くから何か聞こえたような……?」

「こんな所に、他に人がいるか怪しいですけど、確かに何かが聞こえました」


 俺だけでなく、他の二人も声が聞こえたようだ。

 フィリップさんやニコラさんと顔を見合わせた後、辺りを見渡してキョロキョロとして見るけど、俺達以外に誰かがいるようには見えないんだが……。


「タ……ミ……さ……」

「なんだか、俺を呼んでいるような気がするだけど……?」

「危ない幻聴を聞き始めた……と疑いそうになるけど、俺も聞こえたからそうではないのか」

「女性の声のような気がします。おそらくタクミ殿の名前を呼んでいるのではないかと」


 またもかすかに聞こえる声は、ニコラさんの言う通りなんとなく俺を呼んでいるがする。

 幻聴が聞こえる程の疲労はしていないので、間違いないはずなんだけど……というか、ニコラさんは俺やフィリップさんより耳がいいようだな。

 かすかに聞こえる声で女性だってわかったみたいだ……感覚強化の薬草でも食べれば、声がなんなのかわかるか?


「タク……ま……!」

「ん……あれ? タクミ、ニコラ、あっちだ!」

「確かに人が……人?」

「地面を這うように走っている、のですかね? タクミ殿を呼んでいますし、女性の声なのもあってかろうじて人に見えます」


 いっそ薬草に頼って探ろうかと考えていたら、さらに少しだけはっきり聞こえるようになった声が聞こえ、その主を探しているとフィリップさんがブレイユ村の方向を示した――。



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