第844話 リーザは安心するとすぐに寝付きました



「どうしても心配なようでしたら……そうですね。タクミ様がリーザ様の横でお眠りになり、手をお腹に当ててあげるというのはどうでしょう? それだけでも、楽に感じるものですよ」

「そ、そうなんですか?」

「はい。――リーザ様も、タクミ様と一緒に寝られる方が、安心できますよね?」

「うん! パパと一緒がいい!」

「ワウ?」

「あ、もちろんママも一緒!」

「ワフー!」


 女性であるライラさんの言葉だから、正しいんだろう。

 それでも聞き返してしまう俺にはっきりと頷き、リーザに笑いかけるように聞いた。

 いつも一緒に寝ていたりもするけど、特に今は不安の方が強いのか、少し勢いをつけて頷くリーザに、レオが自分は? と聞くように鳴いた。

 もちろん、リーザはレオの事が好きだから、一緒と言われて満足そうに声を上げた。


「えーと、こ、こうかな? リーザ、どうだ?」

「うん……パパの手が暖かくて、あんまり痛くなくなった気がす……る……スゥ……スゥ……」

「ありゃ、寝ちゃったか。相変わらず寝つきがいいなぁ」

「ワフゥ」


 ベッドに横になり、リーザのお腹を労わるように服の上からそっと触れると、気持ち良さそうに笑ってすぐに寝息を立てた。

 なんだかんだで深い時間になっているし、痛みを我慢していた分の疲れもあるんだろう。

 寝つきの良さに苦笑しながらも、ホッとしていると、レオも安心したように息を吐いていた。


「初めての事で、色々と不安だったのでしょう。痛みもあったので、疲れもあったのかもしれません。それに、やはりタクミ様が近くにいて下さると感じて、安心したのが大きいのかと」

「そうですね。安心して寝ています……ありがとうございます、ライラさん、ゲルダさん」

「いえ、私は当然の事をしたまでです。これくらいのお世話は、むしろ喜ばしいとすら思います」

「リーザ様が何事もなく、良かったです。あ、何事もないわけではないですよね……失礼しました」


 ライラさんの言う通り、初めての事で不安があったのは当然だろうな……レインドルフさんが同かはわからないが、今まで周囲に知識を持った人もいなかっただろうから、急に来た痛みがなんなのかもわからなかっただろうし。

 俺やレオだとただあたふたして、どうにもできなかっただろうから、改めて深夜に対処してくれたライラさんやゲルダさんに感謝だ。

 もちろん、診てくれたセバスチャンさんや、心配してくれたクレアにもだな。


「では、私達はこれで。落ち着いて寝ていらっしゃいますので、何事もないとは思いますが……念のため部屋の外で待機しておきます。何かあれば、呼んで頂ければ」

「ありがとうございます。でも……ありがたいんですけど、外でずっと待機しているのは辛くありませんか?」

「それも、使用人としてタクミ様をお世話するためですから。問題ありません」

「はい。私も問題ありません」

「そうなんでしょうけど……うーん……」


 リーザが寝入ったのを見て、部屋を出ようとするライラさんとゲルダさん。

 睡眠の邪魔をしないよう、外で待機しておくというのはわかるんだけど……何事もなさそうだけど、何かがあった時のためにというのもあるんだろうし……リーザが起きて強い痛みに苦しみ始めたりとか、何がとは言わないが替えが必要な時とかな。

 けど、夜通し外で待機していてもらうってのは、なんとなく落ち着かない。

 使用人として当然と言われたらそれまでなんだが……まだ俺自身が、使用人を持つ事に慣れていないせいかもしれないけど。


「……あ、そうだ。レオ?」

「ワフ?」

「ライラさんとゲルダさん、二人と一緒に寝てくれるか? そうすれば、部屋の外に行かなくていいし、レオと一緒なら暖かいし……むしろベッドで寝るより気持ちいくらいだからな」

「ワウー」

「そんな、私達がレオ様と一緒になどと……」

「レオ様の毛って、ふかふかで温かいんですよね……はっ……いえ、私達は外で……」


 代替え案と言えるか微妙だが、レオに寄りかかるようにしてもらえば、ベッドで寝るのとあまり変わらないくらい、気持ち良く寝られるからな。

 外で立ちっぱなしや、椅子を持ってきて待機しているよりは随分マシだと思う。

 レオに頼むと、むしろ嬉しそうに頷いてくれたが、ライラさんとゲルダさんは遠慮している様子。


「まぁ、俺の我が儘だと思って、レオと一緒に寝てくれませんか? レオも、嬉しそうですし……まぁ、何かあったら起こす事になるので、起きて待機するよりもある意味辛いかもしれませんけど……」

「いえ、もしもの際に起きるのは特に問題ありませんが……」

「よ、よろしいのでしょうか?」


 本当なら、ベッドでゆっくり寝るのが一番いいんだろうけど、リーザが起きた時のために待機してくれるようだし、それなら最初から部屋の中で一緒にいてくれた方がいいだろう、と思う。

 レオの毛は俺も何度か枕代わりにしたり、ティルラちゃんやリーザが包まれて寝ている事もあって、気持ち良さは保証済みだ。

 それをなんとなくわかっているんだろう、まだ遠慮をするライラさんと違って、ゲルダさんの方はちょっと期待する雰囲気になって来ている……もう一押しかな?


「ワフ、ワフ」

「レオは歓迎のようですよ? 嫌ではなければ、お願いします。その方が、俺も安心できますから」


 早く、早く、と急かすように小さく鳴くレオは、既に伏せている状態で尻尾を振っている。

 レオ自身も誰かと一緒に寝るのが好きだからな……小さい時は、俺の体にピタリくっ付いて寝る事も多かったくらいだ。


「いやというわけでは……わかりました。レオ様、不束者ではございますが、よろしくお願い致します」

「お願いします」

「ワフー」

「不束者って……まぁ、いいか。レオ、よろしく頼むなー」

「ワウー」


 なんとか了承してくれたライラさんは、レオに向かってお辞儀をしてからゆっくりと近付く。

 ゲルダさんもライラさんに倣って、同じようにお辞儀してからレオの方へ。

 しかし……不束者って、嫁に行くわけじゃないんだから……一緒に寝るんだから、ある意味正しいか?

 いやいや、レオは雌だしライラさん達は女性だからな……単純に未熟者で迷惑をかけるかもしれないが、というだけの意味だろう。


 リーザを起こさないよう、小さく鳴いてライラさん達を歓迎したレオは、二人が体を寄せるのに寄り添うよう、ゆっくりと包み込むように丸まる。

 俺も寝るために目を閉じつつ、リーザのお腹から手を離さないように気を付けながら、レオに声をかけると、任せて―と言うようなちょっと暢気な鳴き声が聞こえた――。



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