第847話 まずは馬でラクトスを目指しました



「いや、それはさすがに……屋敷にだからいいけど、村に来たら大騒ぎになりそうだ。大丈夫だから、フェン達に頼むんじゃないぞ?」

「ワフゥ……」


 俺が断ると、残念そうに鳴くレオ。

 ただでさえ、デリアさんを拾う時にフェンリルが拘わっているらしく、その辺りの事に敏感そうな村だから、フェン達が来るのは得策じゃないだろう。

 確かに、フェン達がいてくれたらオークどころかトロルドとか他の魔物も怖くないけど……村の人達が怯えてしまいそうだ。

 それこそ、一般の人間として行って暮らしを見るためなのだから、結局かけ離れる事になってしまいかねないからな――。


「とにかく、無茶はしないし、早めに帰ってくるようにするから、おとなしくしておくんだぞ? リーザの事を頼むな」

「ワフ」


 もう一度レオの顔を撫で、言い聞かせるようにしてレオが頷くのを確認。

 見識を広めるために行くのだから、ちゃんと見て学ばないといけないが、早く帰るためにものんびりするだけじゃなく、ちゃんと見て回ろうと心に決める。

 その辺りで、リーザが妙な表情をしているのに気付いた……ウズウズしているような、くすぐったいのを我慢しているような表情だ。


「……どうかしたか、リーザ?」

「ううん、なんでもないよパパ。ちょっと、尻尾の辺りがムズムズしただけだから……」

「リーザ様は昨夜、処置までに少々時間がありましたから……尻尾にも付いていました。一応、濡らしたタオルで拭き取るくらいはしましたが、それだけでしたので」

「あー、清潔にしているのに慣れていたから、ですかね……」


 リーザに聞いてみると、尻尾の辺りを気にしている様子で、手で自分の尻尾の毛をかき分けたりしていた……くすぐったいというより、かゆかったのかな?

 ライラさんから昨夜の状態を聞かされ、なんとなく理解……スラムにいた時はともかく、最近は毎日風呂に入っている事もあって、清潔な状態に慣れていたからかなと思う。

 昨日の騒ぎは風呂に入る前の事だったから、ちょっと汚れたりしただけでそうなってしまったんだろう……俺も、仕事で一日以上風呂に入れなかった事があったが、気持ち悪かったり体がかゆくなったりするんだよなぁ、特に夏場は。

 今の状態で、リーザが風呂に入っていいのかはわからないが、ともかくライラさんが綺麗にしてくれると言ってくれたので、任せる。


「よし、それじゃ……行ってきます」

「「「「「行ってらっしゃいませ、タクミ様! 無事のお帰りをお待ちしております!」」」」」

「ワフー!」

「キャウー!」


 リーザの事も任せたし、大丈夫だろうと安心して荷物を持ち、玄関ホールから外へと開け放たれている扉に向かう。

 後ろから、いつものように使用人さん達が一斉に声を揃えての見送り……クレアの声やセバスチャンさん、ティルラちゃんやリーザの声も聞こえた気がするけど……面白そうだから、真似をしたとかだろうな。

 次いで、レオやシェリーの鳴き声に押されるようにして、外へ出た。


「フィリップさん、お待たせしました」

「いえいえ。昨夜は大変だったようで、多少話し込むのも致し方ありません」

「すみません、予定が変わってしまって」

「まぁ、女性のあれこれに男が振り回されるというのは、よくある事ですよ」

「……訳知り顔で言っておりますが、某の知っている限りでは、振り回されている節はありません」

「こら、ニコラ!」

「ははは、それじゃブレイユ村……の前に、ラクトスまで行きましょう!」

「「はっ!」」


 外に出ると、荷物を取り付けた馬を二頭連れて待っている、フィリップさんとニコラさん。

 フィリップさんの方の馬には、見覚えのある鞍が取り付けられているが、ラーレの時と違って前側の背もたれからは、肘置きのような部分が取り外されている。

 多分、馬を走らせる時に邪魔だから、改良されたのだろう。

 フィリップさん達には、既にセバスチャンさんから話が行っているので、改めて急な予定変更を謝罪。


 冗談めかして笑うフィリップさんと、ニコラさんが冷静に否定するのをみて笑いながら、手を借りて馬へと乗った。

 ……レオに乗り慣れているから、大丈夫だと思っていたけど……やっぱり少し勝手が違うな。

 馬の方が、レオよりも少し視点が高いような気がするのは、ふかふかの毛がない事と鞍に乗っているからだろうと思う。

 体の大きさはレオの方が大きいんだが、乗ると毛が沈んで受け止められているような感じになるからな。


「では、出発致します」

「はい、お願いします」


 慣れない鞍の固い感触を確かめ、前に乗ったフィリップさんが手綱を握って馬を確かめつつ、確認される。

 俺が応えた後、手綱と足を使ってフィリップさんが馬を動かし、ゆっくりと屋敷の外へと走り出した――。



「どうですか、馬の乗り心地は?」

「ちょっと、お尻が痛いですね……」

「ははは! レオ様とは違いますからね」

「まぁ、我慢できなくはないので、大丈夫です」


 屋敷から出発し、街道を走る馬の上でフィリップさんに問いかけられる。

 走っている馬は、かなり上下するので体を揺さぶられ、時折腰が浮いて固い鞍にお尻を打ち付けられるようになってしまって、少し痛い。

 さらに、レオ程ではないけど馬車と一緒に走るよりは早いので、それなりに風と圧力のようなものを感じる……フィリップさんが前にいるのに、これだからなぁ……これからまだまだ馬に乗る必要があるので、早めに慣れないと。

 馬に乗って走る事で、今までレオが乗っている人間にどれだけ気を遣って走っていたかがよくわかった。


 風に関しては、抵抗をなくすために魔法云々という話があったからともかく、上下の揺れをあまり感じさせないように、快適に感じるように走ってくれていたんだなぁ。

 レオの毛がお尻を包むようにフカフカしていたり、馬に乗っていると鞍が固いせいでの違いもあるんだろうけど。

 ……レオありがとう、それと、これからもリーザや俺が乗る時は、同じように快適に走ってくれると嬉しい。

 なんて心の中でレオに感謝しながら、フィリップさんの駆る馬に乗ってラクトスへと向かった――。



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